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無関心の代償Ⅱ 沈黙の果て  作者: 博 士朗
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無関心の代償Ⅱ 沈黙の果て【前編】

 本作『無関心の代償Ⅱ 沈黙の果て』は、現代社会を覆う「無関心」と「沈黙」をテーマにした社会派サスペンスです。

 これまで、ジャーナリスト浅倉光司は、削除や検閲にさらされながらも真実を追い続け、ついに告発の扉を開きました。しかし、暴露が社会に届いたあとに待っていたのは、人々の覚醒ではなく、再び広がる沈黙と冷笑でした。

 第7章からは、その「告発後の社会」が本格的に描かれていきます。

 沈黙を選ぶ群衆、責任を押し付け合う権力者、そして水面下で暗躍する「設計者」の影。光司たちは孤立を深めながらも、なお声を上げる道を模索していきます。

 ここから読まれる方も、ひとつの新しい物語としてお楽しみいただける内容になっています。

 社会が直面する「無関心の代償」を、ぜひご一緒に見届けてください。

無関心の代償Ⅱ 沈黙の果て

プロローグ 沈黙の幕開け

 告発の夜から、まだ幾日も経っていない。

 街は表向きの平穏を取り戻したように見えた。人々は通勤電車に揺られ、ニュースは娯楽と経済に話題を移し、まるであの暴露など初めから存在しなかったかのように。

 だが、浅倉光司にはわかっていた。

 真実を示しただけでは、社会は動かない。むしろ人々は「沈黙」を選び、その沈黙が壁となって立ちふさがる。

 テレビでは政治家が互いに責任を押しつけ合い、企業の広報は「事実無根」と繰り返す。街角では嘲笑と疲れた溜め息が交錯し、告発は届いたはずなのに、空気は再び重く冷えていった。

 光司は窓辺に立ち、暗い街を見下ろした。ネオンは鮮やかに輝いているが、その下に潜むのは声を押し殺す群衆の影。

 彼は自分に言い聞かせる。――これからの敵は、もはや個人や組織ではない。「沈黙」そのものなのだと。

 その時、机に置かれたスマホが震えた。

 画面に浮かんだのは、差出人不明の一文。

 ――お前の次の一歩を待っている。

 光司はその文字を見つめ、息をのんだ。

 告発は終わりではなく始まりにすぎない。ここから先に広がるのは「沈黙の代償」――その重さを、彼はこれから直視しなければならない。

 そして、新たな章が幕を開けた。


第七章 責任なき権力

第一節 すり替えられる責任

 暴露から三日後、国会は異様な熱気に包まれていた。

 議員たちは一斉にマイクを奪い合い、テレビ中継の前で声を張り上げていた。だが、その内容は「真実の追及」ではなく「責任の押し付け合い」に終始していた。

 「これは政府を揺るがすデマだ!」

 「一部の企業が勝手に暴走しただけだ!」

 「責任は現場の官僚にある!」

 誰も、自分が関与していた可能性には触れなかった。

 ニュース番組では連日「真偽不明の文書」と報じられ、報道番組のコメンテーターは「ネットの過熱を冷静に見るべき」と繰り返した。だが同じ口で「今後の混乱は市民の行動に責任がある」と語り、矛先を国民にすり替えようとしていた。

 浅倉光司は、その映像を睨みつけながら呟いた。

 「結局、誰も責任を取らない。犠牲は市民に押し付けられるだけだ」

 その夜、仲間の一人が涙声で会議に現れた。

 「私の弟が……亡くなりました。感染でした。でも、病院は持病の悪化としか書きませんでした」

 画面越しに重苦しい沈黙が落ちた。

 国家も企業も病院も、誰も責任を負わない。

 死者の数だけ、責任は霧散していく。

 「これが責任なき権力の姿か」

 光司は拳を握り、決意を新たにした。

 真実を暴く戦いは、まだ始まったばかりだった。


第二節 利用される悲劇

 翌週、都心で大規模な追悼式が行われた。

 原因不明の熱病で亡くなった人々を悼むためだと報じられ、政府高官や企業幹部が並んで花を捧げる姿がテレビに映し出された。

 だが、浅倉光司の目には、その映像は冷たい演出にしか見えなかった。

 司会を務めた政治家は壇上で声を張り上げた。

 「犠牲となった方々の魂を無駄にはしない! 我々は一致団結し、この国を守る!」

 その言葉に群衆は拍手を送った。だが、演説の直後に提示されたのは「国家非常権限法案」という新たな法律だった。

 ――SNSでの情報発信を厳格に制限する。

 ――医療データは政府直轄のサーバーで一括管理する。

 ――感染症対策の名のもとに集会やデモを制限する。

 「犠牲を利用して……支配を強めるつもりか」

 光司はテレビ画面を睨み、低く唸った。

 一方で大手メディアは、犠牲者の家族の涙を繰り返し映し出し、「混乱を拡散したネットのデマが人々を不安に陥れた」と結論づけた。真実を暴こうとした浅倉たちの存在は、逆に「混乱の原因」として描かれていった。

 仲間の一人が会議で拳を叩きつけた。

 「死んだ人まで利用するなんて……!」

 光司は深く息を吐き、言葉を選んだ。

 「彼らはいつもそうだ。悲劇を利用し、責任を覆い隠す。そして国民を従わせる。だが、それは同時に――本当の敵が誰かを浮き彫りにしている」

 その言葉に、画面越しの仲間たちは沈黙の中でうなずいた。

 悲劇は本来、人々をつなぐはずのものだった。

 しかし権力の手にかかれば、それは統治の道具へと変わってしまう。


第三節 声なき抗議

 新法案の施行から数日、街の雰囲気は一変した。

 SNSには検閲が入り、特定の言葉は自動的に削除されるようになった。

 「エボラ」「設計者」「議事録」――それらを打ち込んでも投稿は弾かれ、アカウントは凍結された。

 テレビでは「安心のための規制」と説明され、人々の多くは受け入れた。

 だが、完全に沈黙したわけではなかった。

 深夜の地下鉄構内に貼られたチラシ。

 〈無関心が命を奪う〉

 〈設計者は誰か〉

 黒いマーカーで書かれたその文字は、翌朝には撤去されていたが、確かに誰かの手で貼られていた。

 街角のカフェでは、若者たちが小声で話し合っていた。

 「この前のファイル、消されたけど俺は保存してる」

 「俺も。外に出す方法を考えないと」

 ネット上でも、隠語や暗号が広がり始めていた。

 〈Ω計画〉〈黒い設計図〉――直接的な言葉は封じられても、別の表現で真実を共有しようとする動きが生まれていた。

 浅倉光司はそれらを見つめ、胸の奥で熱いものを感じていた。

 「……抗議は消されても、声は消せない」

 仲間たちとの会議でも、その手応えが語られた。

 「表に出せなくても、確実に人々は気づき始めています」

 「静かな抗議が広がっている。火種は残っている」

 光司は頷き、画面越しに皆を見渡した。

 「声なき抗議は、やがて大きな叫びに変わる。俺たちは、その橋渡しをしなければならない」

 窓の外には静かな夜が広がっていた。

 だがその静けさの奥で、確かに何かが芽吹いていた。


第八章 見えない設計者

第一節 久我の影

 ある夜、村瀬拓也の解析画面に、奇妙な名前のログが浮かび上がった。

 KUGA-01。

 過去に発見された「KU…GA」の断片と完全に一致する文字列だった。

 「これ……やっぱり人名のコードネームじゃないですか?」

 拓也は息を呑んで浅倉光司に画面を見せた。

 光司はその名に心当たりがあった。新聞社に勤めていた頃、裏で政財界を操っていると噂された人物。表舞台に立つことはほとんどなく、いつも代理人を介して動くため「影の仕掛け人」と呼ばれていた。――久我悠臣。

 「……やはり、奴か」

 光司は呟いた。

 さらにログを追うと、久我の関与を裏付ける会議の録音ファイルが見つかった。音声は不鮮明で、機械的なノイズが混じっていたが、確かに男の声が響いていた。

 〈恐怖は資源だ。消費を誘導し、社会を動かす燃料になる〉

 〈責任は誰にも帰属させない。我々は設計図を提供するだけだ〉

 仲間たちは凍りついた。

 「……これが設計者の声?」

 「正体を掴んだのは初めてだ」

 光司は録音を何度も繰り返し再生し、胸に刻み込んだ。

 「奴は本当に存在する。そして、ただの噂じゃない。これは実在の設計者だ」

 窓の外、都会の夜景は光に包まれていた。

 だがその輝きの裏で、見えない影が確かに人々を操っていた。


第二節 設計者の会議

 厚いカーテンで覆われた高層ビルの一室。窓の外には東京の夜景が広がっていたが、その光は遮断され、部屋の中は深い影に包まれていた。

 長い楕円形のテーブルを囲む数人の男たち。スーツの胸ポケットには社章や議員バッジが光り、その中心に座る男の影が一際濃かった。久我悠臣である。

 「情報は拡散された。しかし、世論は二分されたままだ」

 低い声が響く。

 別の男が笑みを浮かべた。

 「心配することはない。分断こそが目的だ。人々は互いを疑い、声を合わせられない。恐怖は続く」

 防衛関連企業の幹部が資料をテーブルに置いた。

 「次の段階に移りましょう。ワクチン需要の喚起です。供給ルートは既に整えました。混乱が長引くほど、利益は拡大します」

 久我は静かに頷いた。

 「重要なのは責任を誰にも帰属させないことだ。我々は計画を描き、状況を整えるだけ。実行は社会そのものに任せればいい」

 議員の一人が問いかけた。

 「では、浅倉光司の動きはどうする? 奴はまだ声を上げ続けている」

 久我は薄く笑った。

 「声など消そうとするから強まるのだ。放置しろ。ただし、狂気の象徴として監視し続けろ。社会が奴を自動的に排除する」

 沈黙が落ち、やがて全員が小さくうなずいた。

 部屋を出たとき、夜景はまだ輝いていた。だがその光を操っていたのは、見えない設計者たちだった。


第三節 揺らぐ仲間

 オンライン会議の画面に並ぶ顔は、いつになく重苦しかった。

 暴露以降、仲間たちは次々と社会的な代償を払っていた。村瀬拓也は大学から正式に停学処分を受け、看護師の女性は病院を追われ、地方の市民グループは警察から繰り返し事情聴取を受けていた。

 「もう限界だ……家族にまで影響が出てる」

 中年の男性が声を震わせて言った。

 「俺は最初、勇気を出したつもりだった。でも、これ以上は……」

 別の女性も口を開いた。

 「街では浅倉の支持者=危険人物って噂が広がってます。子どもまで学校でからかわれて……」

 沈黙が流れた。誰も責められない。全員が恐怖と疲労に苛まれていた。

 そんな中、拓也が小さくつぶやいた。

 「もしかして……久我はそれを狙っているのかもしれません。分断して、僕らを自滅させるために」

 浅倉光司は画面をじっと見つめ、ゆっくりと口を開いた。

 「そうだ。奴らの狙いは、俺たちが互いに疑い、崩れることだ。……でも、俺はここで止まるつもりはない」

 「光司さん……」

 「怖いのは分かる。俺だって怖い。けど、声を上げるのをやめたら、それこそ設計者の勝ちになる」

 会議の空気は揺れていた。残るか去るか、全員の胸に葛藤が渦巻いていた。

 その時、看護師の女性が強い口調で言った。

 「私は残ります。患者が苦しんでいるのに、黙っていられない」

 彼女の言葉に、少しずつ他の仲間も頷いた。

 結束は揺らいでいた。だが、その揺らぎの中でなお、消えない炎があった。

 ――たとえ少数になっても、真実を追う戦いは続く。


第九章 記録の証言Ⅱ

第一節 新たな記録

 ある夜、村瀬拓也のパソコンに不意に届いた匿名ファイルが、彼らの運命を再び大きく揺さぶった。

 送り主は不明。ただ一言、メッセージが添えられていた。

 ――まだ隠されている。これを公開せよ。

 ファイルを開くと、そこには政府内部の会議録と思しき映像データが収められていた。

 会議室の片隅に固定されたカメラが、無造作に人々のやり取りを記録している。顔は鮮明に映らないが、声ははっきりと聞き取れた。

 〈今回の感染拡大は想定内だ。重要なのは、いかに統治に利用するかだ〉

 〈国民は不安に弱い。恐怖を煽れば支持率は上がる〉

 〈責任は現場に落とせ。設計者の名は決して表に出すな〉

 沈黙する仲間たちの顔が、画面越しに硬直していく。

 「……これで、もう陰謀論なんて言わせない」

 浅倉光司は低く呟いた。

 さらに映像の最後に、ひとりの男の姿が映った。顔は逆光で判別できない。だが、発言の中に名前が呼ばれた。

 ――「久我さん、それでよろしいでしょうか?」

 会議室の奥に座る影が、ゆっくりと頷いた。

 仲間の一人が息を呑んだ。

 「……これで、設計者の存在が確定した」

 光司は深く頷き、記録をUSBにコピーした。

 「この新たな証言こそが、次の戦いの武器になる」

 窓の外、夜の街に広がるネオンが、不気味なほど静かに瞬いていた。

 ――真実は、さらに深い場所から顔を覗かせ始めていた。


第二節 再びの封殺

 新たな記録映像を手に入れた翌晩、浅倉光司たちは再びオンライン会議を開いた。

 「これを世に出せば、もう後戻りはできない」

 光司の言葉に、画面の向こうで全員が頷いた。

 村瀬拓也は暗号化サーバーをいくつも経由し、映像を海外メディアと独立系ジャーナリストへ同時配信する準備を進めた。

 カウントダウンのように進むアップロード画面。

 「……よし、あと5%」

 だがその瞬間、拓也の部屋の照明が一斉に落ちた。停電。暗闇の中でモニターだけが不気味に赤い警告を示した。

 〈NETWORK BLOCKED〉

 〈ACCESS DENIED〉

 「やられた……! 回線ごと遮断された!」

 拓也の叫びが響いた。

 同時に、他の仲間からも報告が入った。

 「パソコンが強制的に再起動された!」

 「スマホが勝手に初期化された!」

 まるで誰かが一斉にスイッチを押したかのように、仲間たちの通信が寸断されていった。

 さらに翌朝、大手新聞の一面には「偽映像拡散を狙ったネット工作」と題した記事が躍っていた。まだ公開されていないはずの映像が「捏造」と断定され、浅倉の名とともに「危険思想の象徴」として描かれていた。

 「……どうして、まだ出していない映像の存在を知っている?」

 光司の問いに、会議は凍りついた。

 仲間の中に裏切り者がいる――誰もがその可能性を意識せざるを得なかった。

 光司は深く息を吸い、震える声で言った。

 「封じられたってことは、やはり本物だ。だが、奴らは俺たちの内側まで見ている」

 窓の外、夜の街は何事もないかのように輝いていた。

 しかしその輝きの裏で、真実は再び闇に封じ込められようとしていた。


第三節 裏切りの影

 会議が始まってすぐ、浅倉光司は仲間の表情をじっと観察していた。

 前夜の「未公開映像が偽情報と報じられた」件――内部からの漏洩を疑わざるを得なかった。

 拓也が震える声で言った。

 「僕のパソコンには二重の暗号をかけていました。外部から割られる可能性は低い。……ということは」

 言葉の続きを口にできず、沈黙が落ちた。

 その沈黙を破ったのは、市民グループの代表を名乗っていた男だった。

 「おい、まさか俺たちを疑ってるのか? ふざけるなよ!」

 彼の声は必要以上に大きく、顔は紅潮していた。

 光司は視線を外さず、静かに言った。

 「疑っているんじゃない。確認したいだけだ。昨日の段階で映像ファイルを開けたのは、ここにいる五人だけだ」

 すると拓也がログを画面に映した。

 「アクセス履歴を追いました。確かに……一人だけ、公開準備前に別サーバーへコピーしている」

 表示されたアドレスに、全員が息を呑んだ。

 そして視線が一斉に、先ほど声を荒げた男へと向けられた。

 「な、なんで俺が……! そんなはずは……」

 彼は必死に否定したが、その声は震えていた。

 光司はゆっくりと告げた。

 「裏切りは、恐怖から生まれる。だが恐怖に屈した時点で、奴らの思惑通りだ」

 男は画面の向こうで頭を抱え、接続を切った。

 重苦しい沈黙の後、看護師の女性が小さく呟いた。

 「……やっぱり、敵は外だけじゃないのね」

 光司は深く頷いた。

 「これで分かっただろう。奴らはすでに俺たちの内側に手を伸ばしている。だが、それでも俺たちは進む」

 仲間の数は減った。

 しかし残った者たちの決意は、以前よりも固く結び直されていた。


第十章 沈黙の報復

第一節 狙われる日常

 その日、浅倉光司は外出先から帰宅すると、玄関の鍵が微かに動かされた形跡に気づいた。

 靴の位置も、部屋に置いた資料の一部も、出かける前とわずかに違っている。侵入の痕跡は完璧に隠されていたが、鋭い勘が告げていた――誰かが入った。

 机の上には、一枚の紙が置かれていた。

 〈やめろ。次は家族だ〉

 署名も印もない、ただ冷たい活字だけのメッセージ。

 光司は唇を噛みしめ、震える拳を握った。

 「……ここまで来たか」

 同じ頃、村瀬拓也のスマホには見知らぬ番号から何度も着信があった。出ると、機械音声が流れた。

 〈不正アクセスの件で君の処分は決定した。居場所を失う前に手を引け〉

 声色に人間味はなく、冷徹な圧力だけが滲んでいた。

 一方、看護師の女性は夜道で背後をつけられていた。振り返ると、黒いフードの人物が立っていたが、彼女が声を上げる前に群衆に紛れて消えていった。恐怖で震えながらも、彼女は浅倉にメッセージを送った。

 〈監視されてる。だけど、私はまだやめない〉

 オンライン会議で再び集まった仲間たちの顔には疲労と恐怖が刻まれていた。

 「……これは警告じゃない。完全に報復だ」

 光司の言葉に、誰も反論しなかった。

 沈黙を破ったのは拓也だった。

 「でも、ここで引いたら奴らの思うつぼです。俺たちが怖がって沈黙すること、それこそが奴らの勝利なんです」

 光司は仲間の顔を一人ひとり見渡し、深く頷いた。

 「狙われてもいい。俺たちは声を上げ続ける。……沈黙するのは、あいつらの方だ」

 その声は震えていたが、確かに力を宿していた。


第二節 報道の罠

 翌朝、主要テレビ局のニュース番組は異様な熱を帯びていた。

 キャスターが硬い表情で読み上げる。

 「新たに浮上した偽映像拡散事件について、警察当局は特定の活動グループが関与している可能性を視野に入れて捜査を進めています」

 画面に映し出されたのは、浅倉光司と仲間たちが集会に参加したときの写真だった。だが、映像は編集され、まるで「扇動者」として群衆を煽っているかのように見える構成にされていた。

 SNSでは瞬く間にハッシュタグが拡散した。

 〈#デマ拡散グループ〉

 〈#浅倉を止めろ〉

 〈#社会の敵〉

 「……これは完全に罠だ」

 光司は唇を噛み、画面から目を逸らした。

 会議で拓也が説明する。

 「映像の編集データを解析しました。オリジナルは僕らの配信記録から盗まれています。そこに虚偽のナレーションを重ね、まるで僕らが市民の混乱を仕組んだように仕立て上げているんです」

 看護師の女性は悔しさに声を震わせた。

 「私たちが患者のために命を賭けて動いてきたのに……今度は国民の敵にされるなんて」

 光司は深く息を吸い、静かに言った。

 「これは世論を完全に分断するための作戦だ。奴らはメディアを裁判所に仕立てている。判決は最初から決まっている――俺たちが悪だと」

 仲間の一人が弱音を吐いた。

 「もう持たないかもしれない……」

 だが拓也が強い声で遮った。

 「だからこそ、正しい映像を出すしかない! 編集される前の真実の記録を!」

 光司は目を閉じ、心の奥に再び決意を刻んだ。

 「罠を逆手に取るんだ。奴らが仕掛けたこの舞台を、真実の舞台に変える」

 その言葉に、画面越しの仲間たちは再び顔を上げた。


第三節 偽りの判決

 数日後、浅倉光司の名はついに「法廷」の場に持ち込まれた。

 ニュース速報が全国に流れた。

 ――「偽情報拡散の疑い、浅倉光司を含む数名を事情聴取へ」

 テレビは朝から晩まで「社会を混乱させた人物」として彼の経歴を洗いざらい取り上げた。

 過去の映像は切り貼りされ、熱く訴える姿は「扇動者」、仲間と会話する姿は「共謀者」として報じられた。

 やがて、簡易裁判所での「緊急審理」が決まった。

 だが、それは法の名を借りた茶番にすぎなかった。

 傍聴席には大手メディアの記者が並び、法廷内の空気は最初から決まっていた。

 検察官は声高に言い放った。

 「被告らは虚偽の映像を拡散し、国民に不安を煽った。これは明らかに公共の安全を脅かす行為であり、処罰は免れない!」

 判事は無表情のまま、形式的に問いかけた。

 「弁護側の主張は?」

 浅倉は立ち上がり、震える声で言った。

 「私たちが出そうとした映像は偽りではない。むしろ真実だ。あなた方が見たくない現実を記録したものだ!」

 傍聴席がざわめいた。

 だが判事は冷淡に槌を打ち鳴らした。

 「静粛に。証拠能力のない主張は認められない」

 その瞬間、光司は悟った。

 ――判決は最初から決まっている。

 外の街頭では、大型スクリーンに「浅倉=有罪」と刷り込むようなテロップが流れ、通りを行き交う人々はそれを当然のように受け止めていた。

 仲間の一人が法廷の片隅で呟いた。

 「これは裁きじゃない……見せしめだ」

 光司は深く目を閉じた。

 偽りの判決が下されようとしていた。

 だが同時に、彼の胸には決意が芽生えていた。

 ――真実を訴える場は、法廷ではなく、声を上げる人々の心の中にある。


第四節 救済の声

 簡易裁判所の外には、報道陣と野次馬がひしめいていた。

 「デマ拡散者を裁け!」

 「社会の敵に罰を!」

 怒号が飛び交い、浅倉光司たちは護送車に押し込まれるように連れ出された。

 その喧騒の中、かすかな声が聞こえた。

 「……浅倉さん、信じてます」

 振り返ると、群衆の端に若い女性が立っていた。両手で小さな紙を掲げている。

 〈無関心は命を奪う〉

 浅倉が配信で繰り返し訴えてきた言葉だった。

 警備員にすぐ取り押さえられ、紙は奪われた。だが、その瞬間をカメラがとらえていた。SNSに流れると、数分のうちに拡散が始まった。

 〈裁かれるのは浅倉ではなく、真実を隠す者たちだ〉

 〈彼は嘘をついていない。消されているのは真実の方だ〉

 街のざわめきがわずかに変わった。すぐに多数派にはならなくとも、その声は確かに人々の心に届き始めていた。

 護送車の中、浅倉はかすかな笑みを浮かべた。

 「……声は、まだ生きている」

 拓也が隣で拳を握りしめた。

 「そうです。俺たちが沈黙させられても、誰かが必ず声を上げてくれる」

 救済の声は小さい。だが、それは暗闇を裂く光のように確かに存在していた。


第五節 地下の連帯

 浅倉光司の裁判が茶番に終わった数日後、表の世界では「有罪同然」という空気が支配していた。

 だがその裏で、静かに異なる動きが芽生えていた。

 地方都市の小さなカフェ。

 閉店後の店内に十数人が集まっていた。教師、学生、元記者、退職した医師――肩書きも年齢もばらばらだ。

 彼らは声を潜め、スマホを机の上に裏返して並べた。盗聴を避けるためだ。

 「これが浅倉さんの配信の録画です」

 一人の青年がUSBを取り出し、古いノートパソコンに差し込んだ。画面には、かつて削除されたはずの動画が再生された。

 〈無関心は命を奪う〉

 力強いその言葉に、集まった人々の目が潤んだ。

 「やっぱり、彼は正しかったんだ」

 「大手メディアが何を言おうと、俺は信じる」

 こうした小さな集まりは全国に広がりつつあった。

 SNSが検閲されても、USBや紙のビラ、手書きのメモが人から人へ渡されていた。地下鉄の壁、駅前のベンチ、古書店の棚――ありふれた場所が密かな情報交換の場に変わっていった。

 やがて、その連帯は匿名の掲示板や暗号化アプリを通じて繋がり合い、ひとつのネットワークを形成した。人々はそれを「声の地下水脈」と呼んだ。

 浅倉自身は知らぬまま、その名と言葉は地下で生き続け、人々の心に静かに根を下ろしていた。

 ――沈黙の報復が強まるほどに、地下の連帯は力を増していった。


第六節 報復の刃

 地下で芽吹いた連帯の気配は、すぐに設計者たちの耳にも届いていた。

 久我悠臣は報告を受け、重々しく頷いた。

 「小さな火種ほど危険だ。消し忘れれば炎になる」

 その言葉を合図に、彼らは次の段階に移った。

 ある夜、地方都市のカフェに警察が踏み込んだ。

 理由は「感染症対策違反」。だが、実際には浅倉の映像を共有していた集会を狙い撃ちしたものだった。机に並べられたUSBはすべて押収され、参加者は拘束されていった。

 「どうして……ただ話をしていただけなのに!」

 女性教師が叫んだが、警官は無言で連行した。

 同じ頃、匿名掲示板では突然、大量の偽情報が流れ込んだ。

 〈浅倉は設計者と繋がっている〉

 〈内部告発は全部仕込みだ〉

 人々の信頼を内側から崩すための毒だった。

 さらに翌朝、ニュース速報が流れた。

 ――「地下で違法活動を続ける過激派グループ摘発」

 報じられた映像には、昨夜拘束された市民たちの顔がモザイク付きで映っていた。

 浅倉光司はそのニュースを見つめ、拳を握りしめた。

 「……奴らはついに刃を抜いた」

 オンライン会議に集まった仲間たちの表情は暗かった。

 「次は、私たちが狙われる番かもしれない」

 「もう安全圏なんてない」

 光司は静かに言った。

 「だからこそ、進むしかない。沈黙させられる前に、最後の声を広げるんだ」

 外の世界は冷たい静寂に包まれていた。

 だがその静けさは、次に振り下ろされる刃の前触れに過ぎなかった。


第七節 仲間の犠牲

 深夜、村瀬拓也の住むアパートに突如として轟音が響いた。

 「火事だ! 逃げろ!」

 住民たちが悲鳴を上げる中、炎は瞬く間に階段を舐め尽くした。出火原因は「配電盤の故障」と報じられたが、浅倉光司はすぐに察した。――これは事故ではない。

 翌朝、現場に駆けつけた光司の目に、燃え焦げたパソコンの残骸が映った。拓也が命懸けで集めてきた証拠の数々は灰になっていた。

 消防士が淡々と告げる。

 「住人一名、搬送されましたが……重体です」

 ストレッチャーに横たわる拓也の姿を見た瞬間、光司の胸に怒りと絶望が渦巻いた。

 「……拓也」

 病院に運ばれた彼は、酸素マスク越しにかろうじて声を絞り出した。

 「データは……別のサーバーに……残してある……だから……」

 それだけを言い残し、深い眠りに落ちていった。

 看護師の仲間は涙をこらえきれなかった。

 「こんなやり方、あまりにも卑劣すぎる……!」

 光司は拳を握り、低く呟いた。

 「奴らは証拠も仲間も、すべて消そうとしている。……でも、拓也は最後まで諦めなかった」

 その夜、光司は病室の窓辺に立ち、決意を新たにした。

 「犠牲は無駄にしない。必ず、真実を世に出す」

 病室の静寂の中で聞こえるのは、拓也のかすかな呼吸音だけだった。

 だがその音は、戦いを続けるべき理由を強く刻み込んでいた。


第八節 沈黙を破る者

 病室の薄暗い灯りの下で、浅倉光司は眠る村瀬拓也の手を握っていた。

 点滴の滴る音だけが静かに響く。

 「……お前が命をかけて守ったもの、俺が必ず繋ぐ」

 囁くように言葉を落とし、光司は立ち上がった。

 病院を出ると、夜の街は冷たく静まり返っていた。ネオンの光さえ、どこか不気味に見えた。

 だが光司の胸の内では、別の炎が燃え始めていた。

 帰宅するとすぐに机の引き出しを開けた。そこには、これまで秘かに保存してきたバックアップデータが眠っていた。拓也が最後に残した言葉――「別のサーバーに残してある」。そのデータと合わせれば、再び真実を外に放つことができる。

 オンライン会議に集まった仲間たちは、皆疲弊し、恐怖に縛られていた。

 「もう無理だ……また封殺されるだけだ」

 「次は、誰かが死ぬかもしれない」

 光司はゆっくりとカメラを見据えた。

 「俺たちはもう十分に狙われている。沈黙したところで、奴らは許さない。ならば、声を上げ続けるしかないだろう」

 沈黙が落ちた。

 しかし、その静けさの中で、一人、また一人と頷く者が現れた。

 看護師の女性が涙を拭いながら言った。

 「私はやります。患者のために声を上げ続ける。それが私の仕事だから」

 光司は深く息を吸い込み、言葉を放った。

 「ここで終わらせない。俺たちが沈黙を破る者になるんだ」

 その声は震えていなかった。

 恐怖を超え、決意だけが残っていた。

 窓の外では夜明けの気配が忍び寄っていた。

 新しい一日が始まろうとしていた――真実を取り戻す戦いの、最後の幕が。


 ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

 第7章から第10章では、告発の余波が広がる中で、社会がどのように「沈黙」を選び始めるのかを描きました。

 人々の無関心と圧力に抗う者たちの姿が、次第に重く、鋭く交錯していきます。

 次回更新では、第11章からラストまでを一気にお届けします。

 ぜひ最後まで見届けていただければ幸いです。

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