第7話 実験失敗の報告
朝は、何事もなかったかのように始まった。
廃区画に流れる警報は止まり、
無階位たちは、いつも通り引きずり出される。
昨日、誰かが死んだことなど、
この世界では特別な出来事じゃない。
実験棟の前に、人が集められていた。
無階位だけじゃない。
第二層の兵士、研究員、記録係。
白い板が掲げられる。
「実験番号・七三一」
「被験体・無階位」
「結果・失敗」
淡々と読み上げられる声。
「被験体は耐久値不足により死亡」
「実験は予定通り終了」
「追加処分なし」
それで終わりだ。
名前は呼ばれない。
性別も、年齢も、記録されない。
――ミアという存在は、最初からいなかったことになる。
俺は列の後ろで、それを聞いていた。
顔を上げることはない。
怒りを見せれば、処分対象になる。
分かっている。
分かっているが――。
胸の奥で、何かが冷えていく。
怒りでも、悲しみでもない。
もっと、静かで、重い感覚。
価値がないから、死んだ。
価値がないから、記録されない。
それが、この世界の“正しさ”。
「以上だ」
研究員が板を下ろす。
兵士が号令をかける。
「無階位、解散」
人の死を報告しておいて、
次の瞬間には、もう仕事の話だ。
俺は、列から外れ、瓦礫撤去に回された。
昨日と同じ作業。
同じ道具。
同じ指示。
違うのは、俺だけだった。
瓦礫を持ち上げる。
重いはずの鉄骨が、以前ほど重くない。
息も、前より続く。
体が、確実に変わっている。
だが、それよりも――
心の奥が、別の意味で変わっていた。
もう、期待しないだけじゃ足りない。
このままでは、
同じことが、何度でも繰り返される。
昼過ぎ、見慣れた兵士が近づいてきた。
「おい、無階位」
ガルドだった。
第二層の下級兵士。
いつも皮肉な笑みを浮かべている男。
「昨日、実験棟で騒ぎがあったな」
俺は答えない。
「ま、どうでもいいが」
ガルドは肩をすくめる。
「失敗例が一つ増えただけだ」
その言葉に、胸の奥がわずかに反応する。
――失敗例。
「なあ」
ガルドが、声を低くする。
「お前、変なことに首突っ込むなよ」
視線が、俺の腕に落ちる。
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
だが、確かに見ていた。
「無階位が目立つと、碌なことにならん」
それは忠告だった。
優しさとは言えないが、悪意でもない。
「……なぜ、教える」
俺は、初めて口を開いた。
ガルドは、鼻で笑う。
「昔な」
「俺にも、守れなかったやつがいた」
それ以上は言わなかった。
言わなくても、十分だった。
「生き延びたいなら、上を見ろ」
そう言い残し、ガルドは去っていく。
瓦礫の山の向こうで、
研究員たちが次の実験準備を始めている。
新しい被験体。
新しい番号。
俺は、手を止める。
そして、はっきりと理解する。
この世界では、
黙って生き延びるだけでは、何も守れない。
なら――。
価値がないと言われた場所から、
価値そのものを、壊すしかない。
俺は、瓦礫を持ち上げながら、
初めて“上”を見る。
その先に、
どんな地獄が待っていようとも。
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