27 無意味なら、
何日か歩いて僻村に着く。
私ひとりだったらこういう時、何か手伝える仕事を探したり……。そういうのがなかったら村の外で野宿をすることもあるんだけど。
「巡礼に参りました」
リベラの一言があるだけでありがたがられる。
村の人たちを集めてリベラのお説教。パンとワインに祝福してみんなで分ける。
「神の言葉に従うと、魚のびくの中身があふれました」
私は神官様の護衛の剣士だ。
リベラが主人。私は従者。街でも思った通り、それで済むなら楽だから。
「とはいえ、この一節にはさまざまな説があるのですよ。神の奇跡ではなくて、こうして集まった皆さんがその日の釣果を分けてくださったとも」
村の広場。朗々と詠っているリベラ。私は井戸の近くのちょうどいい石に座って見ている。
お説教してるリベラを見てるのも好きだ。声が心地よくて。少し高くて優しい。
私の主人。
……そう思ってていいのかな。
お説教が終わって村長さんの家の空き部屋に通される。
「いい部屋……」
「ええ」
「野営にいっぱい付き合わせてごめん」
「いいえ。それも楽しいひとときです」
ベッドはひとつ。
毛布はもうひとつある。護衛の剣士は毛布にくるまって床で寝るのがちょうどいいくらいだから。
「私は床で」
「……いいのですか?」
「当然」
私は強がっているのかもしれない。
でもこうして一緒の部屋にいられるだけで十分だと思う。甘えすぎないようにしないと。
「リベラが私の主人だから。村にいる間は」
「ではベッドを……。ありがとう存じます。ただ、眠る前に少し話しませんか」
「うーん……。うん。いいよ」
ベッドに腰掛けたリベラ。
私はその正面に立ってぼんやりと見る。
「……おいで」
リベラが自分の隣をぽんぽんと叩く。
胸の奥がなぜか甘く痺れた。痺れてるのにかきむしりたくもなる。動悸もして、ちょっと息も浅くなって。
「ごめん。嫌じゃないんだけど」
「はい……?」
やっぱりリベラはわかってくれてないと思う。
「リベラに触れられるのが好きだから、今は行きたくない」
「どういう意味でしょう……?」
「……わからない」
「わたくしはどうすれば?」
「えっと……。お話するだけならいい、かな」
「……?」
要領を得ないことを言ってると思う。私は何がしたいんだろう。
こうして正面に立っていると、徐々にリベラの香りが伝わってくる。癖っ毛も好きで。触れたくなる。
でもなんとなくそれはできないと思う。しないほうがいい。胸が締め付けられるような。
「来てくださいませんか」
「……。行くよ」
大きく息を吐いて、なるべく脱力しながらリベラの隣に腰掛けた。
触れてしまわないように、ちゃんと隙間を開けて。
「変なことばっかり言ってるかも。ごめん」
「お気になさらず。感情は無意味です。けれど悪いものではありません。心の傾きを想うことは、罪のないことです」
「……わかった」
相変わらずリベラのお説教の半分もわかってないと思う。だからお互い様だ。私はリベラがわかってくれないと思ってるし、リベラも多分。
「ふれたくないけど……ふれたい」
「ええ」
「…………」
少し考える。喉が干上がりそうだ。私は緊張している。
「肩にさわ……、」
「ええ。どうぞ」
まだ言いかけたばかりなのに許可されてしまって、今更後に引けなくなった。
ベッドに並んで座ったまま、お互いの上半身で向き合う。私は肩をさわって。
「……きゃ」
「っ、ちょっと。今わざと言ったでしょ」
「ふふ。どうでしょう」
あ、笑った。こんなことで。いいんだ。可愛い。
「絶対わざと。私をからかってる。ちゃんと言ったもん」
「ええ。ごめんなさい」
「…………」
素直に謝られて逆に何も言えなくなった。
じっとリベラを見る。色のない瞳。ヴェール越し。
左肩は手で持ったまま、右手は移動させてヴェールを持ち上げた。
「あら」
色のない瞳と色のない声だ。全然何とも思われていない気がする。
白い肌と黒くて長いまつ毛。
「リベラ。あのね」
「はい」
「頬に触れたい」
右手をゆっくり。おずおずと、なんて思われてしまうかもしれない。そんな遅さで頬に添えさせてもらう。ヴェールが半分下りる。持ち上げてるのが私の手首だけになるから。
拒否はなかった。
頬に触れていていいんだ。
私はそれを許してもらってるんだ。
頭のなかで何か弾ける音がする。
気泡が浮かび上がって水面で散るような。
「リベラも……さわって?」
「わかりました」
吸い込んだ息が胸元に溜まって這い上がってくるみたいだ。
自分の心臓が早鐘を打つのを聞きながら――私は自分の右手にリベラの左手が重ねられるのを見た。
「祝福じゃなくて、触れてほしかった」
「構いませんよ」
「何もなくても……、無意味に? 触れててほしい」
さらりとしたリベラの手のひらの感触。
「……無意味ですね」
「うん」
その言葉を噛みしめる。
リベラが、私のために、意味のないことをしてくれている。
それはすごいことだと思う。
無意味に一緒にいて、触れ合っていいんだ。
頬をさわりながら頭が自然に下がっていく。目を伏せて、右手がリベラの手で包まれる感触を味わう。
「ごめん。このまま少しだけ」
頭をリベラの肩に預けた。祝福じゃない。ただ味わわせてもらってるだけだ。
「無意味なら……」
「……?」
好きだと思っていてもいい?
「なんでもない」
「ええ」
肩に頭を擦り付ける。
このまま眠ってしまいたい。でもそれは良くなくて。私は床で寝るって決めてるから。体がちゃんと動いてほしい。




