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ドラコ、飛ぶ。



 ここは黒鉄町。日本の某所にある地味な町。

 昔は商店街が盛んだったと、聞く。

 盛んだった。

 そう、過去形である。最近はイオンが建ったせいでめっきりシャッター街と化したらしい。この世の無情である。


 そんな場所に迷い込んだのは────。



「こ、ここは何処だ……」



 全然違う異世界からやってきた、魔法使いの少年である。





◆◆◆◆




「ふっ、ふふふふ」



 ことの発端は、数分前に戻る。

 抹茶色の髪の毛に黒い瞳の少年は、石の壁に黄金の線で描かれた魔法陣の前で両腕を上げていた。喜びのポーズをし汚い笑みを浮かべていた。



 彼の名は、ドラコ・ライネハル。

 またの名を────魔王。



「てっ、転移魔法陣……!!ついに完成したぞ……!!」



 ドラコは自分のメモ帳を確認した。実験はいよいよ大詰め、動作確認の最終段階へと入る。



「ふふふふ、僕の理論が正しければ……座標を指定して、呪文を唱えれば、門が開いてその場所に瞬間移動できると」



 完成した壁画の円の真ん中にゆっくりと手を当てる。そしてこれが実践投入できるようになった晴れやかな日常を思い描く。



「これがあれば……もう苦労することなんてない」


 

 いままで散々な目にあってきたもんだ。

 自分の工房から一歩出ればスライムに襲われ、森を抜ける間にお金はピクシーに盗まれるわ、王都についたと思ったら自分の顔の手配書が出回ってるわ、勇者や冒険者に追いかけ回されるわ。

 やっとの思いでジャガイモを買えた帰り道にワイバーンに身体ごと巣に連れ去られて。

 毎度毎度、毎度、毎度、毎っっ度、対処に追われて苦労した。

 けど、そんな日常ともおさらば。



「────天よ、その光の道筋と、星座を紡ぐ力を持って、我を望む世界に導きたもう。座標は王都に。いくぞ!!転移魔法!!」




 魔法の陣が回転し、次元の穴を生成する。穴のあちら側は、糸をひく星々が宇宙のように広がっていた。

 ドラコの小さい身体が吸い寄せられる。胸の襟を、見えない手で引っ張られる感覚。

 そして転移する。




 日本に。




◆◆◆◆




「あーれぇ……」



 おかしいな。ドラコは思った。

 まず目に入る馴染みのない建築物。木や石とは違う、鉄に近い素材を使っているように見える。

 近くに立つ看板をコツンコツンと叩く。



【ようこそ黒鉄町へ】



「知らない言語に、知らない素材、なんだこの場所は。間違いなく僕の知ってる王都じゃない……!!」



 転移魔法が誤作動を起こしたか。座標がどこかにずれ込んでしまったみたいだ。

 果たして、千を超える書物を読んできたドラコですら、聞きも知りもしない初見の場所。ジャパン。



「おおお、落ち着け落ち着け。僕は魔王と恐れられたぐらいの男だぞ……!!日和ることなんてないんだ。一旦工房に戻ってから、ここがどこか調べてみよう」



 と、ドラコは後ろを振り返った。

 が……しかし。



「あれ……門がない」



 世界をつなぐ出入り口は消えていた。

 まあ要するに。



「どうしよう、これって、帰れない……!?」



 即座の対応に難あり。先代の魔王からドラコへの評価はそう判を押されている。

 案の定、突然の異世界転移に理解が及ばず、あわわわわわと、慌てふためき、ぐるぐる回る。



「いやまて、まだ帰れないと決まったわけじゃない。壁にもう一回魔法陣を書けばいい話だ」



 ドラコは周囲を見渡し、平らな壁を探す。

 あれはどうか、シャッターを差して、凸凹すぎてだめだな思って断念する。あっちはどうだと指を刺す、あれもシャッター。

 というかここにある壁というものは全部シャッター。開店前の商店街だから当然だ。けれどドラコがそれを知る由もない。



「あの壁は描きやすそうだな……よし」



 そして見つける、スプレーでサイケデリックに塗装された汚い壁を。

 世界観は違えど、ドラコにもこれが、落書きあることは理解した。だからこそ思う。この壁なら魔法陣を書いてもよさそうだ。

 誰も文句は言わないだろうし、壁も平らで描きやすそうだから。

 肩掛けの鞄に手を突っ込み、ドラコはこの世界でいうところのチョークに近い石を取り出して、ガリガリと壁を削っていく。



 スプレーの落書きの、上から。



「────おいガキテメェ、そいつぁウチら我威刃闇ワイバーンに喧嘩売るってことでいいのかぁ?」


「え?」



 街のペイントアートを上から塗りつぶす行為、それすなわち書いた主への宣戦布告にあたる。

 気づけばドラコは、不良集団に囲まれていた。金髪、茶髪、黒マスク、サングラス、金属バット。おおよそそんな外見で統一された大男たち。

 喋ってる言語については、なぜかドラコの故郷と同じだった。



(独特な格好だ……先住民族なのか……!?すごい怒ってる……!!怖い、怖いよう)



 ドラコは震えた。

 全員もれなく人相が悪いのだ。ゴブリンだってもう少しマシな目つきだ。鋭く睨んでいる。



我威刃闇(ワイバーン)に喧嘩売ってんのかって聞いてんだよぉ!?」


「わわわ、ワイバーンだって……!?」



 当然ながら我威刃闇(ワイバーン)がヤンキーのチーム名であることがわかるはずはなかった。ドラコにとってワイバーンとは両腕が翼で顔がトカゲの空を飛ぶ生き物。

 そんな化け物と、この民族は何か関係があるのだろうかと、思考を巡らす。



(この壁は、まさか、ワイバーンを封印する石碑なのか……!!だとしたら僕はまずいことを……)



 よって、よくわからない勘違いをした。



「すすす、すみま!!すみません!!悪気があったわけじゃなっ、な、なかったんです」


「あ?そりゃ無理があるよなぁ?コスプレ野郎」



 グループのリーダーと思われる赤髪にサングラスの男が、珍しいものをみるようにドラコの服の上から下を眺めている。そんな様子に、気の短い輩は痺れを切らした。



「じれってーぜ。おい総長。こいつもうやっちまおうぜ」


「「そうだぜそうちょー!!」」



 声を荒げる。しゃーねえな、とリーダーは笑う。そしてドラコに圧を持って命ずる。



「おいテメェ、ちょっと跳べよ」


「とべ……??」



 跳べよ。小銭の擦れる音が鳴ったら、カツアゲの合図。ヤンキーといえばお馴染みすぎるセリフを男どもは言った。



(僕は試されているのか……)



 だがドラコは異世界の転移者だった。そんな言葉に馴染みなどない。



「わかった、今から飛ぶよ」


「おう」




 言われた通り、覚悟を決めた。ドラコは集中する。その真剣な表情に周りのヤンキーたちは困惑する。なにやってるんだろう、コイツはと。ただその場でジャンプするのに、なぜそんな切羽詰まったような顔をするんだろうと。



「モタモタしてんじゃねえよ、跳べって言ってんだよ!!」



 男が、なかなか跳ばないドラコの脛に向かって蹴りを一発入れようとした。

 が。それと同時に。




「はっ!!!」



 ドラコは飛んだ。

 空を。

 飛んだ。


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