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ex5 番外編 相方を待つ

「わ、なんか死んでませんか〜〜〜〜!?」

「ちっ……。うるさい」

「えっへへ……冗談じゃないですかぁ」


 公衆浴場の裏手にある、小さな倉庫と物干し竿の広場。浴場で使われた湯浴み着や綿布の収納や洗濯をするための施設だ。


「なに? さっさと行ってきなさいよ」

 物干し場の日陰に大の字で寝転がっているロア。と、

「湯上がりに飲み物をいただきたいのでお金を……」

 いつもよりは軽装のクォン。


 ロアは小銭をいくらかクォンに投げた。


「あっ、ちょっ! 急に投げないでくださいよお!」

「ふん。それくらい受け取りなさい」


 ぶつぶつ言いながら小銭を拾い上げ、クォンは浴場へと向かった。


 ロアは公衆浴場に入る気はなかった。荷物を枕にして目を閉じる。

 物干し場の気化熱のせいか風を感じて心地良い。


 そのまましばらくうたた寝をする。


 さっき封印具に“アルゴンの直剣”だったボロの短剣を入れて、ひと仕事が終わったばかりだ。あとはグウェンに任せておけばうまくやってくれるだろう。

 しばらくは何も心配することはない。


 “アルゴンの直剣”はロアが求めていた魔法の剣ではなかったけれど。任務達成で路銀は補充できた。剣はまた探せばいい。


 考えるともなし考えているうちに意識が遠くなっていく。

 穏やかな風。遠くの日なたには陽炎が揺らいでいるのが見える。

 眠気と涼しさが混ざって静かに息をするのが心地よかった。


 どれくらい微睡んでいただろうか――。

「ん……風……?」

 そよ風に一瞬、気配が交じる。


 近い位置から、ざ、という足音も聞こえた。

 ロアは反射的に上体を起こす。誰かいる。こんなに近づかれるまで気づかなかった――。


「あ、ロア」

「……ちっ」


 物干し場の陰からマノリアが顔を出した。細い肢体と頑丈そうなブーツ。あれでどうやって足音を消しているのかわからない。


「あんただったのね」


 マノリアに敵意がないことはわかっている。だが一度は剣を交えた相手だ。祝福とは違うわけのわからない力を使うところも見たし――気配が妙なときがある。何か混ざっている、もしくは混ぜられているような。


 ある程度の警戒心は持っておくべきだというのがロアの結論だった。


「何してるの?」

「人待ちよ。ここが涼しいから」

「そっか」


 マノリアがここにいる理由は自分と同じだろうと推測する。相方の神官を待っている。獣人族は浴場に出入りすべきではない。


「本当だ。涼しい」

「……ふん」


 こいつがそばにいて、どうして私が緊張しなければならないのだ、とロアは微妙に苦く思った。

 バカバカしくなってもう一度寝転がる。大の字で。もし何かあったら反応が遅れるけれど構いやしない。今この瞬間、堂々としていることのほうが大事だ。


「お礼を言い忘れてた。ありがとう」

「は? 何のよ」

「戦ってるとき。手助けしてくれた」

「別にしてない」


 多分、片手のファルシオンをロアの意思で動かしたことを言っているのだろう。マノリアの剣の動きに合わせ、アルゴンの直剣を一度折った。


「体調も変わりない?」

「変わりないってば。何度も聞かないで」


 憑依した霊体が一瞬で怯んだ赤黒い斬撃も鮮明に記憶に残っている。あのときは斬られただけではなく、覗かれたような気がしたのだ。その力のほとんどは霊体に注がれたけれど。


 マノリアもだが、相方のあの暗い目の神官も狂っている。あんな力を利用して霊体を退けたなんて――。


「はぁ〜〜〜、いいお湯でした。ロアちゃーーん、どこーー」

「……」


 うるさいと悪態を突くのが面倒でそのまま大の字で寝転がっている。物陰とはいえ広い場所じゃないのだから、すぐに見つかるはず――。


「えっ、え!? ろ、ロアちゃん! 死……死んでます〜〜〜〜っ!!?」


「うるさ……、死んでないわよ」

「あ、生きて!? だって化け物に――、あ、いいえいいえいいえ! 無事なら大丈夫です!」


「はぁ……」

 寝転がるのはやめて立ち上がり、背の砂を払った。こいつマノリアに向かってはっきりと化け物と言ったなと思いながら。


「あ、ど、どーも……マノ……リアさん?」

 クォンがマノリアに一応挨拶を交わすが、ものすごく腰が引けている。宝物庫での戦闘でクォンには何かが視えたらしかった。

 グウェンは案外気にしていないようだったけれど。何にせよ、神官はどうせ変人ばかりだ。


「じゃあ帰るわよ」

「あ、は、ハーイ……」


「またね、マノリア」

「うん、また」

「あ、はは……。よろしくどうぞ……」


 ロアは踵を返してマノリアにきっぱりと背を向けて歩き出す。気配のせいで背中がムズムズするが耐えられないほどじゃない。今この瞬間堂々としているほうが大事だ。


「あの……ロアちゃん」

「何よ」

「尻尾めちゃくちゃゆらゆらしてますけど」

「ちっ」

「あ痛っーーーっ! なんで足踏んだ!?」


 白鼬(しろいたち)の氏族独特の丸耳と細く長い尻尾はそれなりに目立つ。


 そういえば、と思ってロアは一瞬だけマノリアを振り返った。

 やっぱり今日は妙に尻尾がふさふさしていた。じゃあ犬の氏族ではなく狼の氏族だなと考える。

 少なくとも獣人族同士の間では、氏族を間違えないほうがいい。次に相対するときまで覚えておかなければいけない。


 剣の柄を撫でる。

「……この剣で斬れると思う?」

「はぇ? なにがですか?」

「あんたに聞いた私がバカだったわ」

「急になんなんですかぁ! もおう! ロアちゃんの分まで果物牛乳買ってきたのにあげませんからね!」

「よこしなさい」


 クォンが手に持っている荷物を奪い取る。妙に軽い。

 ――中には下着が入っていた。

「あっ……でぃへへ。ロアちゃんのすけべ。牛乳はこっちですよぉ」

 懐から出された瓶を受け取ってから、ロアはクォンの頭を思いきり叩いた。

「引っ叩くわよ」

「いだっ、口より先に手が出てますーーっ!」

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