第89話 EP10-15 町の混乱
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
女騎士ジュディスの別荘から、林を抜け、田園を抜け、内壁をくぐり、大小の建物が建ち並び人がごった返す町中までやってきた。
オレはリード、十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
「何だ!? 何が起きたんだ!?」
「城だ! とにかく城に逃げろ!」
人々が混乱し、逃げ惑っていた。不安に動けず、怯え震えて、身を寄せ合う集団もあった。明確な指針がなく、てんでバラバラに、無意味に動きまわっていた。
分かるのは、唐突に爆発音が響いて、大砦を囲む高い壁の辺りにドス黒い煙があがったことだけだ。
ドォォォンッ!と、また唐突に爆発音がした。遠くにあがるドス黒い煙が増えた。
人々が一斉に、音のした方へと向く。一斉に黒煙を見あげる。一斉に、悲鳴をあげながら、バラバラの方向に走り惑う。
多くが黒煙の方を見あげて走り、何人か、ぶつかり合って転ぶ。逃げ惑う人々に踏まれないように、頭を抱えて地面に丸まる。
「きゃっ?!」
「おい、大丈夫か?」
目の前で転んだ少女を、慌てて助け起こした。
「あっ、ありがとうございます」
「城だ! とにかく城に逃げろ!」
誰かが叫んだ。
「壁に穴が開いたらしいぞ! すぐにホワイトウルフが入り始めるぞ!」
「城は遠い! 大教会に逃げ込め! 神様が守ってくださる!」
無責任な言葉まで飛び交い始めた。人々はいよいよ混乱し、半狂乱の悲鳴で逃げ惑った。
「無理よ、リード。こうなっては、なるようにしかならないわ」
「分かってるさ、エレノアさん」
オレは諦めて、少女の手を放した。少女は頭をさげてから、どこかに走っていった。
◇
「二人とも、こっちだ! 待っていたぞ!」
石畳の円形の広場で、ジラルドが手を振る。広場の中央に石造りの噴水があって、その前に三人で集まっている。
ジラルドは、二十代半ばくらいの男で、亡国の騎士である。武器で戦う鍛錬を積んだ筋肉をして、眼光鋭く体格もいい。頭から土色の布を被り、布の隙間から帯剣の鞘と金属鎧が覗く。
他の二人も、レジスタンスのメンバーだ。一人は、見た目が世間知らずの御嬢様シスターで、亡国の王女ハルシアだ。もう一人は、二十歳くらいのしっかり者で気の強そうな女で、ジラルド同様に亡国の騎士、副団長のシャティエだ。
「何があったんだ、ジラルドさん? かなり混乱してるみたいだぜ?」
オレの質問に、いつも生真面目なジラルドが、さらに深刻な顔をする。
「帝国軍が、大砦を守る壁に穴を開けた、と報告があった。大門から出る帝国軍を確認した、とも報告を受けている。真偽は保証できないが、もし本当であれば、真偽を確認する猶予すらあるまい」
「そりゃマズいぜ。ホワイトウルフが侵入したら、大変なことになるぜ」
オレも思わず、深刻な顔になった。
実力のある魔物ハンターなら、いかな危機も自分一人ならどうとでもなる、と楽観する。オレも、オレ一人なら逃げ隠れして生き延びる自信がある。
でも、ろくに戦えない人を守りながら、は難しい。パニックで逃げ惑う人々を守りながらとなると、不可能だと断言する。想像を絶する被害が、確実に出る。
「いくら小心者のシュッツでも、まさかそこまでは……。いや、現状は、最も説得力のある推測か。シュッツの臆病を過小評価しすぎたか」
エレノアが、真顔で思考を巡らせる。独り言に続いて、ジラルドを見る。
「ジラルド殿。私たちは何をすればいい?」
誰もが狼狽える中で、エレノアだけは冷静だった。一人だけは、被害が出るのは当たり前、と予定に組み込める冷徹な軍人だった。
エレノアさんがオレより強い点の一つである。感情が揺れず、慌てず、狼狽えず、戸惑わず、恐れず、嘆かず、絶望しない。常に高い性能で、安定した結果を出す。
ときには、自身の命すら手駒として使う。エレノアさんを怖いと感じる点の一つでもある。
「二人には、仲間の半数を率いて、大砦を出た軍を追ってほしい。案内役としてシャティエを同行させる。ハルシア様を安全な小砦まで、護衛も頼みたい」
「そんなっ?! わたくしも、一緒に戦います!」
華奢な体で抗議するハルシアを、ジラルドが大きな手で制する。
「今回は、魔物が相手となるでしょう。先の戦いでお分かりの通り、自分たちではハルシア様の御身を守りきれません」
体格のいい男が、悲痛な表情をしていた。自身の非力が悔しげだった。反論を投げつけられる雰囲気ではなかった。
「……分かりました。わたくしは、足手纏いとならないように、リードさんたちとご一緒させていただきます」
ハルシアも、心情を汲み取らざるを得なかったようだ。世間は知らずとも、人の心は知るようだ。
「尻尾を巻いて逃げ出したシュッツの追跡と、ハルシアの護衛ね。任されたわ。それで、ジラルド殿はどうするの?」
「壁の穴を塞ぎ、人々の安全を確保してから追う。自分たちにも原因の一端はあろう。無責任に放置はできない」
ジラルドは、どこまでも真面目一辺倒な騎士だ。性格的に、シュッツが悪い、では済ませられないのだろう。
「また無事に合流しましょう」
エレノアが、右の拳を突き出した。
「武運を祈る」
ジラルドが、拳を突き合わせた。
オレも、シャティエも拳を突き合わせた。ハルシアも、見様見真似で、おずおずと拳を突き合わせた。
◇
「おい! そこの体格のいいの! 魔物ハンターか!?」
逃げ惑う人々の中から、帝国軍の黒鋼のプレートメイルの男が声をかけてきた。
エレノア以外の全員が、緊張を顔に出した。ハルシア以外の全員が、気付かれないように剣の柄に手をかけた。
その帝国軍の男は、背が高く、その割に肢体が細い。伸びた黒髪がウネウネと硬く波打ち、毛玉みたいに丸く膨らみ、愉快な見た目をしている。肌は浅黒く、彫りが深く、三十歳くらいの外見だが、実年齢はもっと若そうな気がする。
問題は、鎧の凝った意匠から、階級の高さが窺い知れるところだ。階級の高い騎士であれば、今この北の大砦で起きていること、その原因がエレノアとレジスタンスであることを知っている可能性も高い。
マズい。この状況は非常にマズい。顔を隠した五人が集まって、混乱する町中で平然と話し合っていては、『怪しい集団です』と宣伝するも同然だ。
怪しまれて兵を呼ばれれば、斬り合いになる。斬り合いが始まれば、人々はさらに混乱する。町が完全にパニック状態に陥り、本当にどうしようもなくなる。
「むむっ?! お前ら、もしや」
毛玉髪の帝国騎士も、何かに気付いたとばかりに表情を変えた。訝しんで眉根を寄せ、一瞬、腰の剣の柄に手をかけようとした。
「……いや、この期に及んで、どうでもいいか。今は一刻も早く、ビュフィさんを……」
しかし、何かを呟いて、剣を握るのをやめた。剣を握らなかった手を頭上にあげ、大きく振った。
「市民をハンターギルドに避難誘導したい! 手を貸してくれ!」
オレたちは、五人で顔を見合わせる。
ジラルドが無言で頷く。頭に被る土色の布を外し、顔をあげ、毛玉髪の帝国騎士に手を振り返す。
「ここは、自分が協力する! 仲間たちも、散って避難誘導させてもらう!」
「有難い! 貴公らの勇気に感謝する!」
浅黒く彫りの深い顔が、パッと明るい笑顔になった。侵略者で仇の仲間、帝国軍人の極悪非道なイメージからは程遠い、よくいる優しいオッサンの顔だった。
なんだか調子が狂うな、と思いながら、オレはその場を離れた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第89話 EP10-15 町の混乱/END
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