20 弱さは隠せない
リベラの体を抱きながらベッドに倒れ込み、押し倒す。
「きゃ」
短い悲鳴が耳に心地良い。よくない衝動がわいてくる。
胸が高鳴って苦しいまま、リベラの顔を挟むように両手を突いた。文字通りベッドに押し付けるような格好。
どうしよう。このまま……このまま? 私はリベラを。
正面から顔を見つめて考える時間が欲しかった。緊張とよこしまな幸せの時間が。けれど――。
「痛……つつ」
左腕が耐えられずに崩れ落ちてしまう。
「まだ完治していませんから」
「うん。そうみたい……」
左腕から力が抜けたせいで、リベラの右肩に額をくっつけて、これじゃ本当に犬が伸びをしているような姿勢だ。
「落ち着いてください」
「……わかった」
左腕をかばいながらリベラに寄り添うように横になった。
いま何時だろうと思う。窓の外は薄ぼんやり明るい。朝方か夕方か。長い間治癒の力を注がれていたみたいだから、夕方は通り越して朝になっているかもしれない。
「無理なさらず」
「……うん」
優しい言葉をいいことに顔を寄せた。無理やり押し倒しておいて、我ながら虫が良すぎると思う。でも痛みには耐え難くて。
仰向けになって膝だけ立てる。こうすると腰に隙間ができて尻尾が楽だから。
窓からの明かりでリベラの眼窩と鼻に影ができている。綺麗だ。
まばたきの音が聞こえた。自分の耳が動いてしまっているのがわかる。リベラの反応のすべてを捉えようと神経を集中させているから――。
恥ずかしくなって目線だけは逸らした。
耳は完全に向いてしまっているのに。
「……不安ですか?」
「そうだね。不安だ」
「傷の痛みが引けば、不安も和らぎます」
「…………」
そういうことじゃないよ、と言いかける。けれどリベラが左手を握ってくれて何も言えなくなった。
指を一本ずつ絡ませて。互い違いにして誓い合うように左手を合わせ、治癒の奇跡を注いでくれる。
あたたかくて心地良い。
この指の拘束を解くことはできないと思った。軽く絡ませているだけなのに。指の股、付け根が上下して、更に深く。
「私は、リベラにうそをついてたことになるのかな」
「いいえ」
黒い瞳が私を見つめる。
「本当に弱いところは隠せないものです。ですからいっそ、嘘も心が休まります」
数秒考える。
どういう意味なんだろう。
見つめ合ううちにだんだんわかってきて、頬が熱くなった。
すべてお見通しだと言われたんだ。多分。
「リベラ、」
「離れないで。まだ治癒が必要です」
手はあくまで深く握られている。動けない。
ベッドで横になって向かい合ったまま、ひたすらあたたかさを受け取るだけになってしまった。
「もう少し落ち着いたら、水を飲んで、それから食事もしましょう。寝ている間に調達してきました」
「わかった。ありがとう」
「左手はずっと繋いだままで」
「……そうなの?」
「そのほうが効率がいいですから」
「もっと効率がいい方法がいい。……してくれたでしょ」
「そうですか?」
リベラは微笑んだのだろうか。
「はやく治りたい」
言い訳のように付け足す。
小さなうそ。それでいっそ心が休まるなら。弱さを見せるという形で甘えていいのなら。
「はい。ではそのまま。動かないで」
左手は繋いで、私は言われた通り横になったまま。リベラだけが半身を起こす。
優しく見下ろされた。
見つめ合うのが心地良くてほだされる。
もう間合いがとれない。踏み込まれてしまう――。
左手が痛まないようにゆっくりと動かされた。私の頭の上に位置するように。
ベッドの上、優しい磔にされる。
「神よ。影の谷でわたくしたちを照らし、よき風で包んでください」
当たり前の聖句だ。何度か聞いたことがある気がする。でも今は少し嫌だった。こんな屈服するような姿を照らされたくない。
「祝福を」
組み敷かれたまま。握った指の股、付け根が上下して、更に深く。白い袖に覆われて包まれる。
リベラの体が覆いかぶさって、私の左腕の付け根にくちづけた。
少しだけ吸われたような。
あたたかな湿り気。
ああ、でも軽い。
文字通り軽い。
リベラの体は少し浮いていて、私に体重をかけることはできていない。
左手を繋いでいるだけでは唇が離れてしまう。
ずるい、と思いながら私はあいている右手で浮くリベラを抱き寄せた。
欲しいと思ってしまったならこうするしかないから――ずるい。
「……っ」
どちらからともなく息が漏れる。再度リベラのくちづけ。傷ついた場所に。あたたかく心地良い奇跡の力が流れ込んでくる。
思わず顔を逸らしたところで、リベラがつぶやいた。
「弱さは隠せないのです。いつも表れていますから」
――祝福を。
無防備な首筋にもくちづけが。
少しだけ肌を吸われる。
湿った感覚。
あたたかなその先端は、唇に覆われた部分の中心でかすかに上下した。
引きつるような微かな痒みがあるような何かが引っかかるような独特の甘い痺れが訪れる。
触れているか触れていないかわからないくらいの強さなのに、唇が当たった一点の感覚だけがどんどん強くなって熱を持っていく。
何をされているのかわからなくなる。でも治っていくのがわかってしまう。
私が考えていることがわかったかのように、一瞬だけ唇を離して笑み。
「注いでいます」
一秒ごとに左腕の痛みが去る。次の瞬間、どんな今よりも快調になって。くちづけの感覚が焼き付いていく。
「も、もう大丈夫――」
思わず強く抱きしめた。
そうすることでやっと閃く光が消えた。
「慰められるよりも慰めることを。与えられるよりも与えることを」
お祈りの終わりの聖句だ。
リベラが何度かつぶやいているのを聞いたことがある。
「ゆるすことによってゆるされ。あなたの器となれますように」
神様の奇跡にはきっと遠慮がない。リベラの言葉を借りるなら、神様は人間の事情なんて考慮しないんだ。その偉大さに似つかわしくないことだから。




