第10話 ガルドの過去
作業が終わったあと、ガルドは俺を呼び止めた。
「来い」
それだけ言って、人気のない通路へ歩き出す。
拒否権はない。だが、ついていく理由はあった。
通されたのは、兵士用の休憩区画だった。
酒の匂い。古い椅子。薄暗い灯り。
ガルドは椅子に腰を下ろし、黙って水袋を投げてよこす。
「飲め。顔色が悪い」
俺は受け取り、少しだけ口をつけた。
「……なぜ、助けた」
問いは、ずっと胸にあった。
ガルドは鼻で笑う。
「助けたつもりはない」
少し間を置いて、続ける。
「ただ、昔の自分を思い出しただけだ」
俺は黙って待つ。
ガルドは、天井を見上げるように視線を逸らした。
「俺もな、元は無階位だ」
その言葉は、静かだった。
だが、重い。
「運が良かった。
実験じゃなく、昇格試験に回された」
昇格試験。
無階位が第二層へ上がれる、唯一の道。
「命がけだった。
だが――結果は、もう決まってた」
ガルドは、指で机を叩く。
「必要なのは、才能でも努力でもない。
“都合”だ」
試験の内容。
生き残った人数。
最初から決められた合格者。
「俺は、使えると思われただけだ」
声に、怒りはない。
諦めがあった。
「兵士になって分かった。
上に行っても、自由はない」
無階位が使い捨てなら、
下級兵士は“消耗品”。
「命令には逆らえない。
疑問を持てば、異端だ」
ガルドは、俺を見る。
「だから、お前を止めた」
「……止めた?」
「目立つな、って言っただろ」
苦い笑み。
「成り上がりってのはな、
上に行くほど、選択肢が減る」
俺は、初めて気づく。
彼は、失敗者だ。
上に行けなかった者ではなく、
行ってしまった者。
「じゃあ……」
言葉を探す。
「どうすればいい」
ガルドは、しばらく黙っていた。
それから、低い声で言う。
「すぐに上を目指すな」
意外な答えだった。
「まず、知れ。
誰が決めているのか。
何が基準なのか」
机を、指で叩く。
「力だけで上がったやつは、
必ず使い潰される」
ミアの顔が、脳裏をよぎる。
「お前は……」
ガルドは、俺の腕を見る。
「力の種類が、違う」
それが、評価なのか警戒なのか、分からない。
「だから、余計に危ない」
その言葉で、すべてが繋がった。
選別。
異常値。
延命。
俺は、もう“候補”に入っている。
「逃げ道は?」
俺が問う。
ガルドは、視線を落とす。
「今はない」
はっきりと言った。
「だが、作れる」
その一言に、胸が反応する。
「近いうちに、
無階位の大規模整理がある」
処分。
実験。
どちらにしても、終わりだ。
「その前に、
準備しろ」
何を、とは言わない。
だが、分かる。
考えろ。
動け。
選べ。
俺は、立ち上がる。
「……礼は言わない」
ガルドは、笑った。
「それでいい」
背中越しに、言葉が飛んでくる。
「生き残れ。
それだけで、俺より先に行ける」
通路に戻ると、
廃区画の空気が、やけに重く感じられた。
だが、足は止まらない。
俺は理解した。
成り上がりには、
“正しい順番”がある。
力の前に、
知ること。
そして――
選ぶこと。
その準備を始める時が、
もう来ていた。
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