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第4章 【熱力学第二法則チート】「非効率ね!」追放令嬢、魔物の大群を分子運動ゼロで粉砕する


レナが領主館の食堂で昼食をとっているときも、クライヴは常にレナの背後に立っていた。




柔らかな茶色のフワフワした髪が、背後の窓からの光を受けてわずかに揺れる。



彼は任務に忠実で、食事の間も微動だにしない。






レナはフォークを止めた。





「クライヴ」





「はい、レナ様」





「座りなさい。そして、食事をしなさい」





レナは、テーブルの向かい側を指し示した。





「私はあなたの監視を必要としない。護衛の職務は、私が食中毒で倒れてからでも遅くはないわ。効率を考えなさい」





クライヴのヘーゼルナッツ色の瞳に、一瞬だけ驚きの色が浮かんだ。




しかし、彼はすぐに騎士の仮面を取り戻す。





「恐れ入ります。ですが、職務ですので」





「命令よ」





レナは有無を言わせない口調で言い切った。








クライヴは静かに椅子を引き、レナの向かいに座った。





彼は与えられた簡素なパンとシチューを、行儀よく口に運ぶ。




その姿は、まるで躾けの良い子犬のようだった。





(この男は、ただ任務に忠実すぎるだけ……)





レナは、クライヴの瞳の奥に、単なる忠誠心とは違う、個人的な情の揺らぎを読み取った。




それは、彼女の法則では説明も計算もできない「ノイズ」であり、自分に向けられたものだと認めたくなかった。







レナは、クライヴに目を向けずに食事を続けたが、内心では動揺していた。








クライヴは静かにレナを見つめていた。





彼の表情は穏やかで、レナの冷たい言葉を一切気にしていないようだった。





(僕は知っている。誰よりもあなたが優しい人だということを。だから、僕の献身が報われなくても、あなたが無事でいるだけでいい)











その夜。





レナは、領主館の図書室で、夜を徹して理論構築に取り組んでいた。









その瞬間、ゴオオオオオ!!という無数の咆哮が領地全体を震わせた。







「レナ様!」






クライヴが光速で駆けつけ、レナを抱え上げた。






「地下室へ!この辺境のマナの淀みに引き寄せられた魔物の大群です!数が多すぎる!」






領主館の巨大な窓の外には、暗闇を埋め尽くすほどの魔物の影が押し寄せていた。






黒い毛皮と角を持つグリム・オーガ、飛び交うシャドー・ハーピー、そして地を這うブラッド・ウルフの群れ。




彼らは、領地全体に広がるレナのマナの波動を、「侵略すべきエネルギー源」と認識したのだ。







レナはクライヴの腕の中で冷徹に言った。






「無駄よ。地下室など、時間の無駄。私は逃げない」






クライヴはレナを下ろすと、即座に聖剣を抜き放った。







剣から放たれた神聖な光が、館の周囲を一瞬で照らし出す。







「お言葉ですが、レナ様。ここは僕の領域です!避難してください!」








「聖剣技:光芒一閃(こうぼういっせん)!!」






クライヴは、外に飛び出すと、館に最も近づいていた五体のグリム・オーガを一瞬で通過した。





彼の剣は、残像しか残さず、通過した直後、五体のオーガの身体が十字に斬り裂かれ、光の粒子となって消滅した。




しかし、クライヴの華麗な一撃は、大群の先端を削ったに過ぎなかった。








彼の背後から、レナの声が響く。






「非効率ね!」






レナは、地面に手をかざし、マナ障壁:絶対防御(アブソルートシールド)の演算を一瞬で完了させた。




魔物の群れの正面に、透明な物理障壁が出現し、数十体の魔物が衝突して弾き飛ばされる。






「私の力を利用した障壁を無駄にしないで。私は、この大群を相手に長期戦をするつもりはないわ!」





レナも戦闘に参加したことで、クライヴは一瞬笑みを浮かべた。





「承知いたしました! 聖剣技:神聖結界(ディバイン・バリア)!」 クライヴは聖剣を地面に突き立て、館の周囲に光のドームを形成し、レナの障壁を二重に補強する。







そして、彼はそのまま群れの中に飛び込んだ。




その柔和な美貌とは裏腹に、戦闘態勢に入ったクライヴは冷酷なまでに合理的だった。




彼は魔物の密度が最も高い地点を正確に把握し、その中心へと突き進む。







「聖剣技:白銀疾風(はくぎんしっぷう)!!」






連撃が繰り出されるたびに、魔物の装甲はバターのように切り裂かれ、光の粒子となって消滅する。




クライヴの動きは、視線が追いつかないほどの速度でありながら、一分の無駄もない優雅な舞踏のようだった。





彼は聖剣を逆手に持ち替え、空中からのハーピーの奇襲を迎え撃つ。







「聖剣技:天頂裁き(てんちょうさばき)!」





垂直に振り上げられた聖剣の切先から、純粋な光の刃が放たれ、頭上のシャドー・ハーピー数十体を一網打尽にした。






しかし、クライヴが空中に意識を割いた隙に、地上のブラッド・ウルフの群れが結界の切れ目へと殺到する。






「させるか!」






クライヴは着地と同時に全身に魔力を凝縮させる。






彼のヘーゼルナッツ色の瞳が、一瞬、黄金色に輝いた。







「聖剣技・奥義:絶対防壁(イージス・ウォール)!」






彼は聖剣を水平に一閃し、魔物の群れが突入しようとしていた一点に、強固な光の壁を作り出した。





壁に激突したブラッド・ウルフは、牙を砕き、骨を折り、一斉に後退する。





だが、魔物の数は、クライヴが切り裂く速度を遥かに超えていた。





一歩下がるたびに、新たな魔物がその穴を埋める。








クライヴは、すでに自身の魔力の大半を、レナを護る結界の維持と、途切れない戦闘に費やしていた。







「レナ様!これではキリがありません!この領地のマナ濃度が高すぎます!根源を絶たなければ!」







クライヴは、背中で状況を伝えながら、魔物の返り血を浴びていく。



彼の息は上がり、柔和な表情は苦痛に歪んでいた。



彼は限界を超えて戦っていた。







レナは、その状況を冷静に分析した。





(確かに。このままでは、クライヴの魔力と生命が枯渇する。私の理論による根本的な事象の再定義が必要ね)






レナは、クライヴの制止の声を無視し、館の最上階の屋根へと跳び上がった。








彼女は夜空の下、マナの光を浴びながら、両手を広げた。








その指先から、緑と青の光が螺旋状に領地全体へと広がっていく。








「熱力学第二法則と量子論の応用。全分子の運動を停止させる、マナ・フィールドの強制展開!」







レナの頭の中で、膨大な知識が融合し、純粋な破壊を目的とした究極の演算が完成する。




レナは、冷徹な女王の顔で宣言した。







「――事象の再定義。絶対律、再構築(リコンストラクション)







屋根から放たれた眩い光は、領地全体を一瞬で飲み込んだ。







魔物の大群は、突進する最中、一瞬にして動きを停止した。






彼らを構成するすべての分子の運動が、レナのマナを媒介とした力の行使によってゼロに設定されたのだ。





巨大な魔物、空を飛ぶ魔物、地を這う魔物、そのすべてが、抵抗する間もなく、動きを止めたまま、粉々に砕け散り、砂とマナの粒子となって完全に消滅した。








一瞬の静寂。







クライヴは、聖剣を構えたまま立ち尽くしていた。






彼が理解できたのは、レナの力が、自分の知る世界の物理法則を完全に超越しているという、恐ろしい事実だけだった。







「……貴方の護衛は不要よ。もう、この領地では」






レナは、屋根の上から、クライヴに冷たく言い放った。






「この魔物は、私が作り出したエネルギーの歪みに反応して生まれたもの。そして、私が演算によって全滅させた。貴方が命を懸ける必要は、最初からなかったわ。王都へ帰りなさい、クライヴ。あなたの職務は終わった」






(この辺境の地が魔物の大群に襲撃されるこの展開は、私が記憶する『エタクロ』のストーリー通りだわ。法則(プロローグ)に組み込まれた事象。クライヴがここで命懸けの献身を見せるのも、彼に設定されたロジックなだけ)






レナは、何事もなかったかのように静まり返った庭園を見下ろし、科学者としての傲慢な笑みを浮かべた。







(熱力学第二法則の絶対的破壊。私は、この世界の法則を破壊する。これで、この領地では誰も私の演算に逆らえない。私がこの世界の絶対法則だわ)









クライヴは、聖剣を鞘に納め、魔物たちが消滅した後の、砂と化して静まり返った大地を一瞥すると、すぐにレナの後を追った。




その足取りには、迷いは一切なかった。





クライヴの瞳に宿るのは、圧倒的な力への畏敬と、止められない一途な愛の決意だった。





(……あなたは、この世界で最も恐ろしい力を手に入れた。しかし、私には分かる。あなたは、この世界を破壊するために来たのではない。僕が、あなたを護り抜く。今度こそ、何が起きても、あなたのすべてを支え、運命を共にします)




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