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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
蝋の司祭編
19/51

19 人は繰り返し自らの重荷を見出す

 風が吹き抜けていく。頬をくすぐられた。

 ああ、だからこれは夢だ。

 私は宿の部屋にいたはず。


「う……」

 眩しい。


 目に入る光景は故郷の村。積もった雪が半分融けている。ということはやっぱりこれは夢なんだ。今は夏で春先じゃないから。


 いつかの朝。

 私は剣の手入れを終えたところらしい。口紅のためではなく、剣のために口に紙を挟んでいた。吐息の湿気で錆びさせないために。


 口紅を引いてくれたのは……。そうだ、リベラだ。

 でもリベラはこの夢にはいない。このときはまだ出会ってないから。


「リベラ」

 口に出して言ってみても答える声があるはずがない。ただ風が吹き抜けていくだけだった。


 夢の不可思議さを確認しながら村の中心に進む。何やら賑わっている。

 村の英雄の帰還だとか。


 私は思い出す。

 故郷の村の英雄。よく知っている。

 私には幼馴染がいた。彼女は魔物を打ち倒す武勲をいくつもあげて英雄になった。

 気弱で、でも頭は良くて、何より優しい子だった。いつだって周囲のことを考えられる彼女だから、きっと仲間に信頼されて大願を成し遂げたんだと思う。


 絆の力は何よりも強い。

 信頼できる仲間がいるのは良いこと。きっと最高のこと。それはなくならない。……はず。


 私は心から笑って幼馴染の彼女を迎えた。


 ――おかえり。

 強くなったね。

 何年ぶり?

 ずっと会いたかった。


 抱きしめたくて腕を広げる。

 かわりに彼女が差し出したのは笑顔と――刃。


 貫いた。

 私を貫いた。

 刃が私を貫いた。

 鋭い刃が私を貫いていた。

 君の持つ鋭い刃が私を貫いていた。

 大好きな君の持つ鋭い刃が私を貫いていた。


 耳鳴りがする。風が頬に触れる。呆気あっけにとられる私の視界、バカみたいに振り返ると血でぬめる刃が背に見えて――、抜かれた。

 私は崩れ落ちる。


 彼女は背を向けて剣を一払いした。血が、命が散華する。私の彼岸花を咲かせる。


「――――ッ」


 暗転。


 目が覚めた瞬間に体が冷えていく。大量の寝汗と荒い息。くるしい。手を閉じて広げる。何度か繰り返す。指先が冷たい。温度が欲しい。

 

 私は私だ。かろうじて。


 ――思わず胸を押さえた。刃はない。当たり前だ。さっきまでのは夢だったのだから。胸も背も確かめる。刃の入口も出口もない。

 恐怖が私を偏執させている。


 息を整えながら自分の体を見下ろした。するとベッドの脇、つっぷして寝ているリベラの姿が目に入った。


 酷かった左腕の裂傷はほとんど癒えている。


「……リベラ」

 呼んで、肩を揺さぶろうとして躊躇した。触れて怖がらせたことがあるから。

 でも触れたい。

 不安でたまらない。


「リベラ」

 もう一度呼ぶ。

 リベラがまぶたを開けるのと同時に私はその体を抱きしめ――、ない。抱きしめたいけれど。

 でもまだ。許可してもらってないから。

「抱きしめていい?」

「ええ――」


 抱きついて、抱きしめた。


「マノリア様……?」

「ごめん。不安で……夢を」

「悪い夢を見たのなら、わたくしのせいかもしれません」


 夢のなか。風が頬をくすぐっていたのを思い出す。あれはリベラの。


 体の奥のもっと奥、魂に触れられる感触。ざわざわして落ち着かなくて不安で。でも私は抗議できない。リベラの命を先に危険に晒したのは私だ。


「申し訳ありません」

「ううん……。私のほうこそ」

「安静に」


 リベラがおずおずと腕を伸ばし、私の背を抱いた。ベッドの上。座りながら抱き合う形になる。

 リベラが遠慮しながら抱いてくれて、私は――。


 私は――、大切にされているんだと思った。

 気を遣われている。

 場違いなのかもしれないけれど。優しくされている。この瞬間だけかもしれない。次の瞬間には嫌われているかもしれない。

 でも今はそれだけのことが嬉しかった。

 リベラが私なんかを尊重してくれている。どうしてだろう。私なんかにそれだけの価値があるとは思えない。


 なんか、といったら逆に失礼になるのだろうか? 抱かれながら私はまた荒くなりかけた息を整える。


「私は……」

「はい」

「一度、死んでると思う」

「ええ。わたくしにもそれはわかります」

「やっぱり――」

「けれどそれだけです。命が少し欠けている。それ以外はわたくしと何らかわりません」


「……そっか」

 ずっと不安だった。今も不安だ。


「リベラ……。あの」

「はい……?」

「リベラは神官だからわかるの? 本音を言うともっと調べてほしくて」

「何を調べましょう」

「ずっと疑ってた。本当はもうとっくに私は……」


 化け物に成り下がって。


 大丈夫です、と言ってリベラが私を深く抱きしめた。


「先ほども言った通りです。わたくしと何らかわることはありません」

「……でも」

「わたくしの魂のいくらかが神に捧げられたのと同じように、マノリア様の魂は――」


 胸が痛む。ぎゅっとつっかえるような感触。

 夢で見たのは本当の思い出じゃない。私は貫かれてなんていない。ただ幼馴染と話していただけだ。


「――呪いに囚われています」

「…………」

 それは事実なのだろう。

 あの日からずっと寂しいままだ。それが、この感覚こそが、欠けているということなのか。


 あたたかさが欲しくてリベラの体を抱きしめる。

 柔らかさをかき抱く。

 貪るみたいに。

 けれど足りない。

 欠けている。知っていた。どれだけ祝福をもらってもあたたかさをもらっても。


 私はあの子に呪われている。


「……神は、言いました」

 リベラが息苦しそうに言うほどに抱きしめてしまっていたのに気付いて、努力して腕の力を緩めた。


「人は繰り返し、自らの重荷を見出してしまうと」


 私は自由になれない。その宣告だと思った。

 リベラの体を抱きながらベッドに倒れ込み、押し倒す。



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