下
十日目の朝、兵器は完成した。
手回しオルゴールの形をしたそれは、音楽と共に無数の釘が飛び出す爆弾だった。ひとかかえほどあるオルゴール爆弾をおおきなハムスターのぬいぐるみの中に隠した。
どことなく自分と似たぬいぐるみに、フワラはリボンをかけた。
「大丈夫か」
グクがたずねた。
女王は栄養失調で臥せっている。元はといえば魔王に幽閉されていたせいだと、レジスタンスたちは怒りを燃え盛らせた。
棍棒を手にした人間たちは魔王の帰還を待つ。
「……はい」
フワラは頷く。瞳は潤んでいたが、その奥に確かな決意を宿していた。
「魔王ダークデスを打倒します。後のことは皆様、よろしくお願いします」
フワラはマンドラゴラの灰で魔法陣を描く。
カカッセは扉を開き、グクたちを誘導した。
フワラが呪文を唱える。
「常世を繋ぐ円環。終わりなき夜の終わりよ。我らの主人、暗き死を呼び戻せ」
唱え終えると魔法陣が光った。
フワラは冥界から自らの主人を召喚した。
「魔王様、おかえりなさいませ」
「……ああ」
ダークデスは頭を振り、フードをはずした。
玉座に座ろうとして、ふと気付く。
「フワラの姿がふたつに見える」
「……おそれながら魔王様、こちらは冥界征服のお祝いにございます」
フワラはリボンをかけたぬいぐるみを差し出した。
「そうか。よく見ればそうだった」
「尻尾をご覧ください」
ダークデスがぬいぐるみの側面に周ると、尻尾がある場所に手回しハンドルが見えた。
ふむ、とダークデスはハンドルに手をかけた。
内部機構が金属の爪をつまびいて軽やかな音を鳴らす。
「オルゴールだな」
「その通りです」
ハンドルを回す。音楽が続く。
「……」
突然、フワラが魔王の手を握った。それ以上ハンドルを回せないように。
フワラは、きゅっと目を閉じている。
「フワラ……?」
「は、す、すみませんっ。どうも、壊れてしまってるようで」
火薬が作動する前に、フワラはハンドルを奪い取った。
魔王の統治は限界に来ている。それは頭でわかっている。だが、女王が言った「やりたいようにやれ」という最期の言葉を、フワラは忘れられずにいた。
「もういい、飽きた。応接間に飾っておけ」
「……はっ」
頭を下げたフワラの両目に涙が浮かんでいた。
ダークデスは頬を掻いて、彼の名を呼んだ。
「フワラ」
「な、なんでしょうか」
フワラは慌てて涙をぬぐう。
その時、轟音が城を襲った。
「敵襲!」
ぴんと髭を立ててフワラは床板をひっくり返した。
しびれを切らしたレジスタンスが砲撃をおこなったのだ。魔王はきっと即死魔術を使うだろう。フワラは恐れる。また多くの死者が出る。
しかし、ダークデスの手は上がらなかった。
「……? 魔王様、こちらへ!」
フワラは地下室の穴へと引き込む。
城砦が破壊される。二百年の歴史が崩れ去っていく。
魔王は魔術を使うそぶりすら見せず、なぜかモジモジしたまま地下室に避難した。
「フワラ」
「はい」
頭をくしゃくしゃに撫でられながらフワラは傾聴した。
「一緒に行ってもいいか」
「……冥界の検地ですね。それでしたら私がやっておきますので」
「うん、うん。わかってるが……」
砲撃は止まない。天井から石畳のかけらが落ちて来る。
ダークデスが、まだ冥界に居た頃。
虚空にウインドウが開いて、まがまがしい女性の姿が映し出された。
「なんでしょうか、山田捨郎」
「その名で呼ぶな! 亡者の倒し方を教えろ!」
女神の眼が裏返り、それから無機質な言葉が続いた。
「検索結果、一件。聖属性の『祈り』を習得する必要あり」
「それだ、それを使えるようにしろ」
女神は邪悪に微笑む。
「地上の教会で三年間の修行をおこなってください」
「な?」
「一日の制限範囲を越えました。制限を解除したい場合はプレミアム会員にご加入ください」
女神は微笑を貼りつけたまま課金プランへのリンクを表示した。捨郎は乱暴に腕を振ってウインドウを閉じる。
亡者たちは虚ろな眼窩を晒した恐ろしい顔で、捨郎を見つめる。
その時に彼は思い出した。自分はチートに頼り切っていただけで、ただのひきこもりで、オンカジに手を出して親に勘当された……どうしようもないギャンブル中毒者だったことを。
腐った指が捨郎の肩に乗った。
「やめ……やめろ……来るんじゃないっ!」
捨郎は亡者の腕を払う。
「そりゃないぜブラザー! オレたちゃなにもしてない!」
亡者の一人が骸骨めいた顔から陽気な声を発した。
「するにも冥界はなんにもないからよ」
「毎日踊るしかないんだよなぁ!」
「ブラザー、一緒にどうだい」
亡者たちは口々に言って、捨郎の肩を抱き寄せた。
捨郎がその手で殺したはずの魂たちは、恨み言すら言わず彼を受け入れていた。
「は、はあ……?」
捨郎は息を吸って、二百十年ぶりにその言葉を発した。
「友達ができた」
「はい?」
フワラは思わず、聞き返した。
「友達が、できた。冥界に」
「お友達、ですか」
「できた。……」
魔王はフワラの毛に顔を埋めた。
「お友達に会うため、また冥界へ」
「そうなるな、うん……」
フワラは茫然として、両手をぽふぽふと打ち合わせ始めた。
「おめでとうございます。民を挙げてお祝いをしなくては」
「いい、いい。カッコ悪いだろ」
「そんなことはありません。本当によかった。よかったです」
フワラは両手を打ち鳴らしつづけた。
「フワラ以外の友達は初めてで、どうしたらいいか」
ぽふ、と拍手が止んだ。
「私は友達だったのですか」
「ああ、俺は少なくとも、そう……」
「……」
フワラは顔をこすり、きょとんとした目で捨郎を見つめる。
「ありがとうございます、ありがとうございます。今やっとわかりました」
「なにが」
フワラは捨郎の手を握る。
「友達を裏切ることはできません」
天井の石畳が、二人に落ちてくる。
世界は平和になった。
毎年の魔王祭では祝砲がはじけて、人々が歌い踊った。
魔王城跡には年老いた女王が住んでおり、封印を守っている。
ある記者が女王のもとを訪ねた。
「魔王は蘇生魔術を使えました。死んで冥界に落ちたとしても、そこで呪文を唱えれば簡単に復活できるのではないでしょうか」
女王は煙草を燻らせる。
「その心配はしばらくないさ」
冥界に時の概念はない。
「どうだフワラ、俺のステップは」
「魔王様、お見事でございます」
捨郎は仲間たちとのラインダンスを見せつけ、フワラはぽふぽふと拍手をした。
終




