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価値ゼロと判定された俺が、誰もやらない仕事で世界を裏側から変えていく話  作者: 空城ライド


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第3話 実験対象

 ミアの番号が呼ばれた瞬間、列の空気が変わった。


 ざわめきはない。

 誰も声を出さない。


 ただ、無階位たちの視線が、一斉に逸れる。

 それが、この場所での「同情」の形だった。


「前へ」


 兵士の声は、事務的だった。

 ミアは一瞬だけ足を止め、それから、何事もないように一歩を踏み出す。


 俺は、動けなかった。


 呼ばれていない。

 だから、動く理由がない。


 それでも、体の奥が、微かに熱を持つ。


 ――何か、言え。


 そう思う。

 だが、言葉が出ない。


 ミアが振り返る。


 ほんの一瞬。

 目が合う。


 彼女は、笑った。


 昨日と同じように。

 パンを差し出したときと、同じように。


「すぐ戻るよ」


 そう言ったような気がした。

 声は、兵士の足音に掻き消される。


 列が動き、ミアは他の数名と共に連れて行かれた。

 実験棟へ続く通路の奥へ。


 戻ってくる話を、俺は知らない。


 作業は、何事もなかったかのように続けられた。

 無階位が一人減ったところで、仕事の量が変わるわけじゃない。


「無階位。次」


 呼ばれて、俺は前に出る。


 瓦礫の撤去。

 汚染区域の清掃。

 危険度が、少しずつ上がっていく。


 まるで、値踏みされているみたいだった。


 夕方、実験棟の外壁が見える場所まで来た。

 白く塗られた壁。

 無階位の居住区とは、明らかに違う。


 壁の向こうから、短い悲鳴が聞こえた。


 一つ。

 それきり。


 作業を続ける無階位たちは、誰も顔を上げない。

 聞こえなかったことにするのが、生き残る方法だ。


 俺も、そうしてきた。


 ……それでも。


 胸の奥が、また軋む。


 今度は、はっきりと。


 頭の中に、言葉にならない衝動が浮かぶ。

 近づけ。

 見ろ。

 確かめろ。


 理由は分からない。

 だが、従わなければならない気がした。


 作業の合間、俺は一人、壁沿いに進む。

 監視の死角。

 偶然を装った動き。


 実験棟の裏口は、半開きだった。


 中から、薬品の匂いが流れ出している。

 甘く、鼻を刺す匂い。


 ――戻れ。


 そう思う。

 だが、足が止まらない。


 中は薄暗く、床には古い血の跡が残っていた。

 壁際に並ぶ装置。

 割れた水槽。

 そして、奥の部屋から聞こえる、かすかな声。


「……だれか……」


 聞き覚えのある声だった。


 ミア。


 俺は、息を止めて進む。


 部屋の中には、台が並んでいた。

 その一つに、ミアが縛り付けられている。


 目は開いている。

 だが、焦点が合っていない。


 腕には、あの刻印と同じ紋様が浮かんでいた。

 死体で見たものと、同じだ。


「……レイ……?」


 声が、かすれる。


 俺は、答えられなかった。


 この場所に来た時点で、

 もう“正しい選択”はしていない。


 装置が、低い音を立てる。

 光が、ミアを包む。


 胸の奥が、焼けるように熱くなる。


 ――価値がない。

 ――処分対象。

 ――失敗例。


 誰かの声が、重なって聞こえた気がした。


 次の瞬間。


 俺の中で、何かが――はっきりと、反転した。

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