第11話 逃亡準備
逃げると決めたからといって、
すぐに走り出せるわけじゃない。
廃区画は、迷路だ。
出口は限られ、監視は多い。
無計画な逃走は、
ただの処刑の延期に過ぎない。
俺は、作業の合間に周囲を見るようになった。
どこに監視があるか。
どの時間帯に兵士が減るか。
誰が命令を出し、誰が記録を取っているか。
昨日まで、意識しなかったこと。
だが今は――
見える。
見ようとしている。
危険作業に回されるのは、相変わらずだった。
毒素区域。
崩落寸前の通路。
だが、そこには一つ利点がある。
人が来ない。
俺は、その場所で、少しずつ準備を進めた。
壊れた工具を集める。
使えそうな部品を隠す。
瓦礫の配置を、頭に叩き込む。
誰かに見られれば、終わりだ。
だが、誰も見ていない。
価値がないと判断された場所には、
管理も、関心も、ない。
――だからこそ、動ける。
数日が過ぎる。
選別で消えた無階位の数は、増えていた。
噂は、自然と耳に入る。
「次は、一斉だ」
「実験棟が、また拡張されるらしい」
処分は、近い。
夜、休憩区画でガルドとすれ違う。
彼は、何も言わない。
だが、視線だけで分かる。
急げ。
その夜、俺は決めた。
逃げる。
だが、独りではない。
廃区画の奥、
瓦礫に半分埋もれた通路。
そこに、古い搬出路がある。
使われなくなった、下層専用のルート。
無階位の死体を運ぶための道だ。
――価値がないものを、外に出すための通路。
俺は、そこに立つ。
空気は澱み、
奥は闇に溶けている。
危険だ。
だが、他に道はない。
そのとき、足音がした。
「……やっぱり、ここか」
ガルドだった。
俺は、振り返らない。
「止めない」
彼は、そう言った。
「だが、今すぐ行くな」
俺は、初めて彼を見る。
「なぜ」
「整理は、三日後だ」
短い言葉。
「その直前が、一番、監視が薄い」
経験者の言葉だった。
ガルドは、小さな袋を投げてよこす。
「持っていけ」
中には、簡易の食料と、古い識別札。
「正式な身分じゃない。
だが、すぐには撃たれない」
それだけで、十分だった。
「これ以上は、俺も危ない」
ガルドは、背を向ける。
「生き残れ」
それは、別れの言葉だった。
俺は、袋を握る。
逃げる準備は、整った。
だが――
胸の奥で、別の感覚が芽生えている。
不安ではない。
恐怖でもない。
覚悟だ。
三日後。
この場所は、さらに人を減らす。
俺が残る理由は、もうない。
価値がないとされた通路で、
価値がないとされた準備を終え、
俺は、闇を見据える。
次に動くとき、
後戻りはできない。
それでも。
――選ぶのは、今度こそ、俺だ。
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