03 浮いてる神官
かばったといっても何てことはない。私があの不死者に対して何かできたわけではないし、ただそこにいただけだ。
リベラはあの虫たちを操る邪法に対抗するすべを知っていて、私は余計なことをしただけなのかもしれない。
「寝床を貸してくださるそうです」
「うん。こっちも同じ感じ。村の人は困ってて、歓迎してくれるみたい」
「はい」
墓地の近くの村を訪れ、私とリベラは手分けして事情を聴いて回った。数ヶ月前からあの不死者の騎士の魔物が現れ、墓地を荒らしていたらしい。
次は誰かが“指を差されて”連れていかれるかもしれない。戦々恐々として冒険者や神殿の庇護を求め、近々やっと神官団が派遣されることになっているとか。
日が暮れて、貸してもらった村の空き家の一室。
リベラと一緒に寝泊まりすることになった。
「……」
小さくため息をついた。
「気分が優れませんか」
「ううん。そういうわけじゃない」
「しかし……」
リベラがヴェール越しの視線を少し動かす。私を見るのではなく、私の後方を見るように。
「尻尾が下がっているようです」
「あ。これは」
獣人族の特徴を指摘されて私は少し狼狽えた。
「ふさふさの立派な尻尾ですね」
「オオカミだから」
この状況で誇るように言っても虚勢にしか思えないかもしれない。でも私がオオカミの氏族なのは本当だ。尻尾と耳は人間のものとは違う。夜目も効く。
リベラがひとつしかないベッドのふちに座る。ちゃんと確かめたことはないけれど、人間は尻尾をほとんど持たないはずだ。座るときに気を遣わないで良いのは少しうらやましい。
私は、同じくひとつしかない文机の椅子に逆向きに腰かけた。背もたれに腕と顎を乗せる。
「……正直ほっとしてる」
「はい」
「私じゃあの魔物と戦えないから」
「わたくしが剣に祝福を施せば」
「勝てるかな」
「きっと」
「そうだね……。街から神官団が来るまで、追い払うくらいなら」
気分を奮い立たせようとしても尻尾は上がらなかった。椅子から垂れ下がってしまっている。
虫が肌を這う感触が残っている。今晩の夢見は悪そうだ。
私の考えていることが伝わったのだろうか。
「肌に痕が残っていないか、診ましょうか」
「大丈夫。すぐ治ると思うし」
リベラの提案に私は首を振った。
「そうですね。今晩のところは。明日の朝にまた診ましょう」
「……わかった」
断ったはずなのに微妙に言い包められたような気分になる。
「今晩はもう、アイツは来ないのかな」
「わたくしたちが居るのを知っていますから。来ないでしょう」
「じゃあ……、眠っていいのかな」
「ええ。お疲れでしょう」
ベッドはひとつしかない。だから初めからリベラに譲るつもりだった。
「私は床で」
「いえ」
「そういうわけには。私のほうが野宿には慣れ――」
言いかけたところでリベラが制す。
「ご覧ください、マノリア様」
「うん?」
「わたくしは体質でその……。このように浮いてしまうことがあって」
「え?」
ベッドに腰掛けているリベラ。
いや――よく見ると腰掛けていない。
体は座っている形になっているのだが、その足とお尻は少しだけ浮いていた。
「浮いて……え?」
「旅と風の神の祝福で、無意識のうちに。このように」
「わ、わ――」
リベラが言うと、その体は更に浮かぶ。座った姿勢のまま少しだけ傾いて、もう完全に宙に浮いて漂っていた。まるで体から重さがなくなったみたいだ。
「待って、天井に頭ぶつけるよ」
「では下に引っ張ってください」
「触れても大丈夫なの? っと」
足首を掴んで引っ張ると痛いかもしれない。なので膝あたりを深く抱いて徐々に力をこめる。
すると少しの抵抗の後、リベラの体がゆっくりと降りてきた。私は膝を抱きかかえたまま、慎重にリベラをベッドに座らせた。
「びっくりした。どうなってるの?」
「今日は神の奇跡をたくさん使ったせいでしょう。魂が軽くなってしまうのです」
「……? ……??」
何のことだかわからない。けれどリベラのお尻はまた微妙に浮き始めている。奇跡と信仰のせいなのだろうか。
「寝てる間に浮いてしまうと、困りますから」
「そう、だね。確かに」
怖くなってきた。とりあえず私は窓を閉めた。それから部屋の扉も確認してベッドの前に戻る。
やっぱりリベラはちょっと浮いてる。
神官の人は何人か見かけたことがあるけれど、浮いてる人はもちろん初めてだ。
「申し訳ありませんが、マノリア様」
「うん」
「夜中にわたくしが浮いていたら、戻してください」
「わかっ、た」
「ベッドは少々狭いですが……。わたくしの隣に。……来て」
リベラがヴェールと首巻きを外してベッドの壁際に寝転がる。やっぱり少し浮いてる。
「上から毛布かけてても寒いね。隙間が」
「ええ」
なんだかよくわからないまま私もリベラの隣に寝転がった。
「腰か肩に手をかけて重しにしてもらえると助かります」
「そっか。うん」
言われた通りに、腰のあたりに腕を乗せて見る。すると少し浮いていたリベラの体がベッドに沈み込んだ。
なるほど。すごい。何もかもよくわからないけれど。なんで浮くんだろう。神様の奇跡は不思議だ。
「このまま朝まで。重しをしていただけると」
「寝入ったら腕をどけちゃうかもしれないけど、努力はする」
「ありがとう存じます」
目の前でリベラがまぶたを閉じた。あ、もう寝る感じなんだ、と思う。確かに蝋燭の火はもうすぐ消えるだろう。
ヴェールを外した顔をまじまじと見る。よく考えたら顔と顔がかなり近い。
まつ毛が長いなと思った。触れている腰は細くて柔らかくて暖かい。




