独立行政法人 勇者サポート協会 勇者より怖いのは経理でした。―異世界総務部の新人研修―
「ようこそ。我が社へ」
目だけ死んだ魚のようなスーツ姿の男性が出迎えてくれる。
スッ。
「まずは新入職員セットを支給します」
机の上に並べられたのは、小瓶が三本。
「これは?」
「回復薬です」
【新入職員支給品】
リフレイン
* 疲労回復
* HP・MP微回復
* 筋肉痛軽減
ネムケトール
* 眠気耐性+100%
* 集中力上昇
* 効果8時間
* ※飲み過ぎ注意
元気でるんZ
* 気力回復
* 事務処理速度+30%
* 残業時支給
* ※効果終了後、反動で麻痺がでる場合があります
「こちらは比較的早くから常飲される方が多い、人気商品のセットです。ウチはこれらを福利厚生としてバックオフィス担当者に無料で配布しています」
「ただ、飲み過ぎると『動悸』『手の震え』『テンション異常上昇』の副作用があります。容量・用法は正しくご使用ください」
「……でしょうね!」
「それでは、あなたの配属先である総務部へ向かいましょう。皆さんお待ちかねですよ」
「はぁ」
頂いた回復薬を小脇に抱えて、部屋をでる。
パーテーションなしの広々としたフロアの丁度真ん中辺りに人が集まっていた。
スーツ姿の男性が、
「皆さん、お待ちかねの人材が到着しました。くれぐれも人材の育成を怠りませんように。補充は当分ありませんから…」
「では、中田さん。あとはこちらで就業していただきます。何かあれば彼らにどうぞ」
そう言うと踵を返して去っていく。
「……あの人は?」
「あぁ、労務人事課の課長だよ」
島の中央部で半円形で人が集まる。
「それではー!新しき人材が我が総務部へ配属されたことを祝い――」
「右手を腰に!」
「左手にネムケトール!」
「ソーレ!」
「総務部の!」
「ちょっといいとこ!」
「見てみたい!」
「ハイ!」
「イッキ!イッキ!イッキ!」
「プハァー!!効くぅ!!」
飲んでいる全員に虹のオーラがぶわっと立ち上がる。
中央の人物が、
「はい!てーいじ!」
全員で
「てーいじ!」
また中央の人物が
「今日は!」
全員で
「ノー残!」
(定時退社をコールする会社、初めて見た……)
「しまった!今日ノー残業デーだった。早めに勇者捕まえないと間に合わない!」
「勇者の退勤打刻が先だ!捕まえろ!」
「中田さん、ようこそ総務部へ。そしてさようなら!部長!今から勇者狩りへ行ってきます!帰社予定、1630っス!」
「おぉ。ご安全に!」
何人かがバタバタと走り去る。
(中央で声を出していたのが総務部長か)
「中田さん、今日は一日説明と見学で本格的な業務は明日からで」
「はい」
総務部長が、
「ところで、歓迎会を予定しているんだけど苦手な食べ物ある?ハイオークのコースとキングクラボンのコースどっちがいい?」
「キング…何ですか?」
「クラボン…ええとcrab?」
「ああ、蟹ですか…。すみません、前の世界で甲殻類アレルギーなんですよ」
「なるほど。それは体質に引き継がれますね」
「ではハイオークのコースにしましょう」
(へぇ。そこは配慮してくれるんだ)
「歓迎会は明後日の金曜日」
「定時後2時間です。いいですか?もちろん自由参加です」
「……ですよね?」
「参加率100%ですが」
(……自由とは?)
「あと、中田さん」
「はい?」
「歓迎会の幹事、お願いできますか?」
「私、新入社員ですけど!?」
「総務だから」
「総務だから!?」
「よろしく頼みますよー」
そう言って自席へ戻っていく。
「中田さん、とりあえず席はそこの空いている所をお使いください」
「私物がたくさんありますが?」
「あぁ、彼。今魔王城に出張でして暫く不在です」
「……魔王城?」
「えぇ、なんせ勇者パーティの勤怠管理をしないといけませんので…」
「なるほど」
「魔王城は危険手当が付くし、魔王軍の方々がよく差し入れを持ってきてくれる大変人気な職場なんですよ。交代の度にくじ引きで決めています」
「はぁ」
遠くから叫び声と怒鳴り声が聞こえてきた
「まーたアンタはカバン置いてすぐに飲みに行くんだから!」
「あだだだだ!!!」
見事な肝っ玉母さんと悪ガキの図だ。
「先に経費精算と、退勤打刻しろってなんど言ったらわかるんだい!?」
「わっ悪い!」
「ほら、カバン開けて…。臭っ!何入れてるの!」
「遠征用」
「さっさと領収書出す!」
「へへへ。……ない!」
「……な、い。だと?」
肝っ玉母さんのオーラがドス黒なる。
勇者を軽く片手で持ち上げる。
「まっ魔王……!?」
「あぁ、彼女、前々代の魔王です。今経理課所属で」
「…魔王も就職するんですか?」
「彼女は再雇用ですよ。魔王軍の財政立て直しに貢献されたので、引退の際にスカウトしました」
ジタバタと動く勇者が、
「仕方ないだろ?ドラゴンが焼いちまったんだから!」
「ハァ、なら自腹だね。領収書の無い経費は認めません!」
「そんなぁ、あんまりだよ…」
「罹災報告書」
「……え?」
「焼失証明書」
引き出しから2枚の書類を取り出し渡す。
「そんなのドラゴンが書いてくれる訳ないだろ!」
「同行者は?」
「僧侶と魔法使い」
「証人二名。事情書添付」
「……」
一瞬、勇者の目に光が戻った。
「でも今回は三回目だから自腹!」
「鬼ぃぃぃ!」
「元魔王だからね」
カカカと胸を反らせて彼女は笑う。
「無くしたらダメなものはちゃんと支給のマジックバックに入れないアンタが悪い」
「高い勉強代だね!これで身に染みただろ」
肩を落としてフロアから出て行く勇者は哀愁が漂っていた
「次!」
魔王の声がフロアに響く。
「雑費の領収書の裏に『会議』って書けば通ると思った奴。交際費の参加者欄に『鈴木・エルフ代表・ゴブリン営業部』だけ書いた奴。前へ。」
シーンと静まりかえるフロア。
魔王がニコッと笑う。
「ゴブリン営業部…」
魔王が資料をペラリと見る。
「反社チェック、済ませたのかい?」
「ひっ……!」
一枚めくる。
「エルフ代表……」
「参加者のフルネーム、接待目的は?」
「こ、これは役員同行です! 接待規程第七条に基づく業務上必要な会食でして……!」
「へぇ?役員連れて『完熟倶楽部』ねぇ…」
「稟議番号は?」
「……」
「事前申請」
「……事後申請です」
「アウト」
「経費規程違反だよ!!」
総務部の新人歓迎どころか、経理の公開処刑タイムが始まっていた。
(異世界って、もっと剣と魔法の世界だと思ってた。この会社、一番強いの勇者じゃない。経理だ。)




