第6話 見送るしかない
夜は、廃区画では特別な意味を持たない。
暗さは変わらず、危険も減らない。
ただ、兵士の数が少しだけ減る。それだけだ。
俺は遠回りを繰り返しながら、保管庫へ戻った。
足は重い。息が荒い。だが、止まらなかった。
止まれば、意味がなくなる。
扉を押し開けると、ミアは同じ場所にいた。
だが、さっきよりも、ずっと小さく見えた。
「……レイ……」
声は、ほとんど息だった。
俺は駆け寄り、膝をつく。
「追手は……?」
「今はいない」
嘘ではない。
だが、真実でもない。
追手は、消えたわけじゃない。
ただ、今は見失っているだけだ。
ミアの体に触れる。
冷たい。
呼吸は、さらに浅くなっていた。
「……ね」
ミアが、かすかに笑う。
「わたし、さ……」
言葉が途切れる。
俺は、何も言えなかった。
励ましも、約束も、ここでは嘘になる。
「……こわかった」
ミアの声が、震えた。
「でも……レイが来てくれて……」
指が、俺の袖を探す。
俺は、その手を握る。
小さくて、力がない。
胸の奥が、強く締め付けられる。
「助ける」
口から、勝手に言葉が出た。
「必ず」
ミアは、首を振った。
「……ううん」
それは、拒否じゃなかった。
諦めだった。
「わかる、よ……」
息が、さらに浅くなる。
「ここ……だめ……」
俺は、目を伏せる。
分かっている。
ここでは、助けられない。
薬もない。
医者もいない。
そもそも、無階位を診る者などいない。
――上へ行くしかない。
だが、今すぐは無理だ。
「ね……」
ミアが、俺を見る。
「……生きて」
その言葉は、命令みたいだった。
「レイは……ちゃんと……」
最後まで、聞き取れなかった。
指の力が、ゆっくりと抜ける。
俺は、名前を呼んだ。
「ミア」
返事は、ない。
耳を当てる。
胸に触れる。
動いていない。
――遅かった。
俺は、動けなかった。
泣き叫ぶことも、できなかった。
声を出すと、見つかる。
ここでは、悲しみすら贅沢だ。
しばらくして、俺は立ち上がる。
ミアの体を、そっと抱き上げる。
軽い。
あまりにも、軽すぎた。
外は、相変わらず暗い。
だが、廃区画の奥に、処分場がある。
無階位の死体が、まとめて捨てられる場所。
俺は、そこへ向かった。
途中、誰にも会わなかった。
会っても、何も言わなかっただろう。
処分場の縁に、ミアを寝かせる。
ここには、名前も墓もない。
それでも。
「……ありがとう」
俺は、そう言った。
それが、できる全部だった。
背を向ける。
一歩、離れる。
胸の奥が、焼けるように痛む。
その痛みの中で、
確かに、何かが沈んでいくのを感じた。
温度。
迷い。
戻る理由。
代わりに、別のものが浮かび上がる。
――奪われた。
理不尽に。
一方的に。
なら。
俺は、もう一度歩き出す。
生き延びるためじゃない。
守るためでもない。
――奪い返すために。
価値を持たない朝は、
この夜で、終わった。
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