第87話 EP10-13 リード対エレノア
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
オレはリード、十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
北の大砦では、エレノアのかつての腹心の部下、ジュディスの別荘で世話になることになった。静かな林の中に建つ、木造の小規模な宿屋みたいな、白くオシャレな外観の建物での一夜が明けた。温かい風呂、贅沢な料理、白いフカフカのベッドだった。どれも、森のボロ小屋では味わえない夢心地の体験だ。
「ふわぁ。今日くらいは、稽古は休みでいいんじゃないかな、エレノアさん」
オレは、欠伸をしながら、朝靄の煙る早朝の林に立つ。腰の長剣を抜き、軽く素振りする。
「死ぬ瞬間に、今朝の怠惰を後悔してもいいなら、いいわよ?」
エレノアが微笑して、腰の長剣を抜く。
エレノアは、三十歳手前の女で、赤い短髪で、ハスキーボイスで、灰色のコートを着た魔物ハンターである。オレの師匠で、かつては帝国の将軍だった戦闘狂である。口が悪いのに、悪口みたいな二つ名ばかりなのを気にしている。
「ちぇっ。エレノアさんは厳しいなぁ」
オレは舌打ちして、長剣を両手で握り、腰の高さに構えた。
「私は、優しいわよ? 冷血でも、鬼女でも、鉄でもないわよ?」
エレノアが、微笑の端を不服そうに引き攣らせた。長剣は左の片手で握り、半身で胸の高さに構え、剣先をオレの顔に向けた。フェンシングに近いスタイルだ。
稽古は、互いに実戦用の長剣を使う。オレの防具は鉄板で補強した灰色の革鎧、エレノアは灰色のコートである。
技量に自信と信頼はある。それでも、気を抜けば大怪我をする。一つ息をはき、集中する。
「いくわよ!」
エレノアが、楽しげに告げた。ほぼ同時に踏み込み、長剣の剣先をオレの胸に目掛けて突き出した。
こっちも剣で、左上へと弾き流す。金属の刃が打ち合い、キィィンッと高く鳴る。
返す刃でエレノアのコートの肩を狙うが、すでに飛び退いて、剣の届く距離にはいない。
これが、エレノアとオレの違いだ。
エレノアのは、突きを多用する、対人用の剣である。オレのは、力任せに大きく振る、対魔物用の剣である。
強い魔物の多くは、大きく高耐久で急所不明だ。与える負傷の小さな突きでは、致命傷となりにくいのだ。
「ところでさ、エレノアさん。どうして、シュッツの野郎にオレたちの存在をバラすようなことしたのさ? バレなきゃ、奇襲のチャンスもあったろうに」
オレは言い終えるなり、追い駆け、踏み込み、袈裟懸けに剣を振りおろす。
キリリリッと刃が擦れ合い、エレノアが容易く受け流した。いや、受け流しながら、突きを放ってきた。
オレは無理矢理、体を捻って突きを躱した。体勢を崩して、苦し紛れに剣を大きく横振りした。転んで、湿った枯葉に倒れて、転がって逃れた。
転がりながら土に左手をつき、慌てて立ちあがる。追撃に対処すべく、不格好ながら剣を構える。
しかし、エレノアは追撃してきていない。左足を前に半身で佇み、微笑する。
「シュッツは、呆れるほどに臆病な小心者だわ」
「うん」
何度も聞かされたフレーズである。
「それ故に、警戒心が強く、慎重よ。大きな事件でもなければ、シュッツ自身が動くことはないわ。私たちが一年潜伏しても、奴の居場所の特定すらできないでしょうね」
半身の構えのまま、剣を素振りする。ヒュンッ、と冷たく澄んだ風切り音がする。
「動かないなら、動くように仕向ければいい。だから、シュッツが動かざるを得ないように、強敵が侵入した、と情報を与えたのよ。今頃、蒼い顔して、スミネズミみたいにガタガタ震えて、泣きながら対策を練ってるでしょうね」
エレノアが高く笑った。悪の幹部の悪女の高笑いだった。
「なるほどな」
息を一つはき、呼吸を整える。集中する。枯葉を踏み、剣を両手で握り、腰の高さに構える。
「たぁっ!」
踏み込み、剣を振りあげ、力任せに振りおろす。受け流されるなら、受け流せない威力で打ちおろせばいい。
剣と剣が打ち合って、ギィィィンッと耳障りに鳴った。オレの剣を真正面から剣で受けたエレノアが、力負けして仰け反り、膝を地に着きそうに沈めた。
チャンスだ。オレは剣に体重をかけ、一気に押し込む。力勝負なら勝てる。
「くっ」
エレノアが小さく呻いた。耐えきれず尻餅をついた。
勝った!と確信した瞬間に、エレノアの右手が、握った土をオレの顔に投げつける。
この程度の小細工は、いつものことだ。対処も慣れたものだ。
剣を盾として、顔の前に翳す。土が目に入るのを防ぐ。剣に姿の隠れたエレノアが何か動いて、何をしたかは分からなかったが、またどうせ小細工だろうくらいに警戒する。
「うりゃっ!」
土を振り払いながら、力任せに剣を横振りした。
エレノアは、すでに立ちあがっていた。屈んで横振りを躱し、剣先で低く突きを放った。
でも、戦闘狂にしては温い攻めだ。オレは後方へと一歩分だけ跳んで、振った剣を腕力で引き戻し、突きを弾いた。
エレノアが、体勢を崩し気味に、低い姿勢のまま、次撃を放とうと肘を引き絞る。
オレは、剣を振りあげ、低い位置に屈むエレノアに打ちおろす。高所有利が戦いの基本である。ここで決める、と集中する。
「りゃぁぁぁっ!」
気合の声を発した瞬間、オレの頭に何かが当たった。木の枝だと、感触で分かった。分かったけれど、集中が途切れるには十分だった。
剣の打ちおろしを甲高く受け流しながら、微笑するエレノアの突きがリードの喉元で止まった。この勝負は、エレノアの勝ちだ。
「くっ」
今度は、オレの方が小さく呻く。
姿が見えなかった一瞬に木の枝を拾って上に投げた、と今なら分かる。その後の不自然な位置取りも攻めの甘さも、オレを枝の落下地点に誘導するためだったに違いない。
不自然と気付いていながら、枝が当たる前に予想と対処ができなかったことが、悔しい。いいようにしてやられた間抜けさが悔しい。
「頭上からの攻撃は、ほぼ全ての敵に対して有効よ。ここからは魔物相手じゃなくて、対人戦になるわ。戦い方を工夫していきなさい」
エレノアが、偉ぶった師匠の言をオレに向けた。
オレは拗ねた顔で、そっぽを向いた。
「ちぇっ。それくらい、分かってるさ」
魔物が相手であれば、オレの方が強い。でも、対人戦は、エレノアの方が圧倒的に強い。エレノアは、かつては帝国の将軍だった、悪口みたいな二つ名しかない、戦闘狂だ。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第87話 EP10-13 リード対エレノア/END
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