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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
蝋の司祭編
16/51

16 まつ毛を合わせて

 目の前には安らかな寝顔。わたくしから祝福を注がれて安心してしまってよいのでしょうか。神の奇跡など、手続きの代行に過ぎないのに。


 横になったまま体が徐々に浮いてしまいます。

 どこかに掴まるべきか悩んだところで、目を覚ましたマノリア様が腰を抱えてくれました。


「すごい。やっぱり浮くんだ」

「ありがとう存じます」


 長い午睡を経て外は黄昏時です。二人で体を起こしました。支えてくれる人がいるのは嬉しいこと。


「大丈夫?」

「ええ」


 わたくしを抱えていた手が恐る恐るといった雰囲気で離れます。するとやはりわたくしの体は少し浮いてしまいました。

 ベッドに腰掛けた姿勢のままですが、徐々にお尻が浮いて体が傾き始めます。

 完全に斜めになってしまう前に肩を押さえてくれました。


「……あんまり大丈夫に見えない」

「繋ぎ止めてくれる人は必要ですね」

「わかった。どこにも行かないでね」


 マノリア様が身支度を整えるのを眺めます。剣を少し抜いて刀身を見て、ブーツを履き直して紐を固く結ぶ。髪の毛を整えて、手袋をはめ直す。


「どうかした?」

「いいえ」


「村で見たあの首無しの騎士。あれはあいつが作ったものだと思うけど……」

「ええ。同じ意見です」

「あんなことをしてるのに、神様の力が使えるの?」

「はい」


「どうして?」

「神は偉大だからです」

「……」


 納得いかないというふうにマノリア様が私を見ました。


「落ち着いて。隣に座ってください」

「うーん……。うん」


 まだ時間はあります。そもそも指定された時間などないのです。あの毒婦は悠久を揺蕩たゆたうもの。そこに意味などないはずです。


「わたくしたちが使う奇跡も、マノリア様の剣と同じです」

「……?」

「それを振るう力があれば、自由に使えるのですよ」

「そうなんだ……」

「ええ。剣を振るう力と、剣を冶金やきんした力が別物であるように」


「神様って、それでいいの?」

「むしろそうでなくては。人であれ魔であれ、ちっぽけな存在が力を行使することについて、いちいち気にかけることは偉大な神にまったく似つかわしくないでしょう」


 ふぅん、とマノリア様が小さく鼻を鳴らします。納得しきっていない雰囲気をむしろ好ましく感じました。


 少し考える気配。

 そして――わたくしを見ました。


「リベラのことも?」

「はい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 マノリア様の肩を抱きます。

 午睡の間に少しだけ蓄えられた力を注ぎたくて。


「ちょっ、と、待って」

「……?」

「あ。ううん。多分大丈夫なんだけど。あふれちゃいそうな気がして」

「では、少しずつ。ゆっくり」

「……うん」


 祝福の力の器としては、神に仕えるわたくしのほうが容量が大きいのは当然のこと、失念していました。


 抱いている体の力の流れを意識します。細い、けれど獣人族はわたくしたちを上回る膂力としなやかさを持っている。

 その隅々にまで行き渡るように。


 額と額をつけて。慎重に。


「この街はどうなっちゃうんだろう」

 言われて少し考えてしまいました。

 マノリア様がどういう思考をしているのか。


「さあ。あるべき姿に戻るだけです。恐らく、あれは人の心の穢れを集めて“外”に捨てている」

 その結果が不死の騎士。呪いの虫たちのひとつひとつが人々の心の芥でしょう。


 また少し考える気配。

 けれどマノリア様は何も言いませんでした。

 額と額を付けたまま。まばたきすればお互いのまつ毛が触れてしまう距離。


「マノリア様は――」

「……?」

「――もう勝つつもりでいるのですね。勝ったあとのことを考えている」


 数秒の逡巡。頷く気配。


「……呪いには負けたくない。負けられないんだ」

「はい」

「逃げることは考えてない。ごめん。付き合わせて」

「いいえ。お供いたします」

「何も聞かないの?」


 ええ、今は。そう返してから聖句をつぶやきます。

 天のいと高きところには神に栄光。


 ありったけの祝福を注いで、額を離すまえに、実際にまつ毛でまつ毛に触れてみました。


「ん……? リベラ?」

「どうかしましたか」

「くすぐったい……。ささっちゃいそうだし」

「そうですね」


 一度目を閉じてから、丁寧にゆっくりと開けていきました。

 カサ、と乾いた細いものが触れ合う音がして、わたくしとマノリア様のまつ毛が接しているのが徐々に見えてきます。


 もし目が潤んでいれば、まつ毛の触れ合いで乾いた音は鳴らないのだろうという当たり前のことを思いました。


「くすぐったいってば」

「はい。ただ、わたくしも、あなたに付き合ってほしくて」

「あ……うん。それなら。付き合う……」


 もう一度目を閉じてから、ゆっくりとまばたき。

 猫が愛情を伝える仕草はこうだと聞いたことがあります。

 マノリア様はオオカミなので通じないでしょうが。


「……暗くなってきましたね」

「そう? あ……そっか」


 黄昏時から徐々に夜へと。その過程で、マノリア様の瞳孔の形が変わるのを間近で見ることができました。


 わたくしは初めて知りました。

 ひとの機能を観察することの楽しさを。少しの変化が愛しいということを。生きているからだ。


 くっつけたままだった額を離します。それから深く肩を抱きました。喉を喉に合わせるように。

 祝福を注ぎきって、もうわたくしの中には何も残っていません。


「……大丈夫? 立てる?」

「手をとってください」

「わかった」


 ふらつくわたくしの手をとってマノリア様が立ち上がります。


 二人で、これから。夜の礼拝堂を訪れることになるでしょう。


 わたくしたちはきっと勝ちます。

 誰が何を望んでいても。

 神が何も望んでいないとしても。


 この広い世界で神がわたくしたち一人ひとりを気にかけるようなことは、その偉大さに全く似つかわしくないのですから。


 何もかわりはしません。

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