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価値ゼロと判定された俺が、誰もやらない仕事で世界を裏側から変えていく話  作者: 空城ライド


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第5話 追われる者

 通路を抜けた瞬間、外気が肺に突き刺さった。


 冷たい。

 だが、今はそれがありがたい。


 俺はミアを抱えたまま、廃区画の影へと身を滑り込ませる。

 足音。怒号。灯り。


 追手は、確実に増えていた。


「無階位が一人、被験体を連れて逃走!」

「生死は問わん、確保しろ!」


 生死は問わない。

 その言葉が、やけに静かに胸に落ちた。


 曲がり角をいくつも越え、瓦礫の山を越える。

 体が悲鳴を上げているのが分かる。


 それでも、止まらない。


 止まったら、終わる。


 ようやく辿り着いたのは、使われなくなった保管庫だった。

 崩れた扉の奥、湿った空気。


 俺は中に入り、扉を押さえる。

 しばらくして、足音が遠ざかった。


 ……今のところは、だ。


 俺は、壁にもたれかかるように座り込み、ミアをそっと床に寝かせる。


「ミア」


 呼びかけると、彼女は微かに眉を動かした。


 目は半開き。

 呼吸は、浅い。


 腕を見る。

 刻印は、ほとんど消えていた。


 だが、皮膚の下に、何かが残っている気がする。

 冷たい、異物の感触。


「……だいじょうぶ……?」


 ミアが、掠れた声で言った。


 俺は、答えに詰まる。


 大丈夫じゃない。

 何が起きたのかも、どうすればいいのかも、分からない。


 それでも――。


「生きてる」


 俺は、そう言った。


 ミアの唇が、かすかに動く。

 笑おうとしたのかもしれない。


 だが、その直後、彼女の体が小さく跳ねた。


「っ……!」


 呼吸が乱れる。

 指先が、強く俺の袖を掴む。


「……へん、なの……」


 声が震える。


「からだ、うごかない……」


 俺は、歯を噛みしめる。


 実験は、失敗だった。

 だが、完全な失敗じゃない。


 ミアは生きている。

 だが、何かを――確実に、奪われている。


 そのとき、外で再び足音がした。


 今度は、近い。


「この辺りだ」

「血の痕がある」


 俺は、息を止める。


 隠れる場所はない。

 戦う力もない。


 ――どうする。


 頭の中で、あの感覚が蘇る。

 胸の奥が、微かに熱を帯びる。


 価値がないとされた行動。

 無意味だと切り捨てられる選択。


 ――囮になる。


 その瞬間、何かが、すっと噛み合った。


 俺は、ミアの手をそっと離す。


「ここで待ってろ」


「……レイ?」


 振り返らない。

 振り返ったら、戻れなくなる。


 俺は、保管庫の反対側の出口へと向かう。


 足音を立てて、わざと。


 ――俺が、価値のない餌になる。


 そう思った瞬間、

 体が、軽くなった。


 驚くほど、はっきりと。


 扉を蹴破り、外へ飛び出す。


「いたぞ!」


 叫び声。

 追撃。


 俺は、走る。


 ただの逃走じゃない。

 選んだ逃走だ。


 背後で、銃声が響く。

 だが、当たらない。


 ――避けられる。


 なぜか、分かる。


 価値がないと切り捨てられた行為が、

 確実に、俺を生かしていた。


 それでも、分かっている。


 このままじゃ、いずれ捕まる。

 俺も、ミアも。


 ――上へ行くしかない。


 この世界で、生き延びるには。


 俺は歯を食いしばり、さらに走った。


 無階位として追われる者から、

 何かが変わり始めていることを、

 はっきりと感じながら。

本話もお読みいただき、ありがとうございました!


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