第17話 噂
噂は、いつも正確じゃない。
だが、
完全な嘘にもならない。
仮置き区域で、事故が起きなくなった。
それが最初の噂だった。
最初は、偶然だと笑われた。
次に、運が良かっただけだと言われた。
だが、それが続くと――
言い訳は、減っていく。
「最近、あそこ静かじゃないか」
第二層の兵士が、休憩中にそう言った。
「前は、月に一度は警報が鳴ってた」
「……確かに」
別の兵士が、腕を組む。
「実験棟より、
仮置き区域の方が安定してるって、
どういう冗談だ」
笑いは、起きなかった。
笑えないからだ。
その日の午後、
エルナは珍しく、仕事を回してこなかった。
代わりに、
端末を閉じたまま、
俺の前に立つ。
「……隠しきれなくなりました」
声は低い。
「何が」
「あなたの関わった案件です」
彼女は、端末を開かない。
見せられないからだ。
「事故率、四割減」
「復旧速度、平均の二倍」
「被害件数、ほぼゼロ」
淡々と、数字だけを並べる。
「仮置き区域“だけ”です」
その言葉に、
空気が少し重くなる。
「正式記録には残っていません」
「でも……
“違和感”は残ります」
違和感。
それは、組織が最も嫌うものだ。
「上層研究部が、
調査を始めました」
胸の奥が、静かに鳴る。
「理由は?」
「“原因不明の安定化”」
エルナは、目を伏せる。
「つまり……
誰かが、何かをしている」
俺は、黙って聞く。
「仮置き区域は、
捨て場所のはずでした」
「それが、
一番壊れない場所になっている」
彼女は、そこで言葉を切った。
「……名前が、出始めています」
「俺の?」
「いいえ」
少し間を置いて。
「“名前のない誰か”です」
それは、最悪で、
同時に、最善だった。
名指しされていない。
だが、無視もできない。
「レイ」
エルナは、はっきりと呼ぶ。
「次に来るのは、
“仕事”じゃありません」
「……評価です」
俺は、少しだけ考える。
評価されるということは、
管理されるということだ。
管理されるということは、
価値を、決められるということだ。
「逃げるか」
俺は言う。
エルナは、首を振った。
「もう、遅いです」
その言葉は、
慰めではなかった。
「逃げたら、
“異常”として確定します」
「残れば?」
「“資源”になります」
どちらも、
良い未来じゃない。
だが、
選ばされる未来ではある。
その日の夜、
仮置き区域の外が騒がしかった。
見慣れない研究員。
増えた警備。
そして――
誰も、俺に話しかけない。
呼べない。
触れない。
公式記録に、
俺は存在していないからだ。
だが、
存在していないはずのものが、
結果だけを残している。
それは、
組織にとって、
最も不気味な存在だった。
エルナは、最後に一言だけ言った。
「近いうちに、
あなたは“選ばれます”」
俺は、空を見上げる。
今日も、
仮置き区域から空は見えない。
だが、分かる。
この噂は、
もう止まらない。
価値がないとされた行動が、
静かに、
世界の判断基準を叩き始めている。
――次に呼ばれるとき、
俺は、
“無視できない存在”として、
そこに立つことになる。
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