第15章 【法則の破綻】愛を誓った騎士の投獄と、世界を歪ませる『絶対的な嫉妬』の正体
クライヴからの愛の法則を解読し、レナが自身の法則(愛の返歌)を送り届けてから、さらに一週間が経過した。
その間に、レナの心に彼の忠誠に対する絶対的な確信が静かに定着していた。
すると、レナの元に王都からの急報が届く。
使者からの伝言は、レナの冷徹な理性を最も揺さぶるものだった。
「レナ様。クライヴ・イグニス騎士団長は、アイリス・ルクスブルク様を襲った罪により、地下牢へ幽閉されました。騎士団長位も剥奪されたとのことです」
レナは一瞬、息を止める。
その情報が、彼女の脳内のすべての計算を停止させた。
(クライヴが、アイリスを襲った?)
クライヴの法則(愛)は、王子の権威という外部要因には屈しないと証明されたばかりだ。
だが、この「アイリスを襲った」という情報は、クライヴの愛の法則と騎士の規律という二つの絶対的な要素を、真正面から矛盾させていた。
「嘘だわ!」
レナは感情を露わにして、情報を持ってきた使者を睨みつけた。
「アイリス・ルクスブルク」という名を聞いた瞬間、レナの脳裏には、自分が仕掛けられ、王子からの婚約破棄と辺境追放の原因となった、アイリスの嘘と悪意が蘇った。
彼女の直感は、今回もアイリスの仕業だと叫んでいた。
さらに、騎士団長位の剥奪と地下牢への幽閉という事実は、レナが持つ王都の法則の知識と完全に一致する。
レナの心臓は、初めて経験する喪失の危機と、裏切りの可能性という、最悪の計算結果に苛まれていた。
その夜、レナは動揺を隠せないまま、ゼフィールとの一時間のために研究室に座っていた。
闇が揺らぎ、ゼフィールが姿を現すと、すぐにレナの心の歪みを感知した。
「孤独な女王よ。顔色が悪い。あの愛犬が、君の愛の法則を裏切ったか?」
ゼフィールは皮肉な笑みを浮かべた。
レナは即座に否定した。
「私の法則は、外部要因で揺るがないわ。ただ、あなたの言う『感情、記憶、呪い』といった、法則外の要素が、この世界に生み出した歪みについて、解析が必要になっただけよ」
レナは、クライヴの潔白を証明するために、この世界の真理を知る必要があった。
「教えて、ゼフィール。前世、今世、転生。なぜ、私と佐伯君は、この世界に存在するの?これは、ただの運命ではない。法則があるはずよ」
ゼフィールはレナの探求心に満足したように頷いた。
「いいだろう。君の探求の対価として、真理の根源を教えてあげよう」
ゼフィールは、空間の闇を操り、レナの問いの対象を指し示した。
「君たちが言う『転生』は、この世界にとっては、過去の法則の侵入だ。君たちの前世の記憶と感情は、この世界の物理法則を無視した、強すぎるマナの歪みとして具現化する」
彼は、三つの光の点を浮かべた。
「君の『絶対的な知性』は、物理法則を書き換える。あの犬の『絶対的な献身』は、この世界の聖剣という武力を具現化した。そして、あの女の『絶対的な嫉妬』は、世界のルールを破壊する呪いを具現化した」
ゼフィールは、三つの光の点のうち、最も不吉な色を放つ一点に視線を固定した。
「あの女は、君たちと同じく過去の法則を持ち込んでいる。アイリスだ。そして、君の前世の記憶が示す、嫉妬という呪いの根源の名前を思い出せ」
レナは、前世での思い出したくない記憶。
武史からの裏切り、飛鳥への侮辱……そこには、藤井愛理がいつもいた。
「藤井愛理……愛理……アイリ……アイリス!?まさか?」
レナの脳内で、「愛理」と「アイリス」という音が、凄まじい熱量で結びついた。
(嘘でしょ……アイリスが、藤井愛理!? 私を裏切り、孤独に突き落としたあの女が、今世ではクライヴを奪い、世界まで崩壊させようとしている!? 私の法則を、二度にわたってねじ曲げようとする悪意! )
レナの心臓は、裏切りの憎悪と、世界が仕組んだ法則の残酷さという、二つの衝撃に打ちのめされた。
「この三つの法則が衝突し、世界の法則が根本からねじ曲げられているのが、今のこの世界だ」
ゼフィールはレナに近づき、魅惑的な声で囁いた。
「この歪みは、いつかこの世界を完全に崩壊させる。この法則外の崩壊を止め、君の愛の法則を守る唯一の方法は、君の演算でこの歪みを制御することだ。
私に協力すれば、君は世界の真理の制御者になれる。どうだ、孤独な女王よ? 藤井愛理という裏切り者の呪いから、君の愛の法則の真実を証明するために、私を利用しないか?」
レナは、クライヴの忠誠の法則の真偽という計算と、ゼフィールの世界の真理という誘惑の計算に挟まれ、激しく揺れ動いた。




