第97話 EP11-7 遺跡の主
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
甲冑の転がる薄暗い石のフロアは、古ぼけた本の散乱した書斎になっていた。
「お初にお目にかかる、ミレリア王国の王族よ。某は、かつて魔王と戦いし賢者の末裔である。お見知りおき願おう」
美声に似つかわしい、二十代半ばの端正な顔立ちの男だ。貴族的で身なりもいい。
男が、手にした分厚い本を、分厚い本が溢れる本棚になおす。別の分厚い本が、溢れて床に落ちる。
男だ。だが、たぶん人間ではない。頭に羊みたいな巻き角があり、脚が獣みたいな逆関節になっている。
「ああ、某は、諸君らの呼ぶところの魔物である。ただし、近くの人里では『亜人種のゴートさん』で通しているから、よろしく頼む」
オレは、反応に困って黙りこくる。ツッコミどころ満載で、ツッコミ慣れたオレでも、どこからツッコめばいいか分からない。
オレはリード、十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
亡国の王女ハルシアと亡国の女騎士シャティエと、王国に伝わるらしい『魔王に対抗できるアイテム』を探しにきた。
「驚くのも無理はあるまい。まずは、掛けたまえ」
背凭れも肘掛けもある高価そうな木の椅子を勧められた。
ハルシアが、背筋を伸ばして姿勢よく腰掛ける。シャティエはハルシアの左後ろに立つ。
オレも座らない。ゴートとやらが敵か味方か、疑い、警戒し、油断なく観察し、推し量る。
「ミレリア王国王女、ハルシアです」
毅然としていた。敢えて愛嬌を排した、王族の謁見の雰囲気だ。
「騎士たちの態度から、疑う余地はなかろう。まずは、好きなだけ質問したまえ。疑問を残して進む話もあるまいからな」
ゴートが、椅子に深々と腰掛けた。巻き角と脚の逆関節以外は人間と変わらない、美形だ。気位の高そうな、感情の読めない無表情だ。
最初の質問は重要である。この交渉の結果すら左右する。
オレたちは、魔王に対抗する何かを譲り受けにきた。
交渉相手のゴートに、王国や王女に対する敬意は見えない。魔物を自称するだけあって、人間の権力には無頓着のようだ。せいぜい、他国の権力者と見える権力者、程度だ。
だからオレたちは、その何かを譲り受けるに値すると、交渉で示さなければならない。魔王に対抗できる人間だと、確信させなければならない。
困難な交渉だ。何が困難って、戦闘専門のオレに交渉能力はない。同様に困って、毅然を崩すまいと口元を引き攣らせるハルシアにも、なさそうだ。
頼みの綱のシャティエを、横目に見る。ハルシアも、同じく横目にチラと見る。察したシャティエが、小さく頷く。
さすがは騎士だ。教養も身体能力も領地もある、文武両道の権力者側だ。
「ゴート殿は、羊の角なのに、なぜゴート殿なのですか? シープ殿ではないのですか?」
そうきたかあああああああ!と、オレは動揺した。教養の使い方はそれでいいのか? いや、もしや、これが士族流の高度な交渉術なのかも知れない。
「いい質問である。某が初めて近くの人里を訪ねたときのことである。村の入り口で出会ったのは、人間の子供であった」
答えるのかあああああああ!と、オレは動揺した。まあ、いいけどさ。交渉ってヤツは難解だ。
「子供は某の角を指さし、山羊の獣人だと騒いだのである。子供ゆえ、勘違いしたのであろう。その頃はまだ、某は山羊なるものを知らず、訂正することなく、訂正されることもなく、『ゴートさん』と呼ばれて今に至る」
ゴートが、さも重要な話と神妙な顔で語った。どうでもいい話だった。
「人里と交流があるのですか?」
「交流なくして、食べ物をどうする? 自給自足するかね? まさか、香り高い紅茶や、発見に満ちた書物まで自給自足できるとでも?」
「それは、全くもって、おっしゃる通りです。専業化と分担が産業のあるべき姿ですね」
「某は、特技を活かし、魔法品を提供している。いわゆる物々交換であるな。とても感謝されているのである」
微妙に噛み合っていない、どうでもいい話だ。シャティエですら荷が重かったようだ。交渉を進めるために、いや、交渉を始めるために、オレが出るしかなさそうだ。
◇
「なあ、ゴートさん。ここには、魔王に対抗できるアイテムがあるんだろ? オレたちに譲ってもらえないか?」
オレは、ストレートにお願いした。回りくどいのは苦手だ。
ゴートとシャティエが、言われてみればそうだった、みたいな顔で驚いた。二人揃って、照れ隠しの咳払いをした。
「こほん。あー、うむ、焦らずとも、そのつもりだ。某は、そのために人間の世界に留まっているのである」
ゴートが、肘で跳ねるようにして椅子から立ちあがる。逆関節の脚で書斎の隅へと歩く。石壁に無造作に立てかけられた、古ぼけた鞘を握る。
石の灰色をした、古ぼけた鞘である。剣を納めているのだろう、石の灰色をした古ぼけた柄が伸びる。
埃が舞う。ゴートが咳込む。端正な顔の前の埃を、手を振って散らす。
「これは、かつての魔王との戦いで、人間の勇者が振るったと伝え聞く。鞘から抜けば、魔物は近くにいるだけで弱まる、退魔の剣である」
美声で語りながら、ゴートが前に立つ。胸の高さに鞘をあげ、厳かに柄を握り、大仰に剣を抜く。
「……熱っ!? えっ、痛、痛いっ?! ちょっ、何これ、無理っ!」
剣を途中まで抜いて、小芝居染みた苦しみ方をして、剣を鞘に戻した。
「……さあ、受け取るが良い、人間の勇者よ。これは、人間にしか扱えぬ」
美声で取り繕った。
「オレが受け取って、いいのかい? 王族でも勇者でもない、ただの魔物ハンターだぜ」
オレは、差し出された剣を受け取った。確認は、形だけのものだ。
王族のハルシア王女は剣なんて使えない。シャティエは騎士ではあっても勇者ではない。該当者がいないなら、この中では一番強いオレが持った方がいい。
ゴートが、これが返答とばかりに微笑した。椅子に深く腰掛け、逆関節の脚を組んだ。
「では、魔王とは何か、について話しておこう」
シャティエが、鋼籠手を挙手する。ガチャガチャと鳴る。
「魔物の王ではないのですか?」
「いい質問である。魔王とは、諸君らの呼ぶところの魔物の世界、ここでは魔界とでもしておこうか。魔界を荒らした不死のバケモノである」
「魔物ではないのでしょうか?」
ハルシアが毅然として聞いた。
「魔物なのか、違うのか、何処から来て、いつからいるのかも分からぬ。ただ、存在するだけで世界に穴を開け、魔界に大いなる災いをもたらした。長き戦いの末、勇者の手により空間の狭間に封印された、と聞き知る」
ゴートが、足元を指さす。空間の狭間とは人間の世界と魔界の狭間だと、言葉にせずとも伝わる。
「かつての戦いを描いた絵がある。百聞は一見に如かず。ご覧にいれよう」
机に乱雑に置かれた分厚い本の山に、古ぼけた布に巻かれた大きな板みたいなものを置いた。
埃を撒き散らしながら、布が取られる。六人掛けのテーブルほどに大きい黒の石板に、写実的でカラフルな絵が描かれている。暗黒の夜空に雷光が轟き、まさに魔王と勇者の決戦の図に違いない。
絵の中で、王冠を被った人間が王族だろう。剣を掲げた人間が勇者で、全身鎧の人間は騎士だ。
「それで、コイツが魔王ってヤツか」
「見るからに魔王ですね。古き邪神とでも呼ぶべき容貌です」
「まぁ、恐ろしいですわ。海の底から海上に現れる巨大な海神、見た目は無数の触手の集合体ですのね」
「それは、魔物の勇者である」
ゴートが真顔で注釈した。
『……え?』
三人で声を揃えて、絵とゴートを三度見した。
「だから、それは、魔物の勇者である」
ゴートが真顔で繰り返した。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第97話 EP11-7 遺跡の主/END
読んでいただき、ありがとうございます。
楽しんでくれる人がいると、書く励みになります。




