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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
無意味なくちづけ編
26/51

25 私の甘え方

 ときどき、自分の中にある獣の血を意識する。

 それを言い訳にしていいのか、するべきなのかわからないけど。


 それとも案外普通のことだったりするんだろうか。

 例えば――白い首筋に歯を立ててみたいとか思ってしまうことは。

 昨日見たリベラの背中とうなじ。綺麗だった。


「……」

 忘れよう。朝の鍛錬の途中、まだ剣を振る回数は残ってる。私の犬歯が小さくて良かった。違う。雑念を払わなきゃ。


 まだ早朝のうちに歩き始めた。日中の一番暑い時間に大休止をとる計画。


「少しだけ背中がひりひりします」

「ごめん。加減がわからなくて……」

 私の背中はなんともない。思い出すとなんだかおかしな気分にはなるけど、多分それは心地よかったせい。


 昨日、お返しに私もリベラの背中を拭いてあげたんだけど、どうやら力が入りすぎてしまったみたいだった。


「どれくらい痛い……?」

「痛いというほどではありません。お気になさらず」


「でも」

 歩きながらリベラの背中側にまわる。

 それで何がわかるというわけでもないんだけど。なんとなく落ち着かなくて。

 なんだかリベラにはいつも「ごめん」と言っている気がする。


 リベラが私を見返る。昨晩も見た光景。あのときは月光に照らされて、今は朝陽に照らされて鼻筋が綺麗だ。瞳も好きだと思う。

「……笑ってる?」

「いいえ。ああ――そうですね。どうでしょうか」

「……?」

 朝の森のにおいと木々のざわめき。街道沿いとはいえ視界はあまり開けていない。虫の声もあちこちから聞こえてくる。


 私たちは――、私たちの今のところの目的地は、私の故郷の近く。ここから数ヶ月ほど北の場所。

 まだまだ着くのは先だ。だけどいずれは着いてしまうことが少し怖い。

 途中で寄り道ができればと思っている。たくさん。


「今日は異常なさそう?」

 横に並んで歩く。

「ええ。今のところは何も」

「わかった。私も同じ」

 リベラの色のない瞳に私の姿が映っている。私を見ているときは色が差す。


 いつの間にか、私は故郷から随分離れた場所までひとりでやってきていた。何かを探しているつもりで。あるいは悩んでいるつもりで。

 何もしないよりは、あるいは自分を許してしまうよりは……自分を許さないほうがマシだと思っていたのかもしれない。


「どうしましたか」

「あ……。ううん。別に」

 いつの間にか自分の考えに沈んでいたみたいだ。

「話したいことがあれば、何でも打ち明けてください」

「大丈夫。ただ逃げてるだけだって思ってた。それだけ」

「……」


 子供っぽい口調になってしまっていた。

 リベラが私の横顔を見ているのがわかる。相変わらずの色のない瞳なのに、今は私の頬の朱が映っているかもしれない。 


 ふたりで並んで歩いていたけれど、数歩先を行きたくなって早足になりかけたところで、リベラが私の腕をとった。


「無理なさらず」

「無理なんて――」

「いいえ。マノリア様は、自分が決めたことはやり遂げてしまう方です。頑なに」


 私の腕にリベラの腕が軽く絡んだ。それから下に降りていって、私の手を握る。

 歩く速度は自然とゆっくりになった。リベラの旅衣の袖はゆったりしていて肌触りも良くて、絡めていると心地いい。


「今まで学んだことも修練したことも。ここまでひとりで旅してきたことも。できると思ったからやってこれたのでしょう」

「……そうかもね」


「そして、呪いを受けたことも」


「……っ」

「自分ひとりで持てると思ったのでしょう」


 それは違うと言いたくなる。けれど口は開かなかった。だから今リベラに顔を見られるのがつらいと思った。

 ただ、握られた手の拘束を解くことは私にはできない。


「人は繰り返し自らの重荷を見出してしまうものなのです」

 前にも聞いた言葉だ。

 自縄自縛。呪われた私は、更に自分で自分を呪ってしまっているのだろう。


「――リベラ」

「はい」

「……呼んだだけ」

 二度目の「はい」という返事を聞きながら手を握り返す。


 お昼に休憩をとるまで、ずっと手を繋いで歩いてくれた。

 私は甘えている。


 ――その日の夜も野営。

 街道沿いの森を抜けるにはまだ時間がかかる。


 焚き火がお湯を沸かすのをぼんやりと眺める。

 夏でも焚き火を見ながら毛布にくるまってるのは好きだ。涼しいより暖かいほうが好きだから。


「マノリア様」

「……。うん……?」


 私よりも少しだけ焚き火から遠い位置で、リベラは毛布を敷布のように使って座っていた。

 ああいま呼ばれたんだとぼんやり思って、また考えごとをしていたことに気づく。


「……おいで」

「…………」

 優しく言われて抗えなかった。昼間、手を繋いでいたときみたいに。

 しゃがんで移動してリベラの隣に座って肩を寄せた。


 ……安心する。


 ぱちぱちと焚き火が爆ぜる音がして。


 夏の夜の空気は快適とは言い難いけれど、私は暖かいほうが好きだ。


「暑くない?」

「大丈夫です」

 リベラの瞳に焚き火の色が映っている。

「リベラも暖かいほうが好き?」

「どうでしょうか」


 曖昧な返事で戸惑ってしまう。

 リベラの好みを知りたいと思っている自分に気づく。


「昼間は、言い過ぎました」

「え? ううん。何も。私が考え事してただけだから」

「いえ。しかし……。そうですね。仲直りしましょう」

「うーん……。うん……」


 寄せ合った肩。その下にある腕にリベラの腕が絡む。袖の布地はやっぱり心地よくて、手のひらはあたたかくてすべすべしている。背中もそうだったけど、リベラの肌は白くて綺麗だ。あたたかくて。


 腕を絡めて。

 それから――小指も絡めた。


「……あなたが傷つきませんように」

「? 別に傷ついてないよ」

「故郷を目指して、元に戻ろうとするほど……。時間は人を傷つけるものです」

「……」


 リベラの神様がそう言ってるんだろう。

 風と放浪の神様は、時間の神様とも呼ばれていたと思う。


「そんなこと、全然ないよ」

 私は無根拠に言ってリベラの肩に頬を押し付けた。

 衣服の感触。


 これが素肌なら、かみついてしまってもよかった。私の牙じゃ傷にならないだろうから。

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