第2話 無階位の仕事
廃区画を出るころには、指先の熱は消えていた。
あの刻印も、測定装置の音も、まるで最初からなかったかのように。
俺は袋を回収所に放り込み、無言で次の指示を待つ。
「無階位。こっちだ」
呼ばれて、振り向く。
第二層の兵士が、面倒そうな顔で顎をしゃくった。
「次は第四処理路。瓦礫撤去」
第四処理路。
廃区画の中でも、戻ってくる者が少ない場所だ。
周囲の無階位たちが、目を伏せる。
誰も、俺と目を合わせない。
――期待しなければ、失うこともない。
そう言い聞かせて、俺は頷いた。
第四処理路は、空気そのものが重かった。
崩れかけた天井、積み上がった瓦礫、ところどころに残る魔力の焼け跡。
ここは元々、実験施設だったと聞いたことがある。
失敗して、捨てられた場所。
だから、俺たち無階位が呼ばれる。
瓦礫をどかし、鉄骨を引きずり、埃にまみれて進む。
息が荒くなる。腕が痺れる。
それでも、止まらない。
止まった瞬間、価値がないと判断される。
価値がないものは、処分される。
単純で、分かりやすい世界だ。
瓦礫の下から、古い装置が露出した。
壊れた測定端末。表面に走る無数の亀裂。
触れた瞬間、まただ。
胸の奥が、わずかに軋んだ。
さっきより、はっきりと。
「……?」
息を整えながら、装置を持ち上げる。
重い。だが、さっきより――少しだけ、軽く感じた。
気のせいだ。
そう思おうとして、思いきれない。
作業を終え、回収所へ戻る途中、見慣れた影を見つけた。
ミアだ。
彼女は壁際に座り込み、膝を抱えていた。
俺に気づくと、ほっとしたように顔を上げる。
「戻ってきた」
「……ああ」
それだけの会話。
それでも、胸の奥が少し緩む。
「今日ね」
ミアは声を潜めた。
「実験棟の人手が足りないって」
俺の手が、一瞬止まる。
「無階位から、数人回すって」
実験棟。
そこに行った無階位が、戻ってきた話を、俺は知らない。
「……選ばれたのか」
ミアは、少しだけ笑った。
「まだ。でも、たぶん」
その笑顔は、昨日より硬かった。
俺は何も言えなかった。
止める言葉も、代わる資格もない。
ただ、生き延びることしか考えてこなかった俺には、
誰かを守る方法なんて、分からなかった。
兵士の足音が近づく。
「無階位。集合だ」
呼ばれて、俺たちは立ち上がる。
ミアが、ほんの一瞬だけ、俺を見る。
何か言いたそうに。
でも、結局、何も言わなかった。
列に並びながら、俺は思う。
もし、あの違和感が――
もし、本当に“増えた”ものだとしたら。
それは、何のために使える?
生き延びるためか。
それとも――。
考える前に、兵士の声が響いた。
「無階位。選別を始める」
列の前から、名前のない番号が呼ばれていく。
そして、次に呼ばれたのは――
ミアの番号だった。
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