39 決戦
「マノリア様」
「……うん」
リベラが私の手の甲に口付ける。
祝福があふれる。
でも霊体と戦っているとわかる。私は今まで祝福を受け取っているだけだと思っていたけれど。
私は呪われている。強く。深く。それを見つけてしまう。
それでも私のやることは変わらない。リベラのいつもと変わらない表情。少し離れた場所にいる、グウェンの悲痛で複雑な表情。
「行ってらっしゃいませ」
「……うん」
「すべては無意味なことですから」
大丈夫。リベラは私の味方でいてくれる。リベラだけは無意味だと言ってくれる。それで十分だ。
霊体が混ざったロアが直剣を構えてこちらに向ける。右を突き出してくる。だから体は左に開いている。私はその逆の右に体を開いて出がかりを潰す。対人の剣術の基本だ。
大丈夫。冷静に対処すれば。
ロアの左手が引きずっている曲剣だけが気がかりだけれど、そう器用に動けるはずが――。
来た。
右の突き。
これをいなすのは難しくない。だけど警戒してしまう。さっきまでと違う、今は霊体=ロアは二刀だ。安全をとって短剣ではなく長剣で突きを弾く。
宝物庫の頼りない照明を反射して刃が翻る。ロアの曲剣が無理やりな軌道で迫ってくるが、大事ない、これを短剣でいなせば――。
短剣を突き出して数瞬。ロアと目が合った。その目が私を鋭く睨んで見下ろす。
「……、……!」
曲剣の薙ぎは騙しだった。
突き出した短剣をいなすように、もう一度直剣の突き。中途半端になった守りの隙に、脇腹を貫かれる。
「はぁ、ぅ……、ぐ……」
だけど相手の体勢も相応に崩れている。重い曲剣をフェイントに使ったんだ。
――ここで引くな。
刃を受けながらあえて前に踏み込んで長剣を振り抜いた。
私自身の目にもはっきりと見える。赤黒い呪いの一閃。重い音。どこから響いているのかわからない。
自分の脇腹を熱い鮮血が伝うのもわかる。
血に塗れて呪いを放つ。
これじゃ私はまるで――世界の敵だ。
「そこ――!」
でもリベラは無意味だって言ってくれた。それでいいんだ。
まだ体勢を立て直せないでいる霊体の、直剣自体に短剣を振った。絡め取って跳ね上げる。
――折る。
手首をひねらないと保持できないくらい傾いた白銀の直剣を呪いの長剣で貫いた。
キイィン、と甲高い音がして直剣が霊体の手から離れ、祝福を失って霧散した。
これをずっと狙ってた。相手の本体はあの白銀の直剣なのだから、こうして弾いてしまえば――もう剣はない。
あとは確実に追い詰めていけば。
そう思った瞬間に、霊体が首を動かす。そして――部屋の中ほどに控えていたグウェンを見た。
「……?」
何をする気なのかわからなくて一瞬遅れた。その間に霊体はグウェンに歩み寄り、空いた右手を彼女の体にめり込ませる。
「――――!」
「何して……っ」
ロアの声も聞こえた気がするけれど定かではない。霊体の剣士はグウェンの体から引き抜くように白銀の直剣を取り出し、憑依先のロアと同化する。
グウェンの背中が折れて崩れ落ちる。力を完全に奪われたのだろう。
「……狂ってる」
そして無意味だ。そうまでしなくていいのに。力を示す必要なんて無いのに。
私が抱える呪いが絶対に打ち倒さなくてはいけないものだから?
部屋の奥、リベラがいるところまで下がった。
「治癒、お願い」
「わかりました」
脇腹の傷を塞いでもらう。
「ごめんなさい。役に立てず」
「ううん。治癒してもらってるし……それだけじゃない」
脇腹が軋む。
無理やりな治癒で肉と皮膚が塞がっていく感覚。
「居てくれるだけでいい。見てて」
「……はい」
「ひとりでいいってずっと思ってたけど、そうじゃなかった」
深呼吸。歩いてリベラから離れて相手を見る。私はどうやら正しくはない。
右の白銀の直剣。引きずりながら合わせるロアの鉄の曲剣。
――来る。
両方を小細工せずにまっすぐに受ける。
直剣はシンプルに短剣でいなした。
薙ぐ曲剣が迫ってくる。これも深く考えない。だってこれはロアの攻撃であって、霊体の攻撃じゃない。
重い薙ぎの軌道を直剣で変えて――。
――ここだ。
両手の長剣と短剣を使われて、私の体勢は崩れている。そこにもう一度白銀の祝福の突きを入れようとしてくる。
でも――どうして避けなきゃいけない?
私のほうが強いのに。
だって当たり前。
神官二人から無理やり奪い取った祝福よりも、私がリベラから受け取った祝福のほうが強い。
私が呪われているからって負けるはずがない。
「……!」
突かれながら斬り返す。
また脇腹を裂かれる。対して霊体はほとんどバランスを崩しただけだ。私のほうがダメージは大きい。
だけど意識ははっきりしている。胴を斬られる痛みと苦しさと熱が私を奮い立たせる。
私は負けたくない。
大切にしたいものがあるから。
この身に受けた呪いを棄てることはできない。だから呪われたこの手をとってくれるあたたかい手に何度でも触れたい。
左手の短剣を投げ捨てて、長剣の柄を両手で持った。
想像する。リベラにもらった祝福を呪いにすることを。
私は悪い。
でも全部無意味だと言ってくれるなら。
「――壊れろ!」
捨て身で振りかぶり、白銀に向けて思い切り長剣を振り下ろした。
「――――」
霊体の叫び。
赤黒い軌跡が白銀に受け止められて数秒の膠着。
「あああぁぁ……!」
いやだ。負けたくない。
だけど徐々に押し返されているのがわかる。
私だって自分の正しさを信じたい。
呪われていても、そうでなくても。
自分を信じてくれる人に応えたい。
――だけど押し戻される。神様の力にはかなわないのか。
それとも、こんな決闘の勝敗を神が気にかけるのはその偉大さに似つかわしくないことだから、摂理に従って自然と私が負けるだけなのか――。
「……ふん」
小さな鼻息が聞こえた気がした。
祝福に押し返されながら、曲剣が動いたのが視界の端に見えた。ロアの左手のファルシオン。それで薙がれて終わりだと思った瞬間。
私の剣を助けるようにファルシオンが白銀の直剣を打った。
右手と左手が別々の意思で動いている――。
甲高い金属音、そして一瞬の反動と均衡。
「もう一回……!」
半ば浮いている体。踏み込んで振り抜く。
「……壊す!」
白銀の直剣に振り下ろした瞬間、ファルシオンも下から白銀を跳ね上げる。
その相対速度と角度で白銀は折れた。
霊体がふらついた。白銀も剣も霧散していく。ロアの体も倒れ伏して、床に落ちたファルシオンが金属がたわむ音を立てた。
倒れているのは二人の神官とロア。膝をついているのが私。立っているのはロアから離脱した霊体とリベラだけ。
「……行かせない」
あと一撃だけ。
呪いでほんの一突きすればあの霊体も霧散するはずだ。
だけど脚が動かない。
一歩を踏み出すことができず私の意識は闇に呑まれていく。




