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一話

 ジーワジーワ。

ミーンミンミンミン。

熱帯雨林にでも来たのかと疑う程の蒸し暑さのなか、(ゆず)はうちわ片手に伸びていた。

風と除湿のため開かれた窓から差し込む陽光が床を白く照らしている。

「、、、あぁ〜〜〜っぁ暑っつい〜〜、、、」

あるかなきかの微風に、柚は溶けた氷菓子のように机に伸びていた。

「何もこんな時に冷房が故障しなくても良いのに〜、、、涼しいとこに避難したいよねぇ〜たま」

にゃあと寄ってきた黒猫を抱き上げ、比較的涼しい日陰に寝転がると、最近寝不足だったせいかすぐに深い眠りについた。

深く、深く。もっと深く、、、。


 柚が目を覚まして最初に飛び込んできた景色は満天の星空だった。

「え、、、星?いくら夏でもこんな綺麗な、、、いやそれよりも、、、」

のそのそと起き上がり、辺りを見渡す。

見渡す限り、木と木で形成された森。その森の開けた場所に柚はいた。近くに街灯もなければ人影もない。

完全に迷子状態になってしまった。

オロオロと何処に行こうか迷っていると、草むらから、ナニカが現れた。

ぽっかりと開いた黒い穴のような目をした人影は、ニタァと口に弧を描きながら柚を物欲しげにじっと見る。

「イイノミツケタァ」

 その笑みを見た瞬間、背筋に冷たいものが滑り落ちた。逃げろと本能が告げている。心臓付近にある名前の分からない血管が騒いでいる。

気が付けば、柚は転がる勢いで黒いナニカと逆方向に走っていた。

「う、うわぁぁっぁぁ!!!」

走る走る。前へ前へ、全速力で走る。呼吸が苦しくても無視して走る。

人ひとりやっと通れるような小道を見付け、そこに身を隠した。

ひたひたと足音がする。遠くに行くまで待つ。助けが来るように強く強く願う。

「イタイタイタ」

狂ったように歯をカチカチ鳴らすそれの手が伸びてきた刹那―――

ザシュッ。

鋭いもので斬られるような音がして、パラパラとそれは崩れていく。

「、、、、、、」

一瞬、何が起こったのか理解できなかった。

 軍服に身を包んだ髪の長い男性は、月明かりに反射したサーベルを(さや)に戻し、柚を凝視する。―――サーベル?

「娘、怪我はないか」

「え、、、あ、はい」

底冷えのするような、硬く低い声。

恐る恐る顔を上げると、背の高い男性と目が合った。怜悧(れいり)な面差しに見下ろされ、緊張が走る。

二十代くらいだろうか。助けてもらった恩人に対して無愛想で威圧的な人だなぁと思ってしまうのは、仕方ない。

せっかく綺麗な顔立ちが、、、とかなんとか考えていると、男性は口を開く。

「それよりもだ、何故こんな夜更けに出歩いていた」

柚はどう言い訳しようか悩んでいた。

ここが何処か分からない以上、下手に動くとまずい。さっきの黒い人影のようなモノもそうだし、何より目の前に立っているこの男性もコスプレみたいな衣装で怪しい。

何かの映画の撮影に自分が乱入している可能性もあるが、、、というよりその説の方が高い。

「おい娘」

「は、はい!」

「何者だ」

「ただの女子高生です、、、!」

 押し問答を繰り広げていると、こちらに走ってくる男性が見えた。

「よー咲真!こんなとこで一体何して、、、ってこの子めちゃくちゃ可愛いじゃん!」

走ってきた男性は柚の手を取り、名前は?どこ住み?女学生だよな!とややナンパじみた言葉をつらつら並べるが、柚は無造作に髪を束ねた男性の服装を珍しそうに見ていた。

無地の紺色和服に袴を穿()いている。着物姿だ。

中は、白いスタンドカラーシャツ。これは和洋折衷(わようせっちゅう)の書生服というやつ。明治時代の学生服だね。

「おい(いさむ)。お前は今日、非番じゃなかったか?」

「いや〜、俺は大山勇。咲真の親友さ☆」

「違う」

コントのようなやり取りを続けていると、柚が聞いた。

「あの、、、此処は何処ですか?」

二人がピタリと止まった。咲真が柚の顔を覗き込む。

「、、、迷子か。名は何と言う」

「望月柚、、、です」

「柚ちゃんね。その珍妙な服は、、、えっと、、、」

何処から取り出したのか分からない手の平サイズの手帳にスラスラと文字を書く勇。

「二人の方が不思議だと思います、、、」

「勇は同感だが、何故俺まで、、、」訳が分からないと言ったように自分の袖口に目をやる咲真。

「はぁ!?俺は普通だ!」

「じゃあ何で書生服を着ているんだ。学生でも何でもないだろう」

「書生服の方が若く見られるから良いじゃんか!」

「詰襟の方が良かったのではないか?」

「お前なぁ、、、」

またもやコントを始めた二人を心配そうに見る柚は、そっと一歩引いた。

「さっきは騒がしいところを見せてすまないな。俺は入谷咲真だ。で、コイツはただの同僚だ」

明らかにただのを強調させて勇を指差す。

「それにしても、珍妙な格好だな〜。何処の職人が作ったやつ?巴里(パリ)伯林(ベルリン)、、、いや、西班牙(スペイン)の可能性も、、、」

ちょいとパーカーを摘みながらまじまじと見る。

「メイドインジャパンです、、、多分」

パーカーと短パンにそこまで興味を持たれるとは思わず、柚は首を傾げながら答えた。短パンと言っても膝より少し短い長さだ。どこも珍妙と言われる程、可笑しくはないはずだが、、、。

「舶来品じゃないの!?じゃあ、横浜の仕立て屋かな?腕の良い外国人の職人がいるらしいから、、、でも、短すぎない?」

「短いですか、、、?普通だと思うんですけど」

「普通じゃないね、、、」

 むしろ、その軍服は何処で調達したのかこっちが聞きたいくらいだ。

既製品なのかオーダーメイドなのか分からないが、作りはかなり本格的だ。本物の軍服など見たことないから比べようもないが、、、。

金色の刺繍が施された紺色の軍服のベルトに付いているのは本物か偽物か分からないサーベル。ひと目で位が高い人が着るものだと分かる衣装を咲真は着こなしている。

やけに完成度が高いコスプレ衣装だなぁと、柚はぼんやり思う。

「、、、役者さんですか?」

「警察だ」

「け、警察!!?」

ばっと両手を上げる柚を怪訝そうに見る咲真。

「何か逮捕される心当たりでもあるのか?」

「な、ななななないです!!」

「おーい、柚ちゃん?」

ひょっこり顔を覗き込む勇から慌てて目を逸らす。

下手なことを口にすれば、逮捕されてしまうかもしれない。それだけは本当に嫌だ。

「家を教えてくれないか?一応被害者だし、(くるま)屋に送ってもらおう。それに親御さんにも説明しないといけないから」

「それが、、、その、、、ここ何処ですか?」

ここが何処か分からないし、そもそも東京かどうかすら怪しい。

「、、、記憶障害?確か田中がそんな名前の症状があるって言ってたような、、、」

「あ、いえ、記憶喪失って訳じゃないんですけど。気が付いたらこの森にいて、、、その前まではたまと一緒に冷房が壊れた部屋で寝ていたんですけど、、、」

優しい口振りで目線を合わせながら聞く勇は、泣きかけの子供をあやすように頭を撫でる。

「れいぼう、、、?あ、そうだ。これいるか?」

ころんと一つのキャラメルを柚の手の平に乗せる。

「俺も最近食べてみたんだが、美味しくってな。しかも一個五厘という、、、」

「勇」

「ん?」

「もう食べている」

お腹が空いていたこともあって、貰った瞬間包み紙を開けて口に放り込む。

口に入れた途端、口の中に広がる甘くて懐かしい味。自然と口がニヤけてしまう。

「幸せだ〜、、、」

「元気が出たみたいで良かったな!」

「そうか、、、?」

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