25 私の甘え方
ときどき、自分の中にある獣の血を意識する。
それを言い訳にしていいのか、するべきなのかわからないけど。
それとも案外普通のことだったりするんだろうか。
例えば――白い首筋に歯を立ててみたいとか思ってしまうことは。
昨日見たリベラの背中とうなじ。綺麗だった。
「……」
忘れよう。朝の鍛錬の途中、まだ剣を振る回数は残ってる。私の犬歯が小さくて良かった。違う。雑念を払わなきゃ。
まだ早朝のうちに歩き始めた。日中の一番暑い時間に大休止をとる計画。
「少しだけ背中がひりひりします」
「ごめん。加減がわからなくて……」
私の背中はなんともない。思い出すとなんだかおかしな気分にはなるけど、多分それは心地よかったせい。
昨日、お返しに私もリベラの背中を拭いてあげたんだけど、どうやら力が入りすぎてしまったみたいだった。
「どれくらい痛い……?」
「痛いというほどではありません。お気になさらず」
「でも」
歩きながらリベラの背中側にまわる。
それで何がわかるというわけでもないんだけど。なんとなく落ち着かなくて。
なんだかリベラにはいつも「ごめん」と言っている気がする。
リベラが私を見返る。昨晩も見た光景。あのときは月光に照らされて、今は朝陽に照らされて鼻筋が綺麗だ。瞳も好きだと思う。
「……笑ってる?」
「いいえ。ああ――そうですね。どうでしょうか」
「……?」
朝の森のにおいと木々のざわめき。街道沿いとはいえ視界はあまり開けていない。虫の声もあちこちから聞こえてくる。
私たちは――、私たちの今のところの目的地は、私の故郷の近く。ここから数ヶ月ほど北の場所。
まだまだ着くのは先だ。だけどいずれは着いてしまうことが少し怖い。
途中で寄り道ができればと思っている。たくさん。
「今日は異常なさそう?」
横に並んで歩く。
「ええ。今のところは何も」
「わかった。私も同じ」
リベラの色のない瞳に私の姿が映っている。私を見ているときは色が差す。
いつの間にか、私は故郷から随分離れた場所までひとりでやってきていた。何かを探しているつもりで。あるいは悩んでいるつもりで。
何もしないよりは、あるいは自分を許してしまうよりは……自分を許さないほうがマシだと思っていたのかもしれない。
「どうしましたか」
「あ……。ううん。別に」
いつの間にか自分の考えに沈んでいたみたいだ。
「話したいことがあれば、何でも打ち明けてください」
「大丈夫。ただ逃げてるだけだって思ってた。それだけ」
「……」
子供っぽい口調になってしまっていた。
リベラが私の横顔を見ているのがわかる。相変わらずの色のない瞳なのに、今は私の頬の朱が映っているかもしれない。
ふたりで並んで歩いていたけれど、数歩先を行きたくなって早足になりかけたところで、リベラが私の腕をとった。
「無理なさらず」
「無理なんて――」
「いいえ。マノリア様は、自分が決めたことはやり遂げてしまう方です。頑なに」
私の腕にリベラの腕が軽く絡んだ。それから下に降りていって、私の手を握る。
歩く速度は自然とゆっくりになった。リベラの旅衣の袖はゆったりしていて肌触りも良くて、絡めていると心地いい。
「今まで学んだことも修練したことも。ここまでひとりで旅してきたことも。できると思ったからやってこれたのでしょう」
「……そうかもね」
「そして、呪いを受けたことも」
「……っ」
「自分ひとりで持てると思ったのでしょう」
それは違うと言いたくなる。けれど口は開かなかった。だから今リベラに顔を見られるのがつらいと思った。
ただ、握られた手の拘束を解くことは私にはできない。
「人は繰り返し自らの重荷を見出してしまうものなのです」
前にも聞いた言葉だ。
自縄自縛。呪われた私は、更に自分で自分を呪ってしまっているのだろう。
「――リベラ」
「はい」
「……呼んだだけ」
二度目の「はい」という返事を聞きながら手を握り返す。
お昼に休憩をとるまで、ずっと手を繋いで歩いてくれた。
私は甘えている。
――その日の夜も野営。
街道沿いの森を抜けるにはまだ時間がかかる。
焚き火がお湯を沸かすのをぼんやりと眺める。
夏でも焚き火を見ながら毛布にくるまってるのは好きだ。涼しいより暖かいほうが好きだから。
「マノリア様」
「……。うん……?」
私よりも少しだけ焚き火から遠い位置で、リベラは毛布を敷布のように使って座っていた。
ああいま呼ばれたんだとぼんやり思って、また考えごとをしていたことに気づく。
「……おいで」
「…………」
優しく言われて抗えなかった。昼間、手を繋いでいたときみたいに。
しゃがんで移動してリベラの隣に座って肩を寄せた。
……安心する。
ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音がして。
夏の夜の空気は快適とは言い難いけれど、私は暖かいほうが好きだ。
「暑くない?」
「大丈夫です」
リベラの瞳に焚き火の色が映っている。
「リベラも暖かいほうが好き?」
「どうでしょうか」
曖昧な返事で戸惑ってしまう。
リベラの好みを知りたいと思っている自分に気づく。
「昼間は、言い過ぎました」
「え? ううん。何も。私が考え事してただけだから」
「いえ。しかし……。そうですね。仲直りしましょう」
「うーん……。うん……」
寄せ合った肩。その下にある腕にリベラの腕が絡む。袖の布地はやっぱり心地よくて、手のひらはあたたかくてすべすべしている。背中もそうだったけど、リベラの肌は白くて綺麗だ。あたたかくて。
腕を絡めて。
それから――小指も絡めた。
「……あなたが傷つきませんように」
「? 別に傷ついてないよ」
「故郷を目指して、元に戻ろうとするほど……。時間は人を傷つけるものです」
「……」
リベラの神様がそう言ってるんだろう。
風と放浪の神様は、時間の神様とも呼ばれていたと思う。
「そんなこと、全然ないよ」
私は無根拠に言ってリベラの肩に頬を押し付けた。
衣服の感触。
これが素肌なら、かみついてしまってもよかった。私の牙じゃ傷にならないだろうから。




