第94話 EP11-4 死霊の森
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
「たぶん、この辺りだと、思うんだけどなあ」
オレは、小砦ジフトで買った地図を広げる。
オレはリード、十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
ハルシアが持つ古い地図と照らし合わせ、目的地の目星をつけた。かつては王国だった、今は帝国の、南部の森の中だ。
「古い地図で申し訳ありません、リードさん」
ハルシアが、申し訳なさげに肩を落とした。
「遠い昔に魔王を封印した何かを隠した場所を記してあるんだろ? 古くて当たり前だと思うぜ? 新品だと逆に嫌だと思うな」
オレは、地図の上下左右をクルクルと回しながら返答した。
森が深い。王国の時代から人間が立ち入ろうとしなかった、王国の時代から『死霊の森』と呼ばれた危険地帯である。ときどき、ピギャーピギャーと鳥だか魔物だか判別のつかない、密林っぽい鳴き声が聞こえる。
木々の太い幹の間を抜け、背丈より高い下草を掻き分ける。湿った土を踏み、雨水の小川を跨ぎ、足取りの覚束ないハルシアの手を引く。
「ありがとうございます、リードさん」
シスター服のハルシアが、汗と湿気に湿ったベールを片手で避け、微笑む。ハルシアは、亡国の王女である。
「リード殿。たいへん申し訳ないのですが、少しペースを落としていただけませんか」
シャティエが、プレートメイルをガチャガチャと鳴らしながら追いついた。汗だくだ。シャティエは、亡国の女騎士で、レジスタンスの副団長だ。
「だから軽装にした方がいいって言ったろ、シャティエさん」
死霊の森には、オレとハルシアとシャティエの三人で入った。
オレは、何年も森で魔物と戦ってきたから、森での行動も戦闘も得意だ。森なら、ちょっと強いヤツが相手でも負けない。
ハルシアは最高ランクの御嬢様みたいなものだから、控えめに言って、運動全般に向いてない。シャティエは、立派なプレートメイルと長剣と大盾で完全武装していて、凹凸が多く泥濘んだ足場の悪さに、当然のように歩きが重い。
オレが二人を引っ張るしかない。二人もフォローしながら危険な森の探索とは、正直きつい。先が思いやられる。
「ちょっと休憩しようぜ。目的の遺跡とやらに着く前に、力尽きちまう」
二人を気遣って、開けた草地に肩掛け袋を降ろした。上から日が差して、土も乾いていた。
◇
「リード殿。自分は、もう駄目です。見捨てて、先に進んでください」
重装備のまま木に寄りかかって座り込んだシャティエが、疲れ果てた顔で告げた。
「少し休めば動けるだろ。大袈裟だな」
シャティエの本気か冗談か分かりづらいボケに、素早く正確なツッコミを入れた。
シャティエは、見た目は、しっかり者の女騎士だ。中身は、どうやら、頼りないお姉さんだ。
ハルシアが草むらに布を敷き、崩し気味に座る。息が荒く、俯き、華奢な肩を落とし、見るからに疲れている。
「御気遣い、痛み入ります。ハァ、ハァ。わたくしは、大丈夫です」
本当は、オレ一人で探索したかった。森の探索に、ハルシアもシャティエも足手纏い以外の何ものでもない。
でも、遺跡の鍵となるだろうペンダントは、王族にしか使えない可能性が高い。ハルシアが一緒でないと、遺跡を見つけても徒労に終わるわけだ。
ハルシアが同行するなら、ハルシアの護衛が必要だ。腕に覚えがあっても、戦闘力皆無のハルシアを守りながら魔物と戦うのは不可能に近い。ザコのヴォンヴァッド相手ですら、できなかった。
ならばと、護衛にシャティエが選ばれた。この体たらくでも、魔物との戦闘経験が豊富な、レジスタンスでトップクラスの実力者だ。残念ながら、エレノアもジラルドも、まだ戻ってきていない。
つまり、止むを得ない事情で、足手纏い二人を引っ張っている。情報の少ない森の探索は、逃げ隠れしやすい少数精鋭で間違ってない。人選もベストだと、オレの名誉のために主張しておく。
「オレが見張るから、二人とも横になってていいぜ。昼飯は、いい水場がなさそうだから、保存食な」
オレは、二人の方を気にしながら、周囲を見まわした。
明るい草むらの周囲には、太くて高い木々が並び、薄暗い森が広がる。ピギャーピギャーと密林っぽい鳴き声が聞こえ、死霊の森の名に相応しい不気味さである。
しかし、朝から真昼まで森を進んで、まだ魔物に遭遇していない。夜行性が多いにしても、薄暗い森なら昼間っから動くヤツもいる。これなら、リードが暮らした北の端の方が出る。
「嫌な予感がするぜ……」
呟いた。
魔物ハンターの経験上、こういう森には強い魔物がいるはずだ。他のヤツらが居つけなくなるほど、縄張りに固執する強い勢力だ。
「ハルシア様。自分が、自分がお食事のご用意を」
精魂尽き果てたシャティエが、木に寄りかかったまま、両手を前に伸ばす。何かを掴もうとするように、虚空に手を動かす。
日が落ちる前に遺跡を見つけたかったが、無理そうだ。オレは一息ついて、肩掛け袋から乾パンを取り出した。今は、二人が早く回復するように務めるしかない。
◇
夜の森に、ホォーッホォーッと鳥だか魔物だか判別のつかない鳴き声が聞こえる。照らすもののない暗闇には、ポツンと焚火の炎だけがある。
「くぁっ」
オレは短く欠伸した。
乾いた土に座って、焚火に追加の枝を刺す。パチパチと鳴る。乾いた枝が少なくて、炎が弱い。
まあ、獣避けくらいにはなるだろう。ハルシアの寝顔に、頬が緩んだ。
ハルシアは寝相よく布に包まって、穏やかな寝息をたてる。
シャティエはプレートメイルを脱いで、広げた布の上で寝返りを打つ。寝相が悪い。魘されている。
夜間の見張りの半分を頼むつもりだが、ここまでの惨状を見ていると起こしづらい。でも、徹夜で見張りをして日中の探索を続けるのは嫌だ。
焚火に追加の枝を刺す。パチパチと鳴る。夜の森に、ホォーッホォーッと何かの鳴き声が聞こえる。
暗闇に、小さな焚火の炎だけが揺れる。森の夜が、静かに過ぎていく。
「……っ?!」
木々の向こうの闇に、物音が聞こえた。ガサガサと草葉が揺れ、カチャカチャと硬く乾いた音だった。
シャティエの肩を揺さぶり、小声をかける。
「シャティエさん、起きて」
「んぁ? もう、朝ですか?」
シャティエが寝惚け眼で起きた。
「近くに何かいる。剣と盾だけ持ってハルシアさんを守って。鎧を着る余裕はないぜ」
小声で指示を出した。しゃがんだまま腰の長剣に手をかけ、音のした方に意識を向けた。
ガサガサと、闇の中から何かが、無造作に出てくる。カチャカチャと、硬く乾いた音で動く。
骨だ。人と、野犬らしき獣と、大きな鹿と、熊の骨だ。骨が、自ら動いて、森の闇の中から焚火の弱々しい明かりの中へと、現れた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第94話 EP11-4 死霊の森/END
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