最終話 無階位のまま
朝は、変わらずやって来る。
警報は鳴らない。
号令も、怒鳴り声もない。
無階位たちは、
いつも通り、
それぞれの持ち場へ向かう。
ただ一つだけ、
違っていた。
「……あれ、
ここ、前より安全じゃないか」
誰かが、そう言った。
誰に向けた言葉でもない。
確認する相手もいない。
それでも、
その一言は、確かに残った。
仮置き区域に、
俺の姿はなかった。
呼び止める者も、
探す者もいない。
記録上、
俺は最初から、
そこにいなかったことになっている。
それでいい。
管理部の会議室で、
小さな報告が上がる。
「無階位区域における事故率、
継続的に低下」
「原因は?」
「特定できません」
いつも通りの答え。
だが、
そのあとに、
一行だけ追加されていた。
「現場判断による回避・改善が増加」
名前は、ない。
だが、
“考える”という行為だけが、
数字として残った。
エルナは、
端末を閉じる。
個人記録の最下段に、
短い項目を追加した。
無階位による改善事例
※特定個体なし
※再現性あり
それ以上は、書かない。
名前を書けば、
また“価値”が発生してしまう。
彼女は、
それを望まなかった。
その日の午後、
無階位の一人が、
危険作業の前で立ち止まる。
「……理由、考えろって、
どこかに書いてあったよな」
別の無階位が、頷く。
「失敗前提の仕事ほど、
正解が残ってる、だっけ」
誰が言ったのかは、
誰も知らない。
だが、
それで十分だった。
夕方、
仮置き区域の端で、
一人の無階位が空を見上げる。
上層都市は、相変わらず見えない。
それでも、
以前ほど、
遠く感じなかった。
――やれることは、ある。
その感覚だけが、
確かに残っている。
価値がないとされた朝は、
今日も同じように始まった。
だが、
誰もやらない仕事を前に、
考える人間が増えている。
それだけで、
世界は、
ほんの少しだけ変わった。
名前のないまま。
無階位のまま。
それでも――
価値を持たない朝は、
もう以前と同じ意味では、
始まらなくなっていた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
この物語は、
「強くなる話」でも
「上に行く話」でもありません。
“価値は誰が決めているのか”
その問いだけを、最後まで書き続けた物語です。
主人公レイは、
才能を誇示せず、
地位も名誉も手に入れません。
それでも彼が選び続けた
「誰もやらないこと」「評価されない行動」は、
世界の判断基準を、静かに狂わせていきました。
価値がないと言われた場所には、
実はまだ“考えられていない正解”が残っている。
この物語は、その一点から生まれています。
最後まで
派手な無双も、劇的な勝利もありませんでしたが、
それでも何かが変わったと感じていただけたなら、
これ以上の喜びはありません。
この物語はここで一区切りですが、
世界は続いています。
価値を持たない朝も、きっと。
改めて、
最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。




