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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
無意味なくちづけ編
29/51

28 ただ唇を重ねただけ

 マノリア様の頭が肩から徐々にずり落ちていきます。胸を通って脇腹、そして膝へ。

 どうやら寝入ってしまったようです。繋いだままだった手をほどいて、細くしなやかな上半身を膝に抱きました。


 この小さな村に来るまでの間は野営続きでしたから、疲れが溜まっていたのでしょう。

 膝の上にあるお顔。凛々しい目鼻立ちも眠っているときはあどけなく見えます。

 膝枕をして髪を撫でました。


 このまま朝まで起きないということはないはず。きっとすぐに目覚めてしまうでしょうが、この僅かな時間を大切に、また楽しく思いました。


「いい子ですね」

 言ってみてもマノリア様の体は動きません。規則正しい寝息。尻尾が一度だけ左右に振られました。


 外はすっかり日が暮れています。お昼過ぎの説教のときに食事もたくさん勧められて、今晩の間はお腹が減ることもないはず。

 食も住も満ち足りて幸せな時間です。


「神の恵みに感謝いたします」

 つぶやきながらマノリア様の髪を撫でます。先程されたようにその頬に触れ、ゆっくりと撫であげて、それから額に触れて前髪を上げました。


「……リベラ」


 返事はしませんでした。

 寝言なのか起きようとしているのか判断できなくて。

 浅ましいかもしれませんが、この時間はわたくしのものです。できるだけ引き伸ばしたい。


「……♪ …………♪」


 子守唄を口ずさみます。わたくしの故郷のものです。同年代の方に唄うのを不思議に思いました。

 しかしこの手と膝の上に幸福が収まっているという感覚は何ものにも代えられないものです。


 なんとなくヴェールをとって傍らへ。

 その行動に意味はないつもりでしたが、そうした瞬間にわたくしも横になりたいという衝動がわいてきてしまいました。


「どうしましょう」

「うん……」

 曖昧な返事。まだほとんど眠っているのだとは思います。

「わたくしも眠くなってきました」

「……うん」

 ふにゃふにゃとした声が漏れています。純粋に愛らしく思い、また頭を撫でて――膝を使って軽く抱きしめてから、わたくしも横になりました。


 ベッドのふちで半端な姿勢で二人とも寝入ってしまいます。お行儀は悪いですが……誰に怒られるというわけでもありません……。


 音が遠くなります。

「ん……」

 ああ、いまは寝ていたのだなという感覚。眠気で甘く蕩けるような。


「あ……リベラ」

 何度かその覚醒と不覚の間を心地よく漂っていました。


「寝ちゃった……?」

 ただ――何度目でしょうか。膝にあった重みが動いた感覚がありました。


 わたくしはまだ寝ぼけていて体を動かそうと思うことすらできないのですが、マノリア様が何かしているのはわかります。


「毛布ちゃんとかぶって。こんな端じゃ落ちちゃうし……履物も」


 部屋履きが落ちる音。

 それからベッドの上を背が動くような――。


「ん……」

「あ……」


 一瞬、眠気の靄が晴れました。きっと大きく動かされたせいでしょう。

 わたくしはいつの間にか仰向けになってベッドの中心に寝ています。


 けれど天井は見えません。

 なぜなら――マノリア様の顔が目の前にあるからです。


「っ、リベラ」

「……はい」


 わたくしの体をきちんと横たえている途中だったのでしょう。マノリア様がわたくしに覆いかぶさっていました。


 しばらくその姿勢で見つめ合います。

 なるほど、寝床で組み敷かれる気分はこういうものかと思いました。


「寝入ってしまっていたようですね」

「私も……。それで、風邪をひかないように」


「ええ、わかっております」

 何気なく言ったつもりですが、マノリア様の表情に一瞬影が差しました。


「――わかってないよ」

「そうなのですか?」

「うん。全然わかってない」


 組み敷かれて。ほんの少しだけ語気が強くなっていて、なぜか胸の奥が甘く疼くのを感じます。


「困りましたね」

 言って、わたくしは下からマノリア様の頬に手を伸ばしました。

「あ……」

 簡単にふれることができます。片手ではなく。両手で、両頬を包むようにして。


「ほ……ほら。わかってない。そういうことされたら、私は……」

「本当に困ったことです。わかりたく思うのですが」

「……っ」


 何かの理不尽に耐えるような表情。見ているとやはり胸の奥が甘く疼きます。


「わたくしは神に仕える身です」

「そう、だよね。リベラは……」

「ですから、あなたのために役立たせてください」

「――――」


 見つめ合ったままゆっくりと目を閉じました。両頬を包んでいた手からも力を抜いて、胸の前で合わせます。


 目を閉じたまま数秒。


 永遠に思える時間が過ぎていきます。


「リベラ」

「……はい」

「さ……さわっていい?」

「どうぞ」


 さらに数秒。息遣いとベッドが軋む音。

 初めて知る、柔らかい体が覆いかぶさってくる感覚。


 そして、唇に唇の感触が訪れました。一瞬だけ。ほんの少し触れただけ。それだけで満足されたのでしょう。幸い、わたくしも同じでした。


 唇の感触が離れてから十分な時間を置き、ゆっくりと目を開けます。


「……っ」

 すぐにマノリア様と目が合います。きっとわたくしの顔を見つめていたのでしょう。


「キスも、無意味?」

「……祝福は授けていません」

「今はそのほうがいい」

「わかりました。わたくし達はただ唇を重ねただけです」

「……うん」


 目の前にある瞳が潤んでいます。獣人族の上がりやすい体温がそのまま伝わってくるかのようでした。


「お疲れでしょう。このまま一緒に寝てしまいませんか」

 迷う瞳。ゆっくりとしたまばたき。


 そのペースに合わせてわたくしもまばたきしながら、また頬を触りました。


「きゃ……」

 マノリア様が上げた声。愛らしい悲鳴を初めて聞いたかもしれません。

 背中も抱いてゆっくりと横たえました。


「祝福は授けていません」

「……うん」

「ですから意味なくわたくしと手を繋いで。隣で眠ってくれますか」

「わかった……」


 マノリア様がおとなしくなったのに満足して、毛布をかけ直したところまでは覚えています。けれどそれ以降は何も。わたくしも疲れていたのでしょう。

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