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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
無意味なくちづけ編
25/51

24 背、腕、交差・視線

 野宿。マノリア様は軍隊式に野営と言うことを好みます。

 夏ですが日が暮れてからの時間は思ったより長く感じます。これが秋や冬だとどうなるのでしょう。今から少しだけ楽しみです。


「なんとなくだけど、この辺りは安全だと私も思う」

「ええ。色のついた痕跡はありませんから」


 周辺を見て回っていたマノリア様が帰ってきました。わたくしは焚き火にあたりながら、地べたに座って丸太を背にしています。


「おかえりなさい」

「……うん。ただいま」


 少しはにかむ気配がありました。もしかすると、家族のようなやりとりの経験があまり無いのかもしれません。幼い頃に斥候隊に徴兵された方ですから。


「お湯を作っておきました」

「ありがとう」


「体を拭きますか?」

「そうだね。たっぷり沸かしてもらってるし。寝る前に少しだけでも」


「準備いたしましょう」

「え――。……えっと。自分でできるよ」

「背中だけでも手伝います」

「……うーん。うん……」


 なんとなくですが、今まで一緒に時間を過ごしてマノリア様の習慣は把握しています。夜は清拭して、朝は鍛錬の後に水浴びをしているようです。


 わたくしがそう言うならそれで良いか、というふうにマノリア様が少し離れた位置に座りました。


 珍しく考え込むように焚き火を見つめています。


 わたくしは、お湯を張ってある鍋をおろして清拭用の布を浸す作業を淡々と行いました。


 少し熱いくらいの温度。


「手、熱くない? 大丈夫? あの……ほら、絞るときが熱いよね」

「少しだけ。でもこれくらいのほうが心地良いでしょう」

「そうだね。……ありがと」

 指先に熱いお湯がしみますが、耐えられる温度です。


「では、お召し物を脱いでください」

「あの」

「はい」


「背中だけね。他は自分でできるから」

「ええ。もちろんです」


 頷くと、マノリア様はわたくしに背を向けてくれました。ただ一瞬、少しむくれた表情で振り返ったのを好ましく思います。

 わたくしが事も無げに頷いたのが逆に不満だったのかもしれません。恐らくこれからすることはマノリア様にとっても特別なこと。


 それから、彼女は裾をまくりあげて。軽く背で腕を交差させるようにしつつも――。


「……ごめん。やっぱりちょっと恥ずかしい」

 ――途中で止めてしまいました。

「何がでしょうか」


「わかんないけど……。肌を見せるわけだし」

「背中だけですよ」

「それでも。人にしてもらったことないから」

「…………」


 中途半端に背中を見せている姿勢。腰のくびれと背骨の形が、焚き火の光できゃしゃな影を作っています。


「初めて? 軍の斥候隊にいたときなどは」

「自分でするよ。同郷の人もいないし、私は獣人族だし。みんな遠慮してたんじゃないかな」


 話には納得いたしました。そういうこともあるのでしょう。同時に、役得だと思う浅ましい気持ちと、純粋に愛しい人に触れたいという気持ちが芽生えてきます。そのふたつの気持ちは対立しているわけではありません。


「お湯が冷めてしまいますから」

「あ……、そっか」

 それを言い訳にして、布をお湯に浸します。ちゃぷ、という音と絞る音がすると、マノリア様は観念したように肩越しにわたくしを見ました。


「お願い」

「わかりました」


 背中で細い腕が交差して衣服が脱げました。目の前には白くなだらかで意外なくらい小さな、マノリア様の背があります。

 清拭用の布を手に持ち、静かに当てました。


「あ……っ」

「熱すぎませんか」

「っ、大丈夫。ちょうどいい」

 彼女の腕が胸元にあるのはどうしても意識してしまいますが、今は気にしないように。


「優しくいたします」

「う……うん」


 一度、二度、三度と背中を往復させました。

「……っ」

 マノリア様の尻尾が大きく膨らんでいます。

「いかがですか?」

「……だ、大丈夫。そのくらいで……」

「もう少し?」

「そうだね。もう少しだけ」


 強く力を入れて拭うと肌に悪いと思ったので、あくまで優しく、弱い力で清拭していきます。

 ほとんど当てているだけです。


「獣人族の方はあまり汗をかかないと聞きます」

「そうだね。人よりは……、ん……」

 腕を大きく上下させて、これで十度ほどは往復したでしょうか。


「汗をかきにくいぶん、拭くのも水浴びも念入りにしたくて……」

「ええ、わかりました。お手伝いします」

 最後のひと拭きは特に念入りに、再びお湯を使ってからゆっくりと。


「お加減は。かゆいところはございませんか」

「……今の気持ちよかった。最後、またあたためてほしい」


 はい、と頷いて布を再びお湯に浸します。

 肩越しにマノリア様がこちらを見ているのがわかりました。どこか困ったような表情。首筋の血色も良くなっているようです。


「あと少しだけ……」

 頬も桜色に染まって。

「はい。三度ほどにしておきましょう」

「うん。それくらいがいい」


 マノリア様はいつも静かではありつつも溌溂とした印象があるのですが、今だけはひたすらにおとなしいように感じます。


 尻尾の毛並みもゆるんで大きくなっているのは、心地よさで油断しているからでしょうか。


「……いーち」

「…………」


「にーぃ……」


「さーーーん…………」

 細く長い吐息。尻尾が一往復だけします。


「……ありがと。あとは自分でする」

「ええ。どうぞ」


 温布を渡してから、背中が冷えないように毛布をかぶせて――ゆるく抱きつきます。


 首筋に鼻先を埋めるようにして。


「リベラ……あの」

「いかがなさいましたか」

「……なんかちょっと恥ずかしい」


 その言葉の響きも意味も心地よく感じました。

 

「次は私がリベラの背中をしてあげる」

 そんな反撃があるとは思いませんでしたが。


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