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悪名高いと恐れられている公爵子息に一目惚れしたので、気付かれないように助ける予定だったんです!

作者: のくと
掲載日:2026/10/09








 「え、えー……っ……な、なんのお話でしょうか……」



 えー、緊急事態発生、緊急事態発生。


 背中には学園の校舎の壁、横には壁に手を置くために伸ばされた腕、目の前には──推し、レオナルト・グランヴェル。

 何が起こっているのでしょう???


 推しが数センチメートル以内にいる。

 この事実だけで悶死してしまいそうな私に、レオナルト様は問いかける。



「俺に掛けられた呪いを解呪したのはお前だな?」



 恐ろしいぐらいに吊り上がった瞳と、氷のように冷たく低い声。

 ……めーーっちゃくちゃ怒ってますねこれ!?


 一見すれば壁ドンなんて大層なものをやってのけてしまっていますが、実際のところ、ただただ怒りに任せて殴らないために頑張っているのがものすっごく伝わってきます。

 初等科から見てきたお陰でレオナルト様検定一級の私の目に狂いはございません!!


 確かに呪いを解呪したのは私です。

 一介の伯爵令嬢なんかに解呪されたことがダメだったのでしょうか?

 確かに由緒正しき公爵家ですもんね。

 バレないように助けようと思ったのですが、そんなことを天才魔術師とも言われるレオナルト様が見抜けない訳がないでしょう。

 私がお門違いでした!


 けれどもし別のことでしたら私、まーったく理由が分かりませんわ!



「そ、そんな恐れ多いこと……」

「隠すな」

「ひゃいっ!」



 かるーく否定をした途端、やっぱり見抜かれていたようですわ。

 不機嫌そうに言い切られて、更に顔が近くなったような気がしますから。

 怒っているのだろうが、顔が、……顔がいい。


 今は吊り上がっているように見えるけれど本当は若干垂れ目なところとか、左目尻に一つある黒子とか、透き通ったマリンブルーの瞳とか、若干大きめな瞳孔とか、光さえ反射しないほどの漆黒の髪とか、柔らかめの髪質とか、耳付近の髪の毛だけ刈り上げているところとか、彫りはそこまで高くないけれど通った鼻筋とか、薄めの唇とか──。


 何が好き?

 全部が好き。

 一つ一つがまず好きなのだが、それらが掛け合わさることで、とんでもない相乗効果を生み出してしまっているのですわ。

 きっと、天性なのでしょう。

 レオナルト様は神が右手で描いた、最高傑作ですわ。


 私がレオナルト様を好きになって、あと十日で十周年を迎えるくらいに年季の入ったオタクだからこそ、身に染みて実感をしております。

 ちゃあんと推し用のノートだってありますの。


 ……ストーカーだって?

 違います、推しているだけです!

 決して話しかけたいとか、何か欲しいとか思ったことすらございません!

 だって、公爵家と伯爵家ですのよ?

 望むのは、あまりに身勝手極まりないでしょう。

 ちゃあんと、身の程を弁えておりますわ。


 だってこの十年間、一度たりともレオナルト様に話しかけようとしたことはないし、そもそも話したことすらなかったのですから。


 推しの空気になりたいタイプのオタク。

 それが、私なのです。



 好きになったきっかけ?

 そんなの一目惚れ一択に決まってますわ。


 六歳の頃に出席したお茶会で見かけた、まだ幼い中にある美しさに心を奪われたのです。

 当時の私は、心臓が飛び出てしまうかと思うくらいの衝撃にすっ転んでしまいました。

 恥ずかしいと思いましたが、それどころではなかったのを覚えていますわ。


 お母様がやっているファッションにまつわることで集まっただけでしたから、それ以降、私がレオナルト様をお茶会で見掛ける機会はそこまでなかったのですけれども。


 ただ、貴族御用達の高等科まである学園は同じでしたから、レオナルト様を知ってからは彼を知ろうと血眼になって探しました。

 気付かれずに顔を拝むスポット、彼の人となり、どのような行動を好むのか。

 知れるものは知りたいと集めました。


 例えば、彼はとても高貴なお方です。


 表情は滅多に崩さないクールオブクール系男子。

 たまに、ふっと笑った笑顔だけで隣にいる淑女たちは卒倒もの。


 ギリギリバスではないくらいの低めのテノールの音域の、そこそこ太めの声質をしているから聞き心地は抜群に良くって。

 初等科の頃は綺麗なソプラノの声質だったと覚えていまして、たまに名残を見せてくれるのです。


 真面目な勤勉タイプなのに、努力を他人に見せるのが苦手なようでして、例えば教室で誰かと一緒に勉強をしている姿を見たことがありませんわ。

 といっても、例えば剣技を習った翌日には掌に豆が出来ているくらいには努力家ですの。

 覚えるスピードが遅いから何日も同じことを反復練習しているんだとご友人様に愚痴っているのも聞いたことがありまして、確かにその日は大抵クマができていらっしゃったの。


 だから才能の方面で言うのなら、器用貧乏なのだろうと感じますわ。

 ただ、それを上回る圧倒的努力量で、レオナルト様は全てにおいて最高レベルの能力値を突き付けているのです。

 努力を知らない周りから、天才と言われているのを何度も見掛けますわ。

 それに、彼もそうだと軽く笑って肯定なさいますの。


 本当に、本当に高貴なお方です。


 彼のご両親のよろしくない噂が、最近だと少々飛び交っておりますの。

 それに私が何か言ったところで、効果などないでしょう。

 むしろ火に油を注ぐレベルかもしれませんわ。

 だから、歯を食いしばって噂が流れるのを待っておりますの。


 邪魔はしたくありません。

 ただ、端っこで彼の成功していく様を眺めたいのです。

 もし、ピンチに遭ったら助けるために見ているくらいが丁度いいですわ。


 そう、思っていたのです。


 その「ピンチに遭ったら助ける」機会が訪れたのが、あの時なのでした。


 何が起きたのか。

 それは、まずたまたま聞いてしまったことから始まりますわ。

 ……いえ、正確に言うと、レオナルト様の高貴なお顔に影が差したことに違和感を持った日からでしょうか。


 あの時は、見る角度的にちょうど木の影の中にレオナルト様がいる状況でしたが、それでも普段より顔色が悪いなと思うほどでした。

 本当は授業に集中しなければならないと思いますのに、窓から彼を見る目が止められませんでしたわ。


「機嫌悪いな、レオナルト」

「そんなことはない」

「じゃあ、その目はなんだ」

「いつも通りだ」

「いつもがその顔なら、何人か人を殺してるな」


 クラスメイトがレオナルト様を揶揄う声が聞こえまして。

 彼はレオナルト様とそこそこ親しい間柄でしたので、安心してやり取りを見ることができましたわ。

 やっぱり彼から見てもレオナルト様の具合は悪いんだわと思い、納得して首を縦にブンブンと振りましたの。


 ……まあ、それを見ていた教師に問題を当てられ、あたふたしてから聞けなくなってしまいましたが。


 怪我の功名、と言わせて欲しいものです。

 あの具合が悪い事件から、私はなぜレオナルト様のお顔に影が差したのかを調べ始めましたの。

 そこで気が付いてしまいました。


 ──レオナルト様に、好きなお方がいる、と。


 レオナルト様は私のひとつ上の学年だったから気が付いておりませんでしたわ。

 彼の教室に、今年になってやってきた転入生がいたらしいのです。

 その子のことが気になっているだとか。

 けれど。

 その転入生には幼馴染がいるらしいのです。

 その子と仲が良い上に、幼馴染もその転入生を昔から好きだったというお話みたいでした。


 きっと。

 勝ち目がないことに対して、レオナルト様は今、切なさとか悔しさを募らせているのでしょう。

 どうしてあれだけ頑張っている彼が、報われないのでしょうか。

 ……いや、もしかしたらレオナルト様がネガティブな方向に考えすぎてしまっただけかもしれません。

 そうならば、応援をしたいのですわ。


 レオナルト様が転入生を好きになった理由も考えてみました。

 彼の心情を直接聞いたわけではないので分かりませんが、恐らく、初めてレオナルト様に対して媚びたりせずに純粋にクラスメイトとして接してくれた子だからだろうと思いますわ。

 転入生とレオナルト様の並びは、まるで天使が二人でいるように見えます。

 本当に相性がいいな、と壁に隠れながら何度感傷に浸ったことでしょう。


 二人に結ばれて欲しいと、心から願っておりました。

 本当に。



 その願いが消えたのは、転入生がレオナルト様に突然魔法を浴びせたからですわ。


 本当に、それは突然でしたの。

 お二人とも仲睦まじいな、と口角を上げながら見ていたら、何事もないかのように魔法が発動されました。


 びっくりして、反射でレオナルト様に魔法が掛かると同時に解呪魔法をかけてしまったのです。

 本当は良い魔法だったらどうしようと、解呪魔法を掛けてから思って青ざめましたわ。



「だ、誰!?」

「……!!!」



 転入生が私の方を振り向いたと同時に私は物陰に隠れました。

 とんでもない速さで隠れたので、きっと気付かれなかったでしょう。

 気付かれていたら一巻の終わりです。

 いや、気付かれていなかったとしても、こんな乱雑なかくれんぼ、一瞬で終わってしまうでしょうか。



 だが、それを助けてくれたのが、レオナルト様でした。



「アリア、俺に何をかけた?」

「っ、……え、ただの強化魔法だよ?」

「そんなことないだろう。それなら、そもそも解呪魔法で効果が消えるわけがない」



 ……まあ、正直助けてくれたと言うよりかは、本当に解呪できる系統の魔法をレオナルト様に掛けてたんですか!? という、大事件のお話をされていたのですけれどもね!?


 ただ、ここで近くで聞いていたら、私はいずれ捕まってしまうでしょう。

 少しだけ聞いておきたい気持ちを抑えて、呪いはもう掛からないから、レオナルト様なら一人で大丈夫でしょう──とは思うが少しだけ不安なので逃げる時にご友人様をこの場所に向かわせることにしましょうか──と考えながら逃げ出しましたの。


 ご友人様の居場所も、こういう時が来る可能性を考えて数箇所候補をメモしていたからスムーズに向かわせることができまして。

 突然話し掛けられて驚いただろうが、分からないままレオナルト様の元に向かってくれましたわ。

 とても優しいご友人様です。




 そんなこんなで、校内では一週間くらい騒がれた事件だったが未遂で終わった話なのでめでたしめでたし、と私の中で終了していたお話でしたわ。

 被害者であるレオナルト様は事情聴取だかで時間を取られていたらしく、なかなか学園に来られず可哀想でした。


 だが、来るようになったから良かったと、ここからまたいつものようにレオナルト様を目の保養にして生きる日々の始まりね! と思っていたのです。






「ぁ、あ、あ、……は、はぃい、そうです!! レオナルト様一人でも出来ましたよね!! 余計なことをして申し訳ございませんでした!!!」



 土下座しかない──。

 東洋の国で流行っている謝罪の仕方らしいですわ。

 というのに、やろうとしゃがもうとしたらレオナルト様に肩を掴まれて止められましたの。



「へぇっ」



 レオナルト様にとうとう触れられて、奇声を上げてしまいましたの。

 きっとものすごい顔面になっていることでしょう。



「いや。あの時はあなたがいなければ危なかった。礼を言おう」

「へっ! そ、そんな滅相もございません!」



 それ以上を言おうとして自分自身の口を塞ぐ。

 ダメです。

 何か言ったら不敬罪になるレベルのことを言うかもしれません。

 推しと対面した時のシミュレーションなんてしたことがございませんから。



「ってことは、やっぱりあの時にいたんだな。なぜ、解呪が出来た」



 あーー!!

 ボロが出ました!

 この間、僅か一言です!

 怒っていたレオナルト様の表情がちょっとだけ緩んだのがわかりましたが、代わりにこちらに狙いを定めたような顔に変わっております!


「えーっと……その……反射、と言いますか……」

「反射で解呪魔法を撃てるほど魔法に秀でているのか?」



 確かに、レオナルト様がピンチになった時のことを何度かシミュレーションして、必要な魔法だけピックアップして出来るようにしましたけど!!

 解呪魔法は本当に難しくて苦労はしましたけど!!



「な、なにかあった時のことを思って、練習してたからですかねぇ」

「そんなに魔法ができるのに、なぜ、成績表の上位者の欄に名前がない」



 正直、それ以外の魔法の練習時間よりレオナルト様を見る時間に当てていたからです!!


 そんなこと、言えるはずもなくて。



「と、得意な魔法と苦手な魔法に差がありましてぇ……」

「何が得意なんだ?」

「か、解呪魔法と、防御魔法と、回復魔法と、風魔法……くらいですか、ね?」

「全て防衛に特化している魔法だな。まあ、それぞれ共通点のない術式だろう。なぜ、できるようになった?」

「えっと、……む、昔から好きだったから……?」


 レオナルト様を好きだったから、必要そうな魔法だけ覚えたって隠語でいいですかね?!

 バクバクと心臓の音がうるさ過ぎます。

 このまま鼓動が早くなり続けたらいつか飛び出てしまいそうですの。




「──……俺のことが、か?」




 ──心臓、飛び出ましたわ。


 本当に。

 全てがスローモーションに見えますの。

 本能的に私の瞳と口が開いていくのが分かります。

 レオナルト様の顔がハッキリと見えまして。

 少しだけ、どこか、嬉しそうな。




「い、いや、そ、それは……そうです!!」



 その顔に耐え切れず、言葉を発するまでに数十秒もかかってしまいましたの。


 ヘニャヘニャと恥ずかしさとバレた気まずさなど様々重なった感情に耐えきれず、汚いと思う暇もなく地面に座り込んでしまいまして。

 レオナルト様の顔を見る勇気はないから両手で顔を塞ぎます。


 しかし、レオナルト様はそんな私にも構わず、言葉を続けましたの。



「も、もう勘弁してください……」

「……ヴェラ・ベルフォードだな」

「はい、そうです……」

「お前は俺のことを知っているだろう」

「はい……」

「今度はお前のことを教えてくれ、ヴェラ」



 ちょっとだけ、最後に吐息が混じっていたような気がして、私は絶命し──するかと思えるような天国にいたのです。








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