来年には母と裕福なティータイムを
高校生になった私は、日々思うことがある。
もう少し、家が裕福なら。高圧的なコンビニの上司や、やな客に頭を垂れて謝ることなく生きられたのかな。職場の人間関係とかも、面倒くさいよ。
もう少し、家が裕福なら。毎日献立に好きな品が並んでさ。洗い物も洗濯物も、家政婦がやってくれるんだろな。スーパーに総菜買いに行くのも面倒くさいよ。
なんだよ、働く喜びって。皆金のためにイヤイヤ働いてるんだよ。給料が上がっても労働なんてホントはしたかねぇよ。
媚びへつらう顔を洗顔で落とす。素顔を知るのは私と母だけだ。父は幼い頃に離婚して居ない。
もう少し、家が裕福なら。父の悪口を聞かなくて済んだのかな。母がもっともっと稼いでくれたなら、余裕を持って自慢の娘になれたかな。
喧嘩するたび、母に『毒親』と言っている。きっと反抗期はこんなもんだろうと、自分を正当化しながら生きている。
──母がもっと、私に幸福をくれたなら。
思っていたらある日突然、母が病気になった。今まで元気だった母が倒れて止まったことがたくさんある。
洗濯物・洗い物・ごはん……。
公共料金の支払いや家賃の払い方だって分からない。教えてくれなかった。母は一度も教えてくれなかった。
私の生活は……『いつもの生活』は、こんなに手間のかかる面倒くさいことの連続なのだと。それを2人分、守ってきた母。
喧嘩中に「自立して出てってやる!」と言った私は、パックご飯を茶碗によそうのも止めて、そのまま塩をかけて食べる。
惨めだ。
とてもすごくめちゃくちゃ、惨めだ。
泣いてるところに母の退院の知らせが来た。することが他にないから病院に駆けつけた。少し痩せた母に抱きついて、
「お母さん、私が悪かった!」
と。
今までのことを全て話した。そしたら母は、
「じゃあ今晩は、豚の生姜焼きにしよう」
と。
何事もなかったかのように日常生活に溶け込んだ。また始まった『いつもの生活』
もう少し裕福になりたい。なんて。そんな贅沢な夢を見ながら、私も母の姿を見て生き様を真似てみる。
高校の先生が授業の雑談中に言った。
「あなたの憧れの人は何ですか?」
私は迷わず『お母さん』と答えた。模範的な回答を面白くなさそうに見ているクラスメートたち。次に答えた子は何か面白いことを言ったようだ。ウケている。
でも、それが何だというんだ。
私たちの何も知らないくせに。
帰り道。
赤と青の紫陽花が綺麗に咲いていた。母は裕福になりたい私の言葉を叶えるためか、ちょっと高いスーパーのティーバッグで紅茶を淹れてくれた。
不揃いのマグカップ。謎の乾杯。それでもとても嬉しかった。
「美味しいねぇ」
母がマグカップをくるくる回しながら言う。ワインじゃないのに。
「うん、美味しい」
少しだけゆっくり流れる時間。裕福になった気がした。それが、少しだけ。ほんのちょっとだけ自慢になったよ。
来年の母の日には美味しい紅茶とカップをプレゼントしよう。
だから、嫌々だけど、不本意だけど……働くよ。大切なもののために。
「お母さんもなんでしょ?」
「?」
呟いた私の顔をパチクリした目で見つめる母が面白くて紅茶を吹きそうになった。
おしまい




