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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
破邪の直剣編
38/51

36 呪いの剣士と霊体の剣士

「いい匂いがする」

 部屋に戻るとマノリア様がすぐそばにやってきます。尻尾も揺れています。どうやらこれは反射的な行動のようです。


 わたくしは里の公衆浴場で湯浴みしてきました。花を浮かべた湯で、香りも見目も大変麗しいものでした。


「どうぞ」

「…………」

 喉の奥で軽くうなってからマノリア様が鼻先を押し付けてきます。


「お湯のにおい」

「ええ」


 獣人族の方は公衆浴場にはあまり入りたがりません。髪ではなく毛の部分があって、気を遣わざるをえないからでしょう。


「お湯に浮かべる花を少しいただいてきました」

「あ……いい香り」


 清拭のお湯にこれを使えば気分くらいは味わえるでしょうか。あるいは朝の水浴びに持って行ってもいいかもしれません。


 夜になってあとは眠るだけ。

 この里についてからは――。


「おいで」


 その一言だけで隣に来てくれます。グウェンさんに言われたことが大きいのかもしれません。わたくしの目に特別に視えることが、わたくしたちを引き合わせてくれたのでしょうが、グウェンさんの目には特別に視えないことが心を軽くしたのでしょう。考えていると少し複雑な気分になりますが。


「もう寝ましょうか」

「……うん」


 ベッドの上でも尻尾が揺れます。体は向かい合って。大きな尻尾が腰の上に乗って、毛並みの心地よさが腕の内側の肌に伝わります。


「尻尾を抱いてもいいですか」

「? いいけど……」


 毛布の下まで尻尾を引き込んでゆるく抱きしめました。朝の水浴びのときに念入りに手入れしたのでしょうか。今日はいつもよりもさらに毛並みがさらさらとしていて心地良い。


 わたくしは寝衣のお腹の部分をまくりあげ、腰に直接尻尾を抱きました。

「え――、リベラ」

「……?」

「…………」


 下腹とみぞおちの肌で、毛並みを直接感じるのは意外なほど心地良い感触でした。尻尾が含む空気が暖かくて。寝衣と肌の間に尻尾を閉じ込めるようにして抱きます。


「……くすぐったくない?」

「とても心地良く存じます」

「そうなんだ……」


 枕を抱くように尻尾を抱きました。

「痛かったり、引っ張りすぎたりはしていませんか」

「私は大丈夫」

「……朝までこのままでも?」

「……だいじょうぶ。多分」


 尻尾を抱いているせいでわたくし達の間には絶妙な距離があります。

 お互いの顔をちゃんと全部、視界に納められる距離。少し動いたくらいでは触れることのないくらいがちょうど良いと感じました。


「抱いていればつくでしょうか」

「なにが?」

「わたくしの香りが……。いえ。マノリア様が好きな浴場の花の香りが。尻尾に」

「……多分。つくと思う」


 ふかふかの尻尾を深く抱きしめます。先端は寝衣を押し上げて胸元あたりにあります。


「では、おやすみなさい」

「うん。おやすみ……」


 尻尾を毛並みに沿って撫でながら眠りに落ちていきます。

 まどろみのなかで名前を呼ばれた気がしました。

 その夜のことなのか、朝なのかはわかりませんが。くちびるに何かふれたようなそうでないような、どちらにせよ無意味なことです。


 翌日は安息日。

 マノリア様と一緒にグウェンさんの説教を聞きに行きました。


「この瓜は苦い。ならば棄てるがいい。道に茨がある。ならば避けるがいい。それで十分です。『なぜこんなものがこの世界にあるのだ』などと考えてはなりません」


 里の立派な聖堂。

 グウェンさんが堂々と彼女の宗派の聖句を唱え、一同で唱和します。

 マノリア様の美点のひとつは、説教を真剣に聞くことだと思います。今は耳がグウェンさんの位置を追いかけていますし、わたくしがするときもそうです。


「苦い瓜も茨の棘も、与えられた試練ではありません。私たちはもう神様に愛されているのですから、特別な試練を与えられずとも既に特別なのです」


 こうした日常の祈祷はグウェンさんが執り行っているようでした。慣れた立ち居振る舞いでつつがなく説教は終わるかと思いましたが――。


「あ」、と細い声を上げて、グウェンさんが唐突にその場に膝をつきました。

 転んだという雰囲気ではありません。がくりとうなだれて、しばらく頭がふらふらと頼りなく揺れます。


 礼拝堂が騒然としました。しかし彼女はすぐに立ち上がり、あたりを見回して――見当識を失った非礼を詫びました。

「申し訳ありません。疲れが出たのかもしれません。ご心配なく」

 笑顔ですが、顔色は芳しくありません。

 マノリア様と目配せをします。


「――グウェンのあの感じ。リベラがあの短剣を持ってたときに似てる」

「わたくしもそう思います」


 あの短剣がそばにあった数日間、わたくしの体調は芳しくありませんでした。それと同じ症状がグウェンさんにも訪れているように見えます。


 説教が終わってから二人でグウェンさんのもとを訪ねました。


「……ええ、私も不調は感じています。原因もほぼ、あなた達の言うとおり、この短剣で間違いないでしょう」

 赤い鞘の短剣はまさにグウェンさんが身につけていました。

「呪いがあるのでしたら、宝物庫に安置したほうが」

「それはできません」

 わたくしが言い終わる前にグウェンさんが言葉をかぶせました。

「なぜ……?」


「この短剣の呪いは、聖なるものを取り込んで活性化するものです。神殿に安置すれば、古くからあるこの神殿の――ひいてはこの里の祝福を喰らってしまう」

「なるほど――。しかしだからといって、このままではグウェンさんの身が」

「本部から封印具が届くまでは私の力を吸わせるしか……」

 とても無事には見えません。何か他の方法を考えるべきではと言いかけたところで――。


「リベラ、下がって」


 マノリア様が剣の柄に手をかけました。


 同時にがくり、とグウェンさんが机に突伏しました。そして彼女の背後に霊体の剣士が現れます。


 グウェンさんの身に宿る祝福が霊体として顕現したもののように見えました。


 わたくしが下がると、霊体の剣士とマノリア様が対峙します。お互いに剣を構えて。


「マノリア様、相手は霊体です。通常の剣技では――」


「平気だよ。私は呪われてる」

「――――」

「こいつが倒したいのも私」


 実際のところ、霊体の剣士はマノリア様しか見ていません。

 中性的な風貌の剣士が細い直剣を構えて斬りかかります。


 わたくしの視界のなかでマノリア様の呪いが色づきます。聖なる力を帯びた霊体を、マノリア様の剣が両断して打ち払いました。

 斬って交わった部分に赤黒い呪いが散って霊体が霧散していきます。


「……これで大丈夫。グウェンを起こしてあげて」

「はい」


 机に突っ伏したままびくりと震えたグウェンさんの体を抱え、きつけの奇跡を唱えます。

 幸い彼女はすぐに目を覚ましてくれました。

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