第98話 EP12-1 裏切者とお人好し
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
エレノアは、コルトル将軍の執務室にいる。執務机を挟んで、自席に座るコルトル将軍の前に立つ。
エレノアは、三十歳手前の女だ。赤い短髪で、ハスキーボイスで、今は魔物ハンターで、かつては帝国の将軍だった戦闘狂だ。
「さすがはコルトル将軍。最期まで御見事です」
手にした長剣を振りあげる。討つべき対象のコルトルを、背筋の凍るような冷酷な目で見おろす。身に纏う帝国騎士の黒鋼のプレートメイルが、ガチャガチャと冷たく鳴る。
コルトルは、精悍な、白い短髪の、初老のナイスミドルだ。帝国最強の将軍と名高い男だ。今日は厳つく立派な帝国鎧ではなく、執務用の軍服姿だ。
小砦で知り合って一食奢ってもらっただけの顔見知りに、知らぬ間に大きな借りができた。ちょうど機会があったから、借りを返すために手伝いにきた。亡王国のレジスタンスに協力する立場でもあるから、西の大砦に侵入したついでに、これ幸いと最強の首を取ることにした。
迷いはあった。帝国の皇帝だろうと迷いなく斬れるが、コルトル将軍だけはそうはいかない。
コルトル将軍は、ほぼ全ての帝国騎士の恩師であり、ほぼ全ての帝国軍人の恩人である。不本意ながら冷酷と評判だったエレノアでも、恩師で恩人を躊躇なく一刀両断、は難しい。
だから、ここに至るまでに迷いを捨てた。迷いよりも大事なものがあった。ちっぽけで利己的な、エレノアにとってはとても大事なものだ。
「お覚悟を!」
手向けの言葉を添えて、長剣を振りおろす。
◇
カチャッ、とドアノブが動いて、執務室の扉が開いた。思わず剣をとめ、扉の方を見た。
開いた両開きの扉から、ピンク色の長い髪の少女が顔を出す。
「ねぇ、コルトル。ちょっといい?」
お人好しでガサツと分かる口調だった。エレノアもコルトルも、その少女を知っていた。
「あ、もしかして、取込み中だった? ゴメン、出直すわ」
ビックリした顔で、顔を引っ込めた。ガタン、とガサツに扉が閉まった。
「……」
エレノアは気を取り直して、コルトルを見おろす。剣を振りあげ、振りおろす。
また、カチャッ、とドアノブが動いて、執務室の扉が開いた。思わず剣をとめ、扉の方を見た。
やはり、開いた両開きの扉から、ピンク色の長い髪の少女が顔を出す。嬉しそうに表情が明るい。
「来てくれたんだ、エレノア! ちょっと間に合わなかったけど、来てくれて嬉しいわ! あ、取込み中よね、ゴメンゴメン」
一方的に感謝して、顔を引っ込めた。ガタン、とガサツに扉が閉まった。
「……」
エレノアは再び気を取り直して、コルトルを見おろす。剣を振りあげる。
三度目、カチャッ、とドアノブが動いて、執務室の扉が開いた。開いた両開きの扉から、ピンク色の長い髪の少女が、申し訳なさげな顔を出した。
「やっぱり、先に、コルトルに挨拶させてもらっていい? スピニースさぁんが城を出ちゃったらしいから、追い駆けたぁいのよね。今のうちに挨拶しないと、面倒なことになりそうだし?」
急にカワイイ声になったりした。状況が分かっているような、分かってなさそうな、微妙な感じだ。
「……クッ、アッハハハッ!」
エレノアは、思わず大笑いした。
「クァッハハハッ!」
コルトルも、続いて笑った。
大笑いしながら、振りあげた長剣をおろし、鞘に納める。カチン、と軽快に鳴る。失敗したのに、どこかにまだ迷いが残っていたのか、晴れやかな心地がする。
「やはり、闇討ちで取れるほど、コルトル将軍の首は軽くありませんね。帝国最強の将軍とは、いずれ、戦場で勝敗を決しましょう」
コルトルが、低く渋い声で、爽快と口元を吊りあげ微笑する。
「いいのか? 将狩りスパイダーといえども、儂は容易くないぞ?」
エレノアは答えず、微笑を返した。踵を返し、ピンク色の長い髪の少女、ピンクハリケーンが首を傾げる扉へと踏み出した。
いや、やはり、足をとめて、コルトルに振り向いた。
「コルトル将軍。私を二つ名で呼ぶのは、やめていただきたい」
エレノア自身の耳にも、心底嫌そうな声音だった。冷血だの鬼女だの鉄だの、悪口みないな二つ名しかないのが不服だった。若くして将軍となった、天才軍師で一騎当千で絶世の美女なのに。
「鉄の女という二つ名もあるぞ、エレノア将軍。強さを畏怖する『鉄の女』と、怖すぎて男が寄りつかないから『一生独身』をかけた、洒落の利いた」
「やめていただきたい」
笑い話のテンションで語るコルトルを、ギリギリと聞こえる歯噛みで黙らせる。扉の方へと振り向いて、執務室を出る。
これはこれで良かったのだろう。コルトル将軍を討てば、帝国の戦力がガタ落ちする代わりに、国内が混乱しただろう。治安が悪化しすぎて、帝都を目指すどころではなくなったかも知れないのだから。
◇
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれるランクSSの魔物ハンターだ。
「じゃあね、コルトル。食堂の食べ放題とか、よくしてくれて、ありがと」
コルトルに笑顔で手を振って、アタシも部屋を出る。前を歩くエレノアの背を小走りで追う。早く城を出てスピニースさぁんを捜したいと、気が急く。
「二人とも、待て!」
コルトルに大声で呼び止められた。
「やはり、儂も帝都に行くぞ! 帝国の現状をどのようにお考えか、皇帝陛下に直接伺わねば気が済まぬ!」
コルトルが、広い歩幅で足早に追ってくる。カツカツとリズミカルにブーツを鳴らす。
「西の大砦の守りは、どうされるおつもりですか? 魔物どもが諦めたとも限りませんよ?」
エレノアが、呆れて肩を竦めた。
対してコルトルは、自身の執務用の軍服の、襟の、将軍の階級章を掴む。ブツン、と音をたてて引き千切る。早くこうすべきだったと皮肉っぽく笑いながら、石造りの廊下の、飾り気のない床に投げ捨てる。
「帝国の意向に背くことになるゆえ、軍人は引退である。お主の望む通りに、帝国最強の将軍がいなくなってやるのだ、喜べ。その代わり、儂も帝都に連れていけ」
アタシの肩を叩いた。なぜか、エレノアではなく、アタシの肩だった。
「えっ、アタシ関係なくない? 西の大砦の領主なんだから、自分の軍隊で突破してよ」
アタシは、肩に乗る手を乱雑に振り払った。
「だから、軍人はやめると言っておる。そう邪険にするな、ユウカ。儂とお主の仲だろう?」
「アタシは単なる雇われの魔物ハンターよ。頼りにされたら何でも快諾するお人好しじゃないのよ、コルトル。……お互いに呼び捨てって、仲良しかっ?!」
アタシは、思わずツッコんだ。エレノアが、我慢できないとばかりに笑っていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第98話 EP12-1 裏切者とお人好し/END
読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでくれる人がいると、書く励みになります。




