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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
蝋の司祭編
18/51

18 あなたは、死んだことがありますね

 左腕をだらんと下げたマノリア様が、右腕で剣を突きつけます。

 同じく片腕をなくしたアゴタは諦めたように剣先を見つめました。

「……これだけ生きてもなお、生きながらえようとしてしまうなんて」


 自嘲の嗤いをマノリア様がまっすぐに見つめます。


「ううん。アゴタはもうずっと前に死んでる」

「……」

「生き延びたのはアゴタじゃなくて呪いだ。病人の延命が病の延命になってしまうのと同じ」


 マノリア様の残酷な宣告を受けてアゴタはうなだれました。あるいはこの問答も何度もアゴタのなかでなされたものなのかもしれません。そしてマノリア様のなかでも。


「――ええ、ええ。わかっています。何もかもとっくに失われている」


 地下を満たしていた呪いが消えていきます。魔法陣は燐光を失い、アゴタの肌はいよいよ蝋よりも白くなり、琥珀の瞳からも色が亡くなる。


「この身はあたたかな記憶にしがみつく亡者でした。やがて朽ち果てましょう」


 マノリア様がわたくしを振り返ったのがわかったので頷きます。それで剣を納めて――マノリア様はその場に崩れ落ちかけました。


 駆け寄ってふらつく体を支えます。


「……リベラ」

「はい」

「ありがとう……」


 ――よい神の尖兵を見つけましたね、とアゴタがつぶやきました。

 琥珀の瞳の焦点はもはや合ってはいませんでしたが、わたくしのほうを見ています。

 ――ですがいずれ死ぬでしょう。

 琥珀から色が失われていきます。呪いが霧散して、やがてアゴタは形を保っていられなくなるはず。命もまた呪いですから。


「ご忠告、ありがとう存じます」


 ――死は何度でも。

 という言葉が付け足されます。嗤って。

 無意味なものだとこのときは思いました。


 マノリア様の体を支えながら外に出ると星空。あたたかくも冷たくもない空気がわたくしたちを包んでいます。


「リベラ」

「……はい」

「ごめん。死ぬところだった」

「治癒を」


 マノリア様の体が熱を帯びているのを感じました。左腕の大怪我のせいでしょう。少しでも鎮めなければ。


「ううん、私が死ぬんじゃなくて、リベラを殺すところだった――」

「無理して話さないでください。安静に」

「どうなるかはわかってた。でも負けたくなくて」

「ええ」

「ごめん」


 マノリア様が突いた隙は、生きながらえたいという隙でした。しかしそれは反面、自らは退路を確保しないということでもあります。

 生存、撤退、逃亡、生きたいと願うならばそこに力を割くべきです。でなければ身を亡ぼす。しかしそこに力を割いただけ必ず後手に回る。10の実力を持った者同士がぶつかれば、退路の確保に2を使ったほうが負けるのです。

 死んでもよいと思うから死に、生きたいと思うから殺される。戦いで命を落とすのではありません。戦いが命を殺すものなのです。


「……ごめん」

「何も気にしないで。すべてあなたを思ってのことです」


 宿に帰って熱い体をベッドに横たえました。わたくしは椅子に座って、夜の間、少しずつ戻ってくる奇跡と祝福の力をマノリア様の体に注いでいきます。


 明け方頃には左腕の傷口がなんとか形だけは塞がって、ずっと浅かった息が穏やかになりました。血を拭いた布を取り替えて清潔にしようとして、自分の手からの出血も思い出し、傷ついていないほうの手だけを使います。


 朝。

 日が高くなってきて。


「……リベラ?」

「……はい。ここにいますよ」


 わたくしも半分寝入りかけていたようです。わずかながら戻った力でまたマノリア様に手当てしようとして、浮いてしまっていることに気づきました。


「行かないで」

 マノリア様が右腕を伸ばしてわたくしの裾を掴みました。

 そのままゆっくり引き寄せて、ベッドに横たえるように抱いて。


「頭、あずけてくれたら、うれしい」

「……はい」


 ベッドの上に投げ出されたマノリア様の右腕に頭を預けます。柔らかくてしなやかで心地良い腕の筋肉。引き締まっているのにあたたかいものは生きた人の体以外にはないと知りました。


「左腕は、まだ動かせませんか」

「うん……熱くて」

「大変。上にして、心臓よりも高くなるように」


 なけなしの力を左腕に注ぎます。呪いはなくなっているはずですが、傷口は深く、変色していました。


 マノリア様が眉をしかめます。

 回復の過程。痛みがあるのでしょう。

「ごめんなさい。ですが痕を残さないためにも、少しずつでも治癒を」

「わかった」


 回復と死は似ている。どちらも途中が苦しいから。


 二人でベッドに横になって向かい合い、お互いの顔を正面から見据えています。戦いの後の高揚がまだ残っているせいもあるかもしれません。


「申し訳ありませんが、わたくしも体力が……限界で」

「ううん。ありがとう。感謝してる」

「ですから……。気を失っていても治癒を施せるように」

「……?」


 マノリア様の腕枕の深いところ、肩に額を付けました。そして傷ついた左腕を引き寄せて、わたくしの頭を抱く格好をしてもらいます。


「痛くはありませんか」

「うん、平気」

「失礼します。――くちづけを」


 抱かれながら傷口に唇を添わせます。熱を持っている。

「あ、つ……」

「これで、わたくしが眠ってしまっても。治癒の奇跡が施されます」

 がさりとした傷の感触。元通りになりますように。

「……うん。あ……、今もちょっとあったかくて……。心地良い」

「離れないように」

「わかった……」


 マノリア様の腰の下に手を入れると少し隙間を作ってくださいました。わたくしは両腕を腰にまわし、マノリア様には頭を抱えてもらって、簡単に離れてしまうことはなくなります。


 唇を寄せて。

 奇跡を。


 いくらか時間が経ったのでしょうか。

 わたくしの目の前でかさぶたが剥がれ、傷口が白い二の腕の肌へと変わります。

 しなやかでやわらかい。脇の動脈の近くでとてもあたたかい。


「……くすぐったい」

「がまんしてください。治っている証拠です」


 深く抱くと、抱き返してくれました。唇で軽く食んで、祝福を送り続けます。


 迅く苦しみが取り除かれますように。神の癒やしが天で行わるるように、地にも行われんことを。


 力を注いで眠ってしまいそうになる瞬間。


 ふと――天啓が訪れました。細くしなやかな体を抱き、額を付けるのは二度目。

 唇を付けるのは初めて。

 通じ合ってしまうのに十分な時間と深さで、わたくしは剣士の魂に触れています。


「マノリア様――」

 明晰さが訪れる刹那、わたくしは思わずそれを口に出してしまいます。


「――あなたは、死んだことがありますね」

 息を呑む気配。

 魂に触れました。


「……うん。私は私を殺した呪いを、探してる」


 ならばこの傷を愛でましょう。

 ひびの入ったそれを優しく撫でました。


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