第19話 選択
条件は、整えられていた。
観測対象としての扱い。
無階位のまま。
名は残さない。
それだけでも、十分に異常だ。
だが、世界は――
それ以上の“都合のいい提案”を用意していた。
翌日、再び呼び出される。
今度は、三人ではなかった。
研究部の上席。
管理部の責任者。
そして、記録部の代理。
空気が、重い。
「結論を急ぐ必要がある」
管理部の男が言う。
「君の存在は、
すでに“噂”として広がり始めている」
予想通りだった。
「このままでは、
制御不能になる」
研究部の上席が、端末を操作する。
表示されるのは、
仮置き区域のデータ。
事故率。
修復時間。
被害件数。
「これを、
個人の成果として管理する」
言葉の意味は、明白だった。
「階位を与える」
「所属を与える」
「責任と権限を与える」
昇格。
無階位から、
一気に第三層への引き上げ。
だが――。
「条件付きだ」
管理部が続ける。
「君の行動は、
すべて事前申請制とする」
「成果は、
研究部の管理下に置く」
「記録上、
“成功者”は君ではない」
俺は、黙って聞く。
それは、
成功の独占だった。
「君は、
世界を安定させている」
研究部の上席が言う。
「ならば、
正しく管理されるべきだ」
正しい、という言葉が、
ひどく歪んで聞こえた。
「拒否した場合は?」
俺は問う。
記録部の代理が、答える。
「異常事象として処理する」
つまり、
消去。
選択肢は、二つ。
管理される“成功者”か。
存在しない“異常”か。
だが――。
俺は、
最初から、
そのどちらも選ぶ気はなかった。
「拒否する」
即答だった。
空気が、凍る。
「理由を聞こう」
研究部の上席が、
静かに言う。
「俺がやってきたことは、
“評価されないから”できた」
俺は、言葉を選ばない。
「価値がないと切り捨てられた場所だから、
正解が残っていた」
「それを、
管理して、
成功として回収したら――」
視線を上げる。
「同じことが、
また起きる」
誰もやらなくなる。
誰も考えなくなる。
「俺は、
その歪みの中にいたい」
沈黙。
管理部が、低く唸る。
「君は、
自分が何を捨てているか、
分かっているのか」
「分かっている」
安全。
地位。
未来。
全部だ。
「それでも、
拒否する」
数秒。
長い沈黙のあと、
研究部の上席が言った。
「……ならば、
第三の選択肢を提示する」
俺は、目を細める。
「君は、
観測対象から外れる」
「記録は、
“自然安定化”として処理する」
「君個人は、
公式記録から完全に切り離す」
それは――
存在を、曖昧にするという選択だった。
「ただし」
条件が続く。
「二度と、
“意図的に結果を残すな”」
「再び異常が観測されれば、
即座に処理する」
つまり、
世界に影響を与えるなという命令。
俺は、少し考える。
そして、
ゆっくりと答えた。
「……それでいい」
彼らは、理解していない。
結果を残すことと、
方法を残すことは、違う。
部屋を出ると、
エルナが待っていた。
すべてを察している顔。
「……終わったんですね」
「終わった」
だが、
同時に始まってもいた。
俺は、
仮置き区域へ戻る。
名もなく。
評価もなく。
ただ、
一つだけ決めていた。
俺がやってきた“考え方”は、
俺のものじゃない。
次は、
それを残す。
名を残さずに。
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