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第8章 【運命再構築】「僕は、あなたを二度と失うわけにはいかない!」年下騎士の正体は?


「二度と失うわけにはいかない……?」




レナはクライヴの胸元を掴んだまま、声が出なかった。



彼の冷徹な表情は消え去り、そこにあるのは深い悲しみと、絶対的な愛だった。





「どういう意味よ、クライヴ」




クライヴは、レナの手をそっと握り、自らの秘密を明かす。





「レナ様、あなたの言葉で言うなら、僕も転生者です」





レナの瞳が見開かれた。




物理法則の具現化以上に、この告白はレナの理性を揺さぶった。





「馬鹿な……」






「私は前世、あなたと同じ研究室にいた、佐伯 亮(さえき りょう)です」





レナは言葉を失う。




「佐伯君?」






クライヴの声は苦渋に満ちていた。





「僕は、あなたの孤独と努力を、誰よりも近くで見ていました」







◇ ◇ ◇






佐伯亮にとって、彼女に出会うまでの人生は、静かな法則に満ちたものだった。



フワフワの茶髪で、お世辞にも物理学者には見えない子犬のような見た目だったが、彼の世界は、数字と物理法則の完全な秩序で構築されていた。





その秩序が崩れたのは、大学院の物理学研究室で飛鳥に初めて会った瞬間だ。




すらりとした長身に、切れ長の目。




その容姿は周囲が言う通り、あの乙女ゲーム『エタクロ』の悪役令嬢レナによく似ていた。




だが、何よりも亮の心を掴んだのは、その一切の媚びを排した、知性剥き出しの強靭さだった。





「その計算、初歩的なミスよ。場の形成をベクトル解析からやり直すべき」




鋭く、はっきりとした口調。




男に媚びず、常に真理を追究する彼女を、周囲の男たちは「可愛げがない」と評したが、亮には彼女こそが、この世の誰よりも魅力的な女性に見えた。




彼女が研究に没頭する横顔を見るたびに、胸が締め付けられるような、初めて経験する感情に打ちのめされた。





それが一目惚れだと悟るのに、時間はかからなかった。





しかし、飛鳥の隣には、同期の武史がいた。




武史は研究室のムードメーカーだった。





彼は、飛鳥の才能を誇る一方で、彼女の心を理解していなかった。




飛鳥は、常に、不安定な武史との関係に悩んでいた。





亮が傍で見ている限り、武史の存在は飛鳥の孤独を深めているように見えた。






実験が難航した夜も、いつも一人きりだった飛鳥。





彼女が、ガラスのような瞳で寂しそうにしているところを目撃するたびに、亮の胸は張り裂けそうになった。




(僕がいる。僕じゃダメですか、飛鳥先輩)




その言葉は、亮の喉の奥で常に燻っていた。




彼は、彼女が彼氏のことで苦しんでいるのを知りながら、研究者としての立場と、一歩踏み出す勇気のなさから、ただ見守ることしかできなかった。




亮の心には、「飛鳥の側にいること」こそが、彼自身の存在する唯一の法則となっていた。





それが、彼女が愛した男の裏切りを知り、孤独に研究を強行しようとした日、彼女の危機に迷わず身を投げ出すという、二度目の運命へと繋がった。





◇ ◇ ◇





「そして、この世界で僕がクライヴ・イグニスとして目覚めた時、あなたが『レナ・フォン・ヘルメス』ではないか?と直感していました。レナ様は、髪の色や瞳の色は違えど、その長身で冷徹な美貌は、前世のあなたによく似ていたからです」





クライヴは言葉を続けた。





「王子から婚約者として求婚されていたあなたを遠くから見た時、僕は言いようのない嫉妬に苦しみました。辺境へ向かう馬車の中。レナ様が、組んだ両手から人差し指を抜き出してクルクル回す、あの前世からの『考える時の癖』を無意識にした時、僕は、確信しました。あなたが、僕が愛した人であると。僕が長年、隣で研究を共にした、ただ一人の女性だと」




(今度こそ、法則をねじ曲げてでも、あなたを護り抜く)






この世界でクライヴという騎士の体躯と聖剣の使い手という地位を得た時、亮の決意は揺るぎないものとなった。




彼の愛は、前世の弱さを乗り越えた、絶対的な法則として、飛鳥の側にあり続けることを誓った。





(僕は、このゲームの世界で、ヒロインが選ばない、裏ルートの存在だった。だが、その裏ルートこそ、彼女を護るための唯一の法則だった。今度こそ、僕は彼女を護ってみせる!)







◇ ◇ ◇







レナの脳裏に、夜遅くまで研究に没頭する日々の穏やかな記憶が、津波のように押し寄せた。





佐伯亮。





可愛らしい容姿とは裏腹に、彼の計算速度と理論構築能力は周りを遥かに凌駕していた。





実験がうまくいかず疲れているとき、彼はいつも、飛鳥の顔色を不安そうに窺いながら、『飛鳥先輩。疲れたでしょ』と少し遠慮がちに言って甘いものを差し入れてくれたり、淹れたてのコーヒーを差し出してくれた。




休息時に、『エタクロ』で一緒に夢中になって遊んだりした。





そうだ。





物理学者としても優秀で、誰よりも献身的な彼が、いつも隣にいた。





その優しさが、目の前の男の行動だったのかとレナの心臓が激しく脈打った。








「僕は、あなたに好意を伝える勇気がなかった。あなたが彼氏のことで苦しんでいるのを知りながら、踏み出せなかった」





クライヴは、レナの手を自らの頬に寄せた。





「そして、あの事故の日。あなたが満身創痍の中、実験を強行した時、僕はあなたを助けようと、咄嗟に爆発の渦に飛び込みました。しかし、あなたを救えなかった」






「……佐伯君」





レナの声は震えていた。






「あなたを救えなかった弱さと後悔を抱えたまま、この世界に転生しました。だから、この世界であなたを見つけた時、もう迷いはありませんでした」





彼は、その場に膝をつき、レナの手に額を押し付けた。





「レナ様……あなたがこの世界に来て変わったことも、あなたが利用価値だけで人を見るようになったことも知っています。だから、道具で構わない。騎士の義務だと決めつけてくれても構わない。前世、あなたを救えなかった弱さを持つ僕の愛は、この世界で二度目の運命を与えられた、あなたの命を護るための絶対的な誓いです」





レナの脳内で、世界の法則が音を立てて崩れ始めた。




(男は信用できない。愛は裏切る……いいえ。この人は、裏切らなかった?私の孤独と努力を知り、私を命懸けで救おうとした?……)






彼女の絶対的な法則だった壁が、一人の男の献身的な愛によって、今、音を立てて崩れ始めていた。






「…道具なんかじゃない」





レナの体が震えながらも、クライヴの顔を両手で持ち上げ、強く言った。





彼女の冷酷な心は、亮の真実という、計算外の熱を帯びていた。





「あなたを道具として利用するなんて、できるわけない。あなたは、私の命の恩人であり、私の唯一の協力者よ。……そして、私の法則外の真実よ」





レナは、彼の告白を、自身の法則を揺るがす「計算外の変数」として、冷静に受け止めていた。






「私を裏切らない?」






「永遠に裏切りません。僕の存在の法則は、レナ様の演算が続く限り、その忠誠も続くと定義されています」






レナは、この言葉に反証する余地がない、絶対的な真理であることを瞬時に理解した。




彼女はクライヴの腕を借りて立ち上がった。




瞳から一瞬だけ熱が引き、再び冷徹な分析眼が宿る。







その時、クライヴがレナの目を真っ直ぐに見つめ、決意を込めた声で、今世で初めて口にした。







「……ありがとう、飛鳥先輩」







レナの体が戦慄した。







それは、もう誰も呼ぶことのない、前世の魂の名。






その一言が、二人の間にあった全ての壁を打ち砕き、魂の繋がりを確固たるものにした。







レナは佐伯 亮の瞳を見つめ返した。






「ええ…佐伯君。あなたは、私の唯一の観測対象よ。その法則(忠誠)の真実を、私が最後まで、この身をもって検証してあげるわ」




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