第14話 観察者
仮置き区域の仕事は、記録に残らない。
正確には――
残したがられない。
旧配管層の点検。
崩落しかけた通路の一時補修。
原因不明の停止を起こした装置の確認。
どれも、正式な部署が引き受けるには面倒で、
責任だけが重い案件だった。
だから、ここに回ってくる。
俺は、旧配管層の中を進んでいた。
照明は弱く、床は不安定。
だが、足は迷わない。
――ここだ。
異音の原因になっていた弁を見つけ、
詰まっていた破片を取り除く。
圧が抜け、低い音が止まる。
成功。
誰にも拍手されない。
報告書にも、大きくは載らない。
それでいい。
戻ると、入口付近にエルナがいた。
端末を持ち、こちらを見ている。
「……早かったですね」
「問題なかった」
それだけ答える。
エルナは、端末に何かを入力する。
だが、途中で手を止めた。
「あなた」
呼び止められる。
「番号四七二……でしたよね」
「……レイ」
一瞬、迷ってから名乗る。
ここでは、名前を隠す必要を感じなかった。
「レイ」
彼女は、口の中で確かめるように繰り返す。
「質問があります」
俺は、少しだけ身構える。
「どうして、あの床に?」
昨日の案件だ。
「危険度は未確認。
回避が妥当でした」
「誰もやらなかった」
「ええ」
エルナは、俺を見る。
「でも、あなたは行った」
責める調子ではない。
だが、純粋な疑問でもない。
「理由を、もう少し具体的に」
俺は、少し考える。
正直に言っても、
理解されない可能性の方が高い。
だが――。
「やらない理由が、
“危険だから”だけなら」
言葉を選ぶ。
「行く価値がある」
エルナは、目を細めた。
「……価値?」
俺は、頷く。
「誰も行かない。
誰も記録したがらない」
「それは、
やった者の責任が、薄い」
エルナの指が、止まる。
「成功すれば、
失敗扱いされない」
彼女は、黙ったまま俺を見る。
観察。
評価。
再構築。
そんな視線。
「理屈としては、分かります」
やがて、彼女は言った。
「でも……
それは、長く生きる人の考え方じゃない」
「無階位は、長く生きない」
俺は、そう返した。
一瞬、空気が止まる。
エルナは、視線を逸らした。
「……あなたは、
自分が無階位だという自覚がありますか」
「ある」
即答だった。
「でも、
無階位らしくは、ない」
それは評価か、警告か。
「あなたが関わった案件」
エルナは、端末を操作する。
「成功率が、
この区域の平均を大きく上回っている」
胸の奥が、静かに反応する。
「偶然です」
俺は言う。
半分は本当だ。
エルナは、小さく笑った。
「研究者は、
“偶然”という言葉を信用しません」
その笑みは、
優しさでも、敵意でもなかった。
「安心してください」
彼女は、声を落とす。
「私は、
あなたを“解析対象”にするつもりはありません」
それは、意外だった。
「私は……」
一瞬、言葉に迷う。
「ただ、確かめたいだけです」
「何を」
「あなたが、
この世界の“例外”なのかどうか」
そう言って、彼女は端末を閉じた。
「次の案件も、
回します」
それだけ言って、立ち去る。
俺は、その背中を見送る。
仮置き区域には、
色々な人間がいる。
諦めた者。
怒りを失った者。
まだ、何かを探している者。
エルナは、
“疑っている者”だった。
そして、
疑われるということは――
見られている、ということだ。
俺は、静かに息を吐く。
ここは、まだ安全じゃない。
だが、
誰も見ていなかった場所でもない。
価値がないとされた行動は、
また一つ、
記録されない形で積み上がっていく。
その先に、
何が待っているかは、分からない。
だが――
目を背ける理由は、もうなかった。
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