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かえってくるな!魔王様  作者: 月這山中


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3/3


 十日目の朝、兵器は完成した。

 手回しオルゴールの形をしたそれは、音楽と共に無数の釘が飛び出す爆弾だった。ひとかかえほどあるオルゴール爆弾をおおきなハムスターのぬいぐるみの中に隠した。

 どことなく自分と似たぬいぐるみに、フワラはリボンをかけた。

「大丈夫か」

 グクがたずねた。

 女王は栄養失調で臥せっている。元はといえば魔王に幽閉されていたせいだと、レジスタンスたちは怒りを燃え盛らせた。

 棍棒を手にした人間たちは魔王の帰還を待つ。

「……はい」

 フワラは頷く。瞳は潤んでいたが、その奥に確かな決意を宿していた。

「魔王ダークデスを打倒します。後のことは皆様、よろしくお願いします」

 フワラはマンドラゴラの灰で魔法陣を描く。

 カカッセは扉を開き、グクたちを誘導した。

 フワラが呪文を唱える。

「常世を繋ぐ円環。終わりなき夜の終わりよ。我らの主人、暗き死を呼び戻せ」

 唱え終えると魔法陣が光った。

 フワラは冥界から自らの主人を召喚した。

「魔王様、おかえりなさいませ」

「……ああ」

 ダークデスは頭を振り、フードをはずした。

 玉座に座ろうとして、ふと気付く。

「フワラの姿がふたつに見える」

「……おそれながら魔王様、こちらは冥界征服のお祝いにございます」

 フワラはリボンをかけたぬいぐるみを差し出した。

「そうか。よく見ればそうだった」

「尻尾をご覧ください」

 ダークデスがぬいぐるみの側面に周ると、尻尾がある場所に手回しハンドルが見えた。

 ふむ、とダークデスはハンドルに手をかけた。

 内部機構が金属の爪をつまびいて軽やかな音を鳴らす。

「オルゴールだな」

「その通りです」

 ハンドルを回す。音楽が続く。

「……」

 突然、フワラが魔王の手を握った。それ以上ハンドルを回せないように。

 フワラは、きゅっと目を閉じている。

「フワラ……?」

「は、す、すみませんっ。どうも、壊れてしまってるようで」

 火薬が作動する前に、フワラはハンドルを奪い取った。

 魔王の統治は限界に来ている。それは頭でわかっている。だが、女王が言った「やりたいようにやれ」という最期の言葉を、フワラは忘れられずにいた。

「もういい、飽きた。応接間に飾っておけ」

「……はっ」

 頭を下げたフワラの両目に涙が浮かんでいた。

 ダークデスは頬を掻いて、彼の名を呼んだ。

「フワラ」

「な、なんでしょうか」

 フワラは慌てて涙をぬぐう。

 その時、轟音が城を襲った。

「敵襲!」

 ぴんと髭を立ててフワラは床板をひっくり返した。

 しびれを切らしたレジスタンスが砲撃をおこなったのだ。魔王はきっと即死魔術を使うだろう。フワラは恐れる。また多くの死者が出る。

 しかし、ダークデスの手は上がらなかった。

「……? 魔王様、こちらへ!」

 フワラは地下室の穴へと引き込む。

 城砦が破壊される。二百年の歴史が崩れ去っていく。

 魔王は魔術を使うそぶりすら見せず、なぜかモジモジしたまま地下室に避難した。

「フワラ」

「はい」

 頭をくしゃくしゃに撫でられながらフワラは傾聴した。

「一緒に行ってもいいか」

「……冥界の検地ですね。それでしたら私がやっておきますので」

「うん、うん。わかってるが……」

 砲撃は止まない。天井から石畳のかけらが落ちて来る。


 ダークデスが、まだ冥界に居た頃。

 虚空にウインドウが開いて、まがまがしい女性の姿が映し出された。

「なんでしょうか、山田捨郎」

「その名で呼ぶな! 亡者の倒し方を教えろ!」

 女神の眼が裏返り、それから無機質な言葉が続いた。

「検索結果、一件。聖属性の『祈り』を習得する必要あり」

「それだ、それを使えるようにしろ」

 女神は邪悪に微笑む。

「地上の教会で三年間の修行をおこなってください」

「な?」

「一日の制限範囲を越えました。制限を解除したい場合はプレミアム会員にご加入ください」

 女神は微笑を貼りつけたまま課金プランへのリンクを表示した。捨郎は乱暴に腕を振ってウインドウを閉じる。

 亡者たちは虚ろな眼窩を晒した恐ろしい顔で、捨郎を見つめる。

 その時に彼は思い出した。自分はチートに頼り切っていただけで、ただのひきこもりで、オンカジに手を出して親に勘当された……どうしようもないギャンブル中毒者だったことを。

 腐った指が捨郎の肩に乗った。

「やめ……やめろ……来るんじゃないっ!」

 捨郎は亡者の腕を払う。

「そりゃないぜブラザー! オレたちゃなにもしてない!」

 亡者の一人が骸骨めいた顔から陽気な声を発した。

「するにも冥界はなんにもないからよ」

「毎日踊るしかないんだよなぁ!」

「ブラザー、一緒にどうだい」

 亡者たちは口々に言って、捨郎の肩を抱き寄せた。

 捨郎がその手で殺したはずの魂たちは、恨み言すら言わず彼を受け入れていた。

「は、はあ……?」



 捨郎は息を吸って、二百十年ぶりにその言葉を発した。

「友達ができた」

「はい?」

 フワラは思わず、聞き返した。

「友達が、できた。冥界に」

「お友達、ですか」

「できた。……」

 魔王はフワラの毛に顔を埋めた。

「お友達に会うため、また冥界へ」

「そうなるな、うん……」

 フワラは茫然として、両手をぽふぽふと打ち合わせ始めた。

「おめでとうございます。民を挙げてお祝いをしなくては」

「いい、いい。カッコ悪いだろ」

「そんなことはありません。本当によかった。よかったです」

 フワラは両手を打ち鳴らしつづけた。

「フワラ以外の友達は初めてで、どうしたらいいか」

 ぽふ、と拍手が止んだ。

「私は友達だったのですか」

「ああ、俺は少なくとも、そう……」

「……」

 フワラは顔をこすり、きょとんとした目で捨郎を見つめる。

「ありがとうございます、ありがとうございます。今やっとわかりました」

「なにが」

 フワラは捨郎の手を握る。

「友達を裏切ることはできません」 

 天井の石畳が、二人に落ちてくる。



 世界は平和になった。

 毎年の魔王祭では祝砲がはじけて、人々が歌い踊った。

 魔王城跡には年老いた女王が住んでおり、封印を守っている。

 ある記者が女王のもとを訪ねた。

「魔王は蘇生魔術を使えました。死んで冥界に落ちたとしても、そこで呪文を唱えれば簡単に復活できるのではないでしょうか」

 女王は煙草を燻らせる。

「その心配はしばらくないさ」


 冥界に時の概念はない。 

「どうだフワラ、俺のステップは」

「魔王様、お見事でございます」

 捨郎は仲間たちとのラインダンスを見せつけ、フワラはぽふぽふと拍手をした。



 終

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