第八夢:現世は夢、夜の夢こそ真
エッジ「はーいやって来ましたこのコーナー第二段!エッジとイヴちゃんの〜魔法専門用語解説コーナー〜どんどんどんどん♪」
イヴ「元気だね」
エッジ「イヴちゃん元気ないねぇ〜どうしたの?最近お疲れ?」
イヴ「まぁ本編はハードだから・・・」
エッジ「う・・・本編出れなくなった私へのあてつけなのかしら・・・ま、まぁじゃあ今回の用語は〜『魔道探査組織フォース』うーん私の元職場ですね〜このフォースという組織は基本的には魔法書探索が主な任務なんですね〜でもそれ以外には魔に囚われた者の抹殺などと暗殺部門もあり、色々な部署があるわけです。設立者はクロウという謎の男なのですが、現在フォースの全権を委託されているのはシェイド様ですね。フォースというこの組織の命名理由は圧倒的な力で世界を調律するといった意味があるそうです」
イヴ「そろそろ時間だよエッジさん」
エッジ「あれあれ?もっと熱く語りたいところですが残念ですね・・・じゃあ皆さんまた〜」
イヴ・エッジ「しーゆー」
光が仄かにステンドガラスから柔らかに舞う大聖堂の中、十数人のローブを羽織った人間が集まっていた。
「では、イーヴァルズグラァックスを破棄するということでしょうか?」
声色は女のようだがその年齢までは把握できない何ともいえないノイズが入ったような声が聖堂に響いた。
「”白き闇”が気付いたようだ。最早一刻の猶予もないであろう」
聖堂の中心に佇む老人の声にざわざわとざわめきが始まる。
「しかし、イーヴァルズグラックスは我らがアカシッククロニクレスきっての最強の魔法書。それを易々と破棄するなどと、本当によろしいので?」
「世界の崩壊を未然に防ぐのも我らが職務。管理だけが本分ではあるまい」
ざわめきが一瞬にして止まり、その中の誰しもが老人を見据えた。その中の一人が疑問を口に出す。
「イーヴァルズグラァックスに対抗できる手段はあるのでしょうか?」
考え込むような沈黙の後、老人は口元を歪め、薄く笑い言い放つ。
「あの者の限定解除を執行する」
「アカシッククロニクレスの老人どもがイーヴァルズグラァックスの破棄を決定したか・・・」
分かっていたと言わんばかりに大した驚きも無くシェイドは報告を聞いた。
「主を殺すのも諦め、そのものを破棄するとは馬鹿どもが考えそうなことだ」
点滴などの管や訳の分からない器具などに囲まれたベッドに寝かされているシェイドは少し身体を起こして、やつれている様子で溜息を吐いた。
「シェイド様・・・大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない。わざわざ報告済まなかったな。引き続きアカシッククロニクレス内部を探ってくれるか?」
心配そうに訊く部下を労いながらシェイドは薄く笑った。
「はっ!では私はこれで」
言葉と共に部下の姿はすでに消え去っていた。
白い部屋に囲まれながら苦々しい顔をするシェイド。
ベッドの部屋の傍の台の引き出しをそっと開け、中からあまり知られてなさそうな銘柄のタバコ『Del,Gladz』を取り出し、口元に咥える。
銀色のジッポを親指で押し開けると小気味のいい音が木霊し、刹那、火力のよい炎がタバコの先を包んだ。
甘苦い味が口内に広がり、落ち着いた様子でそれを肺の中に吸いいれ、吐き出す。紫煙がふぅっと舞い上がり、薄く光が射す部屋でゆったりとたゆたう。
「ここは禁煙ですよ、シェイド様」
いつの間にか部屋に入っていた看護専門の隊員が特に窘める様子もなく淡々と言う。
「落ちぶれたものだ。お前の気配すら気付くことが出来ないのだ・・・全く」
そう言いながら台の引き出しから携帯用の灰皿を取り出し、タバコを揉み消した
「そう気落ちなさらないでください、魔力は後数週間もすれば元に戻ります。問題なのは・・・」
「守護神獣を使ったことだろう?寿命を惜しいとは思わん。奴は私の命を救うたびに数年分の命を喰らっているだけだ。割のいい話じゃないか」
くだらない事を言うなとでも言いたげに吐き捨てるようにシェイドは言い放つ。
「シェイド様はフォースになくてはならないお方、ご自分のお体を、どうか・・・労ってやってください」
「ああ、ああ。分かってるよ。心配かけて済まないな」
「いえ、それではお大事に」
薄い微笑みを浮かべ、看護隊員は退出していった。
カチャリとドアの閉まる音でシェイドは苦痛さえ伴った溜息を吐き、呻く。
「っ・・・はぁ・・・”名無し”・・・貴様の狙いは何なのだ・・・一体・・・」
虚空を見つめる瞳が焦点を失う。
シェイドは起こした身体をそっと横たえ、瞳を閉じた。
閉じた瞳に映るのは暗い闇だけ・・・
遠くで遠雷の響く音が聴こえる。
雨が近いな、シェイドはふいにそう思った。
朝の日差しが心地良く、梅雨も近いというのに雨も最近は降らない。
田畑を耕す者にとっては深刻だろうが、学生にとっては喜ばしいことだ。
少しだけ暖かな風が吹いて、それを身に受けるのがとても心地良い。眠いのを省けば、朝という時間帯は最高の時だろう。
爽やかな朝の日差しを受けつつ、剣示は大きく伸びをした。
「う〜ん。いい日和だなぁ・・・」
剣示は制服ではなく私服を着ている。
何故ならば、剣示は大学生になったからだ。
「今更ながら思いますけど、剣示さんよく大学受かりましたよね・・・勉強してる雰囲気ゼロだったじゃないですかー?」
「ふっふっふ。それはだな、ここらへん周辺の大学はあほでも受かると評判なのだ!」
エヘンと胸を張る剣示。
実際、剣示は授業以外でほとんど勉強はしておらず、やったといえば受験前の数日だ。
それで受かるというのだから全くもってどうしようもない大学だと言えよう。
「受験する少し前にマスター徹夜してたから、がんばったんだよ」
フォローを入れるイヴを見て剣示は泣きそうになるが、ぐっと堪えた。
だって、男の子だもん。
「じゃあ行って来るねマスター」
「行って来ます〜剣示さん」
「おう、きぃつけてなぁー」
駅前で二人を見送り、剣示は駅の自転車置き場に向う。
大学は駅前を経由しないのだが、剣示はいつものように三人で登校しようと思いつき、駅前に自転車を止めておき、駅前から自転車で大学に行くようにしていた。
別に誰に気を使うためにそうしたわけではない。
剣示自身が二人と居ると楽しいからそうしただけである。
自転車の鍵を外し、こぎだそうとした瞬間、冷たい風が強く吹く。
剣示が空を見上げると先程あれだけ晴れていた空に薄い灰色の雲が流れていた。
「雨・・・降るのかな・・・」
何の気なしにそう口に出し、大学への道を急いだ。
剣示の通う大学、夢幻大学は舞阪市の中央に面しており、交通機関に事欠かない。バスは大学前に停まり、電車さえも大学から歩いて2分のところにあるのだ。剣示が自転車で通う理由は2つある。1つは交通費節約。2つ目は駅から自転車で大学に行ったところで10分程度ということにあった。
大学の駐輪場に自転車を停めていると見知った顔が数人挨拶をしてくる。
夢幻高校で成績を下から数えたほうが早いメンバーだ。
かくゆう剣示は下から数えようとも上から数えようともさほど変らない位置にあったのだが、受験前にありとあらゆる事件が重なり、この夢幻大学にしか受け入れてもらえそうなところはなくなっていた。
特に志望大学は無かった剣示だったので別に何の不都合もなくこの大学受験をあっさりと決めたのだった。
挨拶してきた連中に剣示は軽く手を挙げてから自分が選択した授業が行われる教室へと急いだ。
「やぁ。剣示くぅんおはようー!」
教室に入るとオタッキー佐藤が満面の笑みでこっちこっちと手を招く。
無視すると騒ぎ出すので仕方なく佐藤の隣に座り、溜息をつく。
「たくっ朝からウルサイなぁお前は・・・」
「そんなことよりさ!本当に家に遊びにいっちゃだめ?というよりもイヴちゃんの写真とってくれないかなぁ?リペアさんのでもいいよ!?二人とも元気かい?ね、ね、たまには僕の家にも遊びに来てよー二人を連れてさー」
相変わらずしつこく剣示にせっついてくる佐藤に多少ウンザリしながらも授業が始まる前まで世間話を交わす。
「そういや剣示君、最近この周辺でヤバイドラッグが出回ってるらしいよ?夜は危険だからね二人にもよく言っておいてくれよー心配でさ」
「あん?ヤバイ薬?ニュースでやってたのか?」
剣示も一般的にやっている時事などには一応目を通すタイプだ、剣示が知らないということはきっとネットで収集した情報だろう。
「ニュースにはなってないよ。まだ事件は起こってないからね、ネットでさこの辺に自分を覚醒させる力を得ることが出来るっていう薬を配り歩いてる女がいるって噂があるんだ」
佐藤の話にはあまり引き寄せられることはないのだが、この日ばかりは少し違った。
剣示は眉をひそめながら話を促した。
「それで?」
「うん、それがさ。その薬の力は本物だという輩が多くてね、自分は選ばれたんだと言ってるらしい。事件が起こらないのは不思議だけどさ、どうやら統率者がいるみたいなんだ。まぁ元締めなんだろうね。噂にしてもこのスレはアングラなんだけどさ、量が半端じゃないんだ」
もっと話を詳しく聞きたいところだったが、残念ながら始業のベルに話は遮られ二人ともどちらからともなく前を向いた。
剣示は授業中も佐藤の話が気になっていた。
ドラッグ云々なら別に気にするまでも無いことだが、気になるのはやはりその内容だ。
『ネットでさこの辺に自分を覚醒させる力を得ることが出来るっていう薬を配り歩いてる女がいるって噂があるんだ』
佐藤の言葉が脳内で反芻する。薬でラリっている奴の言葉ならば仕方ないが、何故かそう思えない節があった。
そう思うのには自分に起こった数々の事件が剣示の思考を変えてしまったこともあった。
今まで非現実的なことなどないと思っていたが現実に起こってしまったことには目を背けられるはずも無い。
まだ、事件が起こらない。
自分は選ばれた?
統率者。
薬を配る・・・女。
その後の授業もさほど集中出来ず、剣示はぼーっと過ごしてしまったのだった。
時刻は夕刻。オレンジ色に染まる空に薄い灰色の雲が少しずつその量を増していっている。
今日イヴは強制的な週に一度のクラブ活動のためリペアより少し遅くなることになっている。リペアはイヴと待ち合わせたバス停のベンチに鞄を置き、空を見上げてぼーっとしていた。
「はぁ・・・雨・・・降りそうですねぇ・・・」
誰に言うでもなくリペアは呟いた。
「そろそろ降るわ」
リペアの言葉に答えるように声はリペアのすぐ近くから発せられた。
リペアが驚いたように振り向くとそこには冷たい瞳でリペアを見据えた女性が立っていた。
燃える様な赤い髪がサラリと肩まで伸び、髪に揃えたかのような赤い瞳がその表情を一層きつく見えるように際立てている。整った顔立ちだが、その顔は彫像のように冷たく、可愛いという言葉は全く似合わない。黒のロングコートの下には真っ赤な衣装を着込んでいる。
注意を促すほどの配色だろう。目に映るものに確実に印象を刻むほどその女性はその風景からクッキリと浮き出ていた。
「く、クロノス・・・!?な、何で・・・貴方が・・・!?」
はっきりと分かるほどリペアの顔色が凍りついた。
そのリペアの表情を見たクロノスは口元を歪めて薄く笑う。
「そんなに意外か?リペア」
「・・・どうして・・・」
「どうして?だと?分かるだろう。それとも分かっていて訊いているのか?」
リペアは二の句も告げず俯いた。
「ふん。まぁいい、リペア少し付き合ってもらおうか」
クロノスはリペアの鞄の上に封筒を置き、顎で歩けとリペアを促す。
力を失ったようにリペアは項垂れるようにそれに従った。
空は完全に真っ黒な雲に覆われて、夕刻ということすらも分からないほど暗くなっていた。
写真研究会というサークル活動で少しばかり帰りが遅くなった佐藤はいつもならバス停でバスに乗って帰るのだが、丁度バスが行ったばかりらしく仕方なく駅へと向っていた。
「うーん、ついてないなぁー。丁度バスが行ったばっかりなんて・・・」
ぼやきながらも早足で駅の明かりが見える位置まで来ていた。
駅前では暗くなったというのにティッシュ配りにビラ配りといろんな人間が働いている。
大変だなぁと佐藤は思いながらも配る人と一定の距離、差し出されることのない距離で歩きながら駅内へと急ぐ。
するといきなり服の裾を引っ張られ立ち止まってしまう。
「え・・・?」
驚きを隠せないで振り返ると、そこには滑らかな黒髪に大きな黒いリボンが印象的な喪服を模したような出で立ちの幼い少女が立っていた。
「お兄ちゃん。おめでとう」
開口一番少女はそんな台詞を放った。
「え?え?」
困惑する佐藤に二の句を告がせない様子で少女は佐藤の手を握り、歩くよう促す。
「お兄ちゃんは選ばれたんだよ。凛についてきて?お兄ちゃんは選ばれた戦士なの」
一瞬あのネットで見た事件が頭をかすめるが少女萌えなこの男のことなのだ、握られた手を嬉しそうに握り返し、言った。
「ねぇ凛ちゃん、あとで写真とらせてね」
「おそくなっちゃった」
イヴはそう呟きながら早足で待ち合わせたバス停に急ぐ。
最早周りは6時前という時間にも拘らず闇に包まれている。
空には星や月の輝きは無く、あるのは一定の間隔でゴロゴロと鳴り響く雷鳴の音だけだった。
バス停に着いたイヴはリペアの姿を探すが、見当たらない。
ベンチに目をやるとそこにはリペアのと思われる鞄がある。近づくとその鞄の上には封筒が置いてあった。リペアの書置きだろうか?でもそれなら何かあったのかと思い、急いでその封筒を開封した。
開封した封筒の中には1つのペンタグラムが入っているばかりでほかには何も見当たらない。
不審に思ったがイヴはペンタグラムを手に取り出す。
「うぁ」
手に取り出したペンタグラムは急激な速度で高熱を放ち、慌ててイヴはそれを手放す。
地面に落ちたペンタグラムは光を収束してゆく。そしてやがて光を放ち、ホログラムを浮き出した。
「イーヴァルズグラァックスだな?私はクロノス。アカシッククロニクレス管理部に属する者だ。本日付で貴様の破棄を決定した。抗うのならば貴様の主諸共消去する。もしも、主に危害を加えたくなくば今から指定する場所へと来い」
メッセージの終わりとともにクロノスのホログラムが消え、この周辺一帯の地図が浮き出る。
その地図に一点の赤い印が付いている場所、そこが指定した場所なのだろう。
イヴは即座にその地図を暗記し、駆け出した。
雨が降り出す前に剣示はなんとか家路にたどり着き、ほっとした表情で玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
いつもならイヴやリペアが玄関へと駆け出して来るのだが今日に限ってはその気配はない。
まぁテレビでも見入っているのだろうと思い、玄関で座り靴を脱いでいるところで後ろから声をかけられる。
「剣ちゃん。まだイヴちゃんとリペアちゃんが帰らないのよ・・・連絡もないし・・・どうしたのかしら・・・」
心配そうな顔をした剣示の母が溜息を吐きながら言う。
「ん・・・確かにもう遅いな・・・」
剣示も怪訝そうに呟き、仕方ないといった感じで脱いだ靴を履きなおした。
「じゃあちょっくらそのへん見回ってみるわ」
「お願いね。気をつけるのよ?」
「わーってるって。みっけたら連絡入れるわ」
「分かった、じゃあ行ってらっしゃい」
母に見送られながら帰宅した数分も経たないうちに玄関のドアを開けて外へと飛び出した。
(マスター・・・マスター・・・心配しないで、すぐ、すぐ帰るから・・・家から出ないで・・・お願い)
外へと出た剣示の頭の中にイヴの声が響く。
一瞬戸惑ったが剣示はイヴの何処に居るのかと念を飛ばしてみる。
(何処だ?今何処にいるんだ?)
返事は無かった。こちらからはイヴには聴こえないのだろうか?
何にしてもそんなことを言われたからおとなしく家で帰りを待つことなど出来るはずもない。
「くそっ!」
剣示は苛立ちを口に出しながらも駆け出す。
駆け出した途端にパラパラと小雨が降りだした。
服が濡れるのを気にした様子は無く、剣示はがむしゃらに走り始めた。
真っ暗な林を抜けた先、視界が広がるような広場にイヴは立ち止まった。
小雨に身体を濡らしつつも必死に駆け抜けてきた終点だ。
「リペア!?よかった無事なんだね?」
イヴの声にリペアが顔を向けるが表情はまるで無い。
イヴの言葉に答える様子もなく、只、興味もないような視線でイヴを見据えていた。
「来たか、イーヴァルズグラァックス。抗うのもよし、抗うことなく自らその存在断つのもよし。好きなほうを選ばせてやる」
リペアのすぐ傍で大木に背をつけ腕組みをしているクロノスが口を開いた。
「私は存在を勝ち取るわ。貴方を殺してでも」
イヴはクロノスを睨みつけて言い放つ。クロノスは薄く笑い、両手を広げ光を収束させた。
「抗うのは自由だ。だがそれも徒労に終るがな」
「徒労に終るのは、貴方のほう」
クロノスに習うかのようにイヴも両手に光を収束させていく。
「ならば見せてみるがいい!最強最悪と謳われたその力を!ディスクリーズブラスティング!Run!」
両手から長く伸びる光、それをイヴに向けて交差するように振り抜く。
素早く身を伏せその光を避けつつ、イヴは左手を振り、即座に右手も振り抜く。
「ディアボロスの牙!クァトルの咆哮!」
駆け抜ける霧の獣とその後に続く衝撃波がクロノスを襲う。クロノスとともに大木は粉々に粉砕される。が、クロノスは無傷でその場に立っている。
「その・・・程度なのか?イーヴァルズグラァックス・・・?あの最強と謳われた魔法書がこの程度・・・?興ざめも甚だしい!!!ゴースト!Run!デスデライド!Run!」
クロノスは怒りにも似た感情を剥き出し、2つの魔法を行使する。
イヴの周りに無数に顕れる霧の兵隊。それらがイヴに襲い掛かるとともにクロノス自身も暗黒の大鎌を携え襲い掛かる。
イヴは兵隊の攻撃を避け、無数の兵隊を一つ一つ消滅させていくが全く間に合わない。
クロノスは薄ら笑いイヴの背中を切り裂く。
制服が切り裂かれイヴの背中から血が噴出す。顔を顰めるように痛みに耐えつつイヴは振り向きざまにクロノスに向って衝撃波を飛ばす。
「はっ!その程度!避けられないとでも思うたか!」
クロノスはイヴの行動を察していたかのように跳躍し身体を回転させながらイヴの側頭部を蹴りぬく。
強かに蹴り抜かれたイヴが地面に身体を擦らせながら数メートルほど吹き飛ぶ。
地面に倒れたイヴを取り囲むかのように霧の兵隊が群がる。剣や槍や斧を構えた兵隊が一斉にイヴに向けて振りかざした瞬間、黒い霧が辺りを包み兵隊達を喰らう。
「暗き闇の王。ヴェルフェルゴードル魂となりし者共を喰らえ!」
黒い霧に包まれた兵隊達は断末魔にも似た叫びを上げつつ消滅してゆく。
肩で息をしつつ、ゆっくりとイヴは立ち上がり、クロノスを見据えた。
「そうでなくてはな。私も楽しませてもらえなければ私の存在が無意味にも等しいではないか」
クロノスは愉しそうに笑う。大鎌を構えてイヴに向って地を蹴った。
凄まじい速度で振られる大鎌を最小限の動きで避けつつも徐々に身体に傷を帯びていく。
体中切り裂かれ制服はイヴの血で真っ赤に染まっている。
その光景を無表情で眺めつつ土砂降りになっていく雨のなかリペアは静かに佇んでいる。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・うぅっ・・・くぅ・・・」
どんどんと身体の血が抜けてゆき、体温が低下してゆく。更には冷たい雨が身体を冷やしていく。イヴは気が遠くなる感覚を必死に堪えながら応戦する。
遂に足がもつれ、倒れこむイヴは直感的に死、消滅を覚悟したがクロノスの大鎌が振り下ろされる前に大切で愛しい人の叫びがイヴの耳朶を振るわせた。
「イヴーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」
マスター!?
イヴの鼓動は高鳴り、瞬間まるで別人のような動きを見せた。イヴの身体目掛けて振り下ろされる大鎌を左手で跳ね飛ばし、その反動を使ったまま回転してクロノスの腿を蹴り抜き、地に手足をついて着地する。
「はっ・・・主のご登場か・・・面白い展開になってきたな・・・くっくっく」
クロノスはイヴなど眼中に無いかの如く剣示の方をゆっくりと振り向く。
「てめぇ・・・そりゃ何の積りだ・・・イヴに何をしたぁ!!!!」
ドクン。と。
ドクン。とイヴの鼓動がまたしても高鳴る。
まるで剣示の怒りが自分の中の何かを突き動かす如く体内から暗い力が湧き出てくるかのようだった。
なんていう快い快感なんだろう?
イヴはトロンとした目で虚ろな表情をしながらふらふらと立ち上がる。
クロノスは下司な笑いをし、イヴを見ていう。
「そうだ。お前の大切な主から殺してやろう。そうすればお前も少しはがむしゃらに戦ってくれるだろう?」
その瞬間イヴの瞳が紅く紅く輝く。ギョロリとした瞳をクロノスに向け、言う。
「いい加減、私を侮辱するのはヤメロ。もうオマエの顔は見飽きた」
イヴの爪が禍々しく伸び、刹那イヴの姿はクロノスの視界から消え失せる。
「!?」
クロノスが驚いた瞬間クロノスの右腕は地面に落ちた。
「がっ・・・なっ!?」
「望んでいたのは最強と謳われた私の力なのだろう?」
イヴの言葉が終る刹那クロノスは空中へと投げ出され、それとともにイヴも地を蹴って宙に舞う。次々に空中で切り刻まれ最後に心臓を突き刺し、地面に投げつけイヴは着地した。
「はっ・・・あぁ・・ごふ・・・の、ぞんで、いた・・・はっはっ・・・やはりこれほどのものとは・・・はっ・・・私の役目が果たされ、る時が、来た・・・」
死を間近に控え、クロノスはゆっくりとリペアを見上げる。
表情の無いリペアを見据えながらクロノスはゆっくりとその言葉を告げる。
「私、の死に、より、オマエの・・・限定解除を、行う。ふ、ういんは解か、れる」
クロノスの息が絶えた瞬間クロノスの身体は光の粒子に変り、リペアへと収束していく。
リペアの表情は天使のように穏やかに変り、微笑む。
金色の髪は輝きを帯び、色素の薄い青い瞳はエメラルド色に変る。
「リペア・・・?」
「おい、二人とも大丈夫か!?」
剣示はイヴのほうに駆け寄る。そして変わりゆくリペアを見上げる。
リペアは剣示とイヴにニコリと微笑み言う。
「イーヴァルズグラァックス。貴方の破棄を実行します」
「リペア!?どう・・・しちゃったの?ねぇ!?」
イヴの悲痛の叫びが木霊する。剣示は呆然とリペアを見て呟いた。
「冗談だろ・・・冗談なんだろ?・・・なぁリペア」
雨と強い風が辺りを吹き抜けてゆく。雨に濡れた重い髪さえも強い風が靡かせる。
「これが夢であればと思います」
なびく髪をそのままに微笑む。
「だってお前・・・アカシッククロニクレスとはもうなんの関係もないんだろう!?」
リペアに向って怒りとも悲しみとも困惑ともとれる叫びを上げた。
「剣示さん、本当にそのようなことを信じていたのですか?イヴ。私がアカシッククロニクレスを首になってからも何度も不正アクセスが認められた、その理由、これで分かってもらえたでしょう?私の力では無く、向こうが私に道を開いてくれていたのです」
「な、なんで・・・リペア・・・私達は友達だよ・・・私、リペアと戦いたくなんか・・ないよ」
イヴの言葉にリペアは微笑む。本当に天使のように美しい笑顔で。
無造作にリペアはスカートのポケットからイヴから貰ったくまのキーホルダーを取り出し、イヴに投げ返した。
「では、絶交と行きましょう。これで貴方が主から制約された『友達を殺すな』というものから解放されたでしょう?」
イヴは唇を震わせながらキーホルダーを見つめた。
剣示には滴る雨がイヴの頬を伝っているのを見て、それが涙みたいに見えた。
「違う・・・」
「何が違うのですか?イーヴァルズグラァックス」
震える声。イヴは初めてこんな感情を得たのだろう。
小さな声が雨音に掻き消されていく。
「さぁ、殺し合いましょう。抗うのは自由なのですイーヴァルズグラァックス」
「違うんだよリペア・・・」
土砂降りの中、剣示は困惑してどうしていいかも分からず立ち尽くす。
イヴの声は本当に切なく響く。
本当の幼い少女が心を痛めたように切なく。
「私は私の意志で殺したくない!!!」
その叫びを聞いた後、剣示ははっきりと分かった。イヴは泣いているのだと。
リペアはイヴの叫びを聞き、溜息を吐いて言う。
「それは貴方の自由です。ですが、私は私の職務を果たすだけです」
どうして、こうなるんだろう?
私はこんな気持ち初めてだったのに・・・
どうして殺したくないと思えた相手と殺し合いしなくてはならないのだろう?
私・・・どうしたらいいんだろ・・・?
私・・・・
雨は止む気配もなくその勢いを次第に強くさせていっている。
闇が・・・もう完全に辺りを包み込む。
夢であれば、どんなにいいだろうか。
夢であるならば・・・とイヴも剣示もそう祈るように思うのだった。
《次回予告》
剣示「あーだるぅー次回予告かぁ・・・」
リペア「そーですねぇ・・・」
剣示「バックレルか」
リペア「まぁカンペ読んでから帰りましょ」
剣示「うむ、次回予告スタート!」
「イーヴァルズグラァックス、本気にならないと一瞬でケリがついてしまいますよ?私の力は貴方の本来の力と互角とも言われているのですから」
「闇。ゲヘナの領域。私は望むその腹を覗くことを」
イヴの詠唱とともに辺り一帯には禍々しい瘴気がたちこめた。
「私を殺せないのなら、貴方に未来などありません」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「私は・・・」