37 奪わせはしない
「なんてことを」
目を覚まして開口一番、グウェンが青ざめながら言った。
霊体とはいえグウェンの祝福から生じたものを私は斬ってしまった。てっきりそのことで怒っているんだと思ったけれど――。
「誰かに見られませんでしたか!?」
「え――」
「こんなことが広く知られたらマノリアさん、リベラさん、あなたたちが重罪人になってしまう!」
グウェンが慌ててこの部屋――神殿の詰め所――の窓際に駆け寄って辺りを見回し、ついで出入り口を開け放って通路を見た。
「……っ、人の気配がありました」
「うん。私もそう思う。二人か三人。見てた人はいたはず」
「やはり……。わかりました。見られたと考えましょう」
ため息をつきながらグウェンが私たちの前に戻ってきて乱暴に椅子に座った。
こめかみを押さえて深呼吸。
脚を組んで。苛立って。昼間の清らかな神官の姿とは少し違うかもしれない。けれど何か懸命に思考を巡らせているのがわかる。
煮詰まったところで一度気を抜いて、やっとこちらを向いて言った。
「あ……。怪我はありませんか。ごめんなさい。最初にこれを聞くべきでした」
「わたくし達は平気です」
「こちらこそごめん、グウェン。私はあの霊体を斬れば助けられると思って」
「ええ、わかっています。あなた方に悪意がないことくらい。……私には」
二人ともよくできた神官だなと思う。至らない私のために考えてくれていることがわかる。
「はぁ……。巡礼の神官と護衛の剣士が、他宗派の神殿で剣を抜いた。そんなことが許されるはずがありません」
「申し訳ありません」
リベラが頭を下げたから私も下げる。
「しかし……あなたたちの力は必要なものだと思います。それがなければこの赤い鞘の短剣を抑えることができず、里の祝福が喰らい尽くされます」
グウェンの瞳が私たちを見た。
「マノリアさん。あの霊体を斬るのは容易いですか」
「うん。多分できる」
「リベラさん。秘密を守って。それから……、私と交代で短剣を持てますか。私は明日は衆目に普段通りの姿を見せなければいけません」
「かしこまりました」
「ではそのように。もともとあなたたちが持ち込んだものですから、心苦しいですが協力してもらいます。大神殿から封印具が届くまでこの短剣を私たちで御しましょう」
「わかった」
「仰せのままに」
グウェンが私を見てからリベラを見て、ふと小さく笑う。色のない笑みだ。
そしてそれを崩さないままゆっくりと言った。
「良い武器をお持ちですね」
リベラがぽつり応える。
「武器ではありません。わたくしの大切な人です」
……ありがとう。
「グウェン様は何も聞かないのですね」
「私があなたたちのことを聞き出しところで、その重荷の肩代わりはできません。いま手伝ってもらえるだけで十分です」
「それに私が救いたいのはこの里であって、あなたたちではありませんから」
では、とグウェンが言ってリベラの手に短剣が預けられた。
私は髪の毛が逆立つのを感じた。リベラがあれを持ってるのがどうしても嫌だ。でも――仕方ない。
グウェンとリベラの間でこれから数日間の約束が交わされた。
宿に戻ってすぐにリベラに向き直った。
「大丈夫……?」
「平気です。この短剣はわたくしとはあまり相性が良くないのでしょう」
この里に来るまでの数日間に、リベラの祝福を吸って霊体が召喚されることはなかった。
けれど――。
「どうかな。今はわからないよ」
一度顕現してしまった。次はどうなるかわからない。
そもそもリベラの力がこの短剣を起こしてしまったのかもしれない。猟師が持っているときはこれほどの力を持たなかったのだから。
……違う。
私のせいだ。
顕現した霊体は私を狙っていた。それを呪いの力で押し返したのも私自身だ。
だから短剣を起こしたのも私だと考えるのが自然だ。
「マノリア様」
「うん……?」
「難しく考えないでください。本当は、きっと、もっと、簡単なもののはずです」
「でも」
私は本能でわかっていた。呪いがあれに拒否されていることを。だから意見を聞かずに先手を打って行動した。
「……私は臆病だ。怖かったんだと思う」
「正しく恐れれば良いのです」
「……」
「マノリア様は悪人ではありません。善い人です。悪いことが降りかかっているだけで」
「そうならいいのに」
「わたくしは信じていますよ」
リベラが私の手をとってくれる。
両手で包んで、私をベッドに座らせる。リベラは私の前にひざまずいて。
私を信じてくれるのはリベラだけだ。その言葉が喉まで出かかったけれど我慢した。
リベラの腰にある赤い鞘を見る。今は私がしっかりしないといけない。
なぜか初めて家族と離れたときの感情を思い出していた。甘えていてはいけないと考えたからかもしれない。
「私が守る」
「わたくしもあなたを守りましょう」
「……うん。怖がりの私を助けてほしい」
「では、今晩は手を繋いで眠りませんか」
短剣は今晩もリベラの祝福を奪うだろう。それに対して私にできることはない。
「それだけじゃだめ。眠るとき、リベラは壁際にいて。もしものときのために、私が体を盾にするから」
「わかりました」
リベラが微笑む。ただそれだけのことが嬉しかった。
眠る時間。
赤い鞘の短剣は文机の上に置いた。
ベッドは壁際に寄せて、リベラを奥に。私はその体をゆるく抱く。
「片手はつないで」
「あ……、わかった」
片手は腰にまわして、もう片手はつないで。
「……こうすれば、マノリア様ならわたくしの祝福の力の流れを感じられるでしょうか」
手を繋いで眠るって、こういう意味だったんだ。勢い込んで盾になるといったことが少し恥ずかしい。でもそれをすぐに言わないでいてくれたのがリベラらしくて好きだ。
「どうかな……。わかるような、わからないような……」
「今はわたくしの力は動いていません。ただ、短剣に吸われることがあれば、それを感じ取れたほうがいいでしょう」
「そうだね。それは絶対。そのほうがいい」
「では、今からわたくしの祝福を少しマノリア様に移します。その感覚で掴んでください」
「わかった」
今までもリベラから祝福をもらったことはある。だからそう難しいことじゃないはず。
「目を閉じてください」
「うん」
意識を集中する。聴覚と嗅覚、そして肌の感覚でリベラがすぐそばにいることを意識する。
少しずつ近づいて。衣擦れ。吐息。湿気。体温。甘さ。優しさ。
「祝福と、約束を」
「――――」
リベラが私の首筋に口付ける。
覚える。その感覚を覚える。確かなものにする。痺れとくすぐったさ。力が流れ込んでくる。
ああ、この力は私のものだ。他のなにものにも奪わせはしない。全部私のものにしたい。
細くて柔らかい体を深く抱きしめた。




