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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
破邪の直剣編
33/51

32 毎日約束したい

 優しくされるのはいいことだ。

 でも優しくされすぎるとみじめな気分になる。


「リベラ、お願いしていい?」

 朝の鍛錬を終えてから、赤い鞘の短剣をためつすがめつしてリベラに差し出す。

「これに解呪の奇跡は使っておいてほしい」

「わかりました」


 考えれば考えるほど、この短剣の危険さを意識する。持っているのが村の猟師やリベラなら私はこの短剣が放つ害意をなんとか無視していられる。

 けれど例えば私が二人いて、双方が短剣を持っていたとしたら――出会い方によっては即戦闘になってしまう。


「――この世のものが、あるべき場所に収まりますように」

 聖句はどうやら何でもいいらしい。短剣の鞘からが鮮やかな赤の色が抜け、鈍色で地味な印象になった。


「これでいかがでしょう」

「大丈夫そう。正直に言うとほっとする」

「思いのほか厄介な呪いのようです。なるべく入念に呪いを除こうとすると、わたくしも浮いて――」


 体が時計の二時くらいに傾いて浮き始めていたリベラの手を掴んだ。

「今日はずっと手を繋いでよう」

「……はい」

 件の短剣も腰に差して歩き始める。


「力もたくさん使わせて、大げさにしちゃってごめん」

「いいえ。これがわたくしの役目ですから」


 いつもよりゆっくりと歩く。リベラの足は雲の上を歩いているかのようだった。小さい子が歩くのとはまた違う不安定さがあって、庇護欲がかきたてられるのを感じた。


「……私にも役目があればいいのに」

「……?」

「今は怖がってるだけだから」


「得体の知れない魔法具を恐れるのは当然のことです」

「……わかった」

 

 頷いたけれどただ萎縮してるだけになるのは情けなかった。

 リベラに優しくされるのは好きだ。でも優しくされるだけの理由が私にあるといいと思う。そうでないと思う存分受け取れない気がして。

 尊敬してほしいというのは高望みにしても、「どうして私なんかを」というみじめな気分にはなりたくなかった。


 たった一振りの短剣が私の感覚を惑わせている。


「――思ったより進めなかったね」

「そうですね。時間はかかりそうです。申し訳ありません」


 夕刻を過ぎた。夏だけれど森の日が落ちるのは早い。

 野営の時間になってぽつぽつと話す。


「ううん。リベラの足取りのせいもあったかもしれないけど……。田舎道を歩いてるだけでも、私もそれなりに怖い」

「張り詰めていらっしゃいましたね」

「うん。誰かがこの短剣を持っていたらと思っちゃうと、どうしても」

 もっと怖いのは人が多い場所に行くときだ。


 呪いを持っている人間に害意を放つこの短剣。そして呪いを持っている人間は、私と同じようにすねに傷がある。後ろめたい記憶を刺激されて冷静でいるのは難しい。


 短剣の鞘の赤色は半分程度は戻ってきている。明日の朝にはまた解呪を掛け直さなければいけない。


「わたくしの奇跡の力がもっと強ければ」

「ううん、それは違うよ。人が多い街中なら解呪は必要だと思うけれど。ここなら……絶対要るわけじゃない」

「そうでしょうか?」

「……うん。リベラに持ってもらって、私は我慢してればいいから。気の持ちようひとつで――」


 ずっと繋いだままの手を握る。さらりとした肌の感触に救われる気がした。


「敵意を感じるのはつらいことですから」

「……そうかな」

「わたくしのことを、マノリア様が想ってくれているのなら、なおさら」

「…………」


 殺し文句ってこういうののことを言うんだ。私はリベラの言葉を否定できないし、肯定したらそのまま言葉の通りということになる。

 だから――。


「……そうだよ。想ってるから」


 ――諦めて単純に肯定した。


「呪いのせいだってわかってても嫌だ。わ、私のことを……。良く想っていてほしい」


「想っていますよ。わたくしにはもったいない方です」

「リベラだって、私にはもったいない」


 ……少し違う。望んでいたものと少し違う、何かが違うやりとりになってしまったと思った。

 でもうまく説明できない。そのせいでリベラのことがますます魅力的に見えてくる。伝えたい。何かわからないけど。伝えたい。伝えたい。


 繋いだままのリベラの手を掲げて額を付けた。


 胸が締め付けられる。切ないと思う。そばにいるのに渇く。

 深呼吸。


「……解呪の奇跡は明日もお願い」

 リベラが頷くのを眺める。

 少しの後ろめたさ。必要なものだけれど、そうすればリベラと手を繋いでいられる。


「では、寝るときはわたくしを抱いてくれますか」

「も……もちろん」

 肩を抱っこするとかそういう意味だ。いつもと何も変わらない。


「――くちづけは?」

「えっ、あ……。必要なの?」

「わたくしには必要です」

「からかってる?」

「そんなことはありません。おやすみの前の、親愛の証を」


 頬が熱くなった。

 緊張してしまって同じ場所ばかり見つめてしまう。リベラの手を握って。抱きしめたい衝動に駆られる。


「……リベラはいつも、私といるといこんなに無防備な気持ちだったんだね」

「マノリア様のほうこそわたくしをからかっていますか」

「そんなことない」


 私は剣が扱える。力も強い。だからいざとなれば、神官ひとりくらいならどうにでもしてしまえる。

 けれど今は短剣の未知数の力のせいでその力関係が崩れて――その程度のことで私はこんなにも神経をすり減らしている。


 だから確かに必要だ。親愛の証が。


「くちづけ……必要だと思う。私も」

「……うれしいです。ありがとう存じます」


 腰に差した短剣を渡した。信じるため。

 それから密着して座る。肩を強く寄せ合って。


 背筋が震える。今になって、私は初めてリベラのことを信じているのかもしれないと思った。直接命を預けるくらいに近づいて。


 細い肩を抱いた。


「ん……」

 くちづけを交わした。

 唇と唇を触れ合って。


 二の腕をつかんで握りしめる。柔らかくて心地良い。

 リベラも私の首筋に手を回してくれた。


「約束する。リベラのことを傷つけない」

「はい。わたくしも。決してあなたのことを傷つけません」


 唇がぴりぴりする。表面の湿った感触を体の奥で感じる。私たちは傷つけ合うことができる。深く。

 今はしていないだけ。約束して。


 抱き合って眠りたい。


「……毎日約束したい」

 はい、という甘い響きを聞いた。

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