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呪われ剣士と、浮いてる神官  作者: porori
蝋の司祭編
11/51

11 わたくしの勇者さま

「体が軽い気がする」


 あれから少し経って早朝、マノリア様が朝の鍛錬にと剣を手にしています。

 わたくしは切り株に座ってそれを眺めています。


「祝福のおかげかな」

「どうでしょうか」


 今はその首筋は首巻きで隠れています。痕が残っているわけはありません。ただ口づけただけですから。

 体が軽いのも気のせいでしょう。


「マノリア様はどこで剣術を?」

「故郷の国の軍で。私の出身の里から徴兵される約束があるから」


 マノリア様の故郷は、厳しい環境で有名な山間の国でした。精強な傭兵を輩出していることでも知られています。


「徴兵されたのは、十歳くらいの頃だったと思う」

「それは大変ですね」

「選ばれることは里の民にとっては誇りだから、大変じゃないよ」

「でもその年頃なら友達と遊びたいでしょう」

「友達……。そうかな。リベラは?」

「わたくしは、商家に長くお世話になっていました」


 マノリア様が腰だめに構えた長剣を抜いて斬りつける動作をします。しかし一瞬後にはもう刃は鞘に収まっていました。

 わたくし達の間に落ち葉が舞っています。綺麗に二つに斬られたものが。


「商家……育ちが良さそうだもんね」

「そうでしょうか」

「うん。街に行って、宿をとろう」


 気を遣われているのかもしれません。わたくしは構わないのに。


「マノリア様の故郷というと、やはり獣人族の里なのでしょうか」

「うん」


 頷いてから彼女は微笑みます。

「やっと聞いてくれた。少しは興味を持ってくれた?」

「わたくしは……。失礼のないように、深入りしすぎないようにと」

「私も。リベラのこと、もっと聞きたかったんだけど。遠慮してた」


「少しずつ、聞いていい?」

 マノリア様が近づいてきて、座っている私の手をとりました。


「きゃ」

「ごめん。驚かせた」

「いえ。かまいません」


「足をそろえて座ってるとお姫様みたい」

 マノリア様なりにわたくしの所作を褒めてくれたようです。あまり意識していなかったことですが、今は嬉しく思いました。

 所作など旅路に役に立つものではありませんが、好ましい表現をされたのであれば喜ぶべきでしょう。


 わたくしの手をとったまま、マノリア様は中腰になりました。

 目が合います。

「…………」

 しかし何も言いませんでした。

 何かを言おうとしているのは伝わってきます。

 お返しにその手を両手で包みました。朝の時間。林の靄に陽が当たって。


「……荷物をまとめるね。今日の夕方には街に着けるかも」

「はい。手伝います」


 太陽が出ている時間はずっと歩いて、わたくし達は城塞の街にたどり着きました。

 先日の村で邂逅した神官団の名前を出すと門番はあっさりと通してくれました。


 夜の街。

 大通りから一本入った小路を見ると酒場が軒を連ねていて、機嫌よく談笑する大声が聞こえてきます。


「平和そうだね」

「ええ」

「首無しの騎士の呪いの元はこの街じゃなさそう。ここを越えた先のどこか――」


「失礼ながら、マノリア様」

「う、うん」

「街中といえど警戒するにこしたことはありません」

「わかった」


 宿の一室をとりました。ベッドが二つ置いてある二階の部屋です。マノリア様が先に階段を登り、あとをついていくと、目の前でふさふさの尻尾が揺れます。獣人族は同じ氏族で集まって住むそうです。オオカミの氏族なのでしょう。


 部屋の扉を開けると、窓からは付近の酒場の明かりが見え、喧騒も漏れ聞こえてきました。

 ……穏やかで本当に平和そのものです。


「その、わたくしも自信があるわけではないのですが」

「うん。もっとリベラを信じてってことだよね」

「……」

 神官ともあろうものが、うまく説明できずに黙り込んでしまいました。

 わたくしは荷物を置いてベッドに腰掛けます。


 朝、マノリア様が今と同じように口を噤んでいたことを思い出しました。


「そばに来てください」

「……うん?」


 マノリア様が黙り込んだときと今のわたくしが同じ状態だとするのならば、何か言いたいというよりは、何か言ってほしかったのでしょう。


「わたくしの勇者さま」

「…………」

「信じてくださいますか」


 わたくしの前に勇者さまは跪き、忠実に見上げてくれます。

「……わかった」


 こんなことはおままごとに過ぎません。けれど村の誇りとして幼い頃にその身を兵として差し出されたのであれば、きっと空白がたくさんあるはずです。


 わたくしの持つ祝福の力に代償があったように、マノリア様の剣と俊敏さにもきっと代償が。


 手の甲を差し出します。

 すると勇者さまは恐る恐る口づけてくださいました。


 少しだけ湿った手の甲の一部分が熱を持ち、引きつるような甘い感覚をもたらします。きっと朝にわたくしが与えた祝福がわずかに返ってきたのでしょう。


「さて。今度は隣に」

「……? うん」

 ベッドに加わる重み。


「酒場に情報収集に行きませんか」

「そうだね、わかった。いいと思う」

「少し待ってくださいね」


 ベッド脇のサイドボードの上に置いた、私物の小物入れを引き寄せて膝の上に置きました。


「少しお化粧を」

「え――、するんだ」

「ええ。身だしなみは整えたほうがよろしいかと」

「…………」


 酒場の薄暗さ、ヴェール越し。両方を考えます。

 大したことはしませんが、きっと素顔よりも美しく見えることでしょう。隠れていることで想像がかきたてられるものです。


「……神官なのに」

 マノリア様はなぜか少し不満げでした。

「商家にも長くいましたから」

 手鏡を少し動かして横顔を盗み見ます。長いまつ毛。濡れた濃紫の瞳がわたくしを見つめて。

 

 最後に紅を塗り終わってから振り向きます。

 数秒見つめているとマノリア様はばつがわるそうに視線を逸らしました。

「マノリア様にも」

「私? 私はいいよ」

「いいえ、よくありません。素顔で美しいほうがかえって目立つものですから」

「そう、なのかな」

「わたくしに任せて」


 この素顔を街の酒場の野卑に晒したくありません。まだ旅路を共にして日も浅いのです。まだしばらくわたくしだけのものにしていたい。


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