第86話 EP10-12 懐かしい場所
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
オレはリード、十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
とうとう、幼馴染みと村の皆の仇、帝国の将軍シュッツが治める北の大砦に辿り着いた。エレノアとレジスタンスのお陰だ。
「エレノア将軍。間もなく、私の別荘に着きます」
女騎士ジュディスの案内で、夜の林を歩く。
ジュディスは、背が高く、薄紫色のサラサラストレートロングヘアで、涼しげな大人美人である。かつてのエレノア将軍の腹心の部下で、黒鋼の帝国鎧を纏う現役の帝国騎士である。
「しかし、エレノア将軍に、そのように立派な御子息がいらっしゃるとは、存じあげませんでした」
「弟よ」
「弟子な」
エレノアの渾身のボケに、素早く正確なツッコミを入れた。
エレノアは、三十歳手前の女で、赤い短髪で、ハスキーボイスで、灰色のコートを着た魔物ハンターである。オレの師匠で、かつては帝国の将軍だった戦闘狂である。
大砦を囲む高い壁の内側、町の郊外にある林を歩く。夜の暗さで見えないが、建物はほとんどなくて、川や林や田畑が広がる。建物がないから明かりがなくて暗い、ともいえる。
人通りもない。オレと、エレノアと、ジュディスの三人しかいない。
ジラルドとハルシアとレジスタンスの面々は、別行動だ。約百人の潜伏場所を確保し、シュッツを討つための準備をするらしい。
「それで、ジュディス殿。私に協力してくれる者はいそうか?」
「全てを捨てるとなりますと、私を含めて五人ほどかと」
「最悪、家が取り潰しになるぞ? 貴殿のような浅慮が五人もいるとは、呆れるわ。それでもいいなら、今の職務を続けながら、シュッツのスパイと、潜入の手引きをしてほしい」
「心得ました。協力者の心当たりも、私が取り纏めておきましょう」
ジュディスの返答に、エレノアが満足げに頷く。唐突に足をとめ、周囲を見まわす。暗い林に人の気配がないと、再確認している。
「他の大砦に、協力してくれそうな元隊員がいるか分かる?」
「ここに配属される前の情報でよろしければ、分かります。コルトル将軍の下にはノルトリア殿、ボネット将軍の下にはキャスアリン殿です。ハーシャ将軍の下には、コンキッタ殿とラーズモーレ殿に、無理を頼んで残っていただきました」
「家柄だけのノルトリア殿と、本好き眼鏡っ娘のキャスアリン殿か。不安しかない人選だが、背に腹は代えられないか」
エレノアが渋い顔をした。
「ハーシャの隊に残ったのは、そうか、コング令嬢殿と御嬢様騎士殿なのだな。ハハッ。適任ながら、気位ばかり高く我が侭放題のハーシャの太鼓持ちとは、同情する」
今度は、吹き出すように笑った。こんなに感情豊かに表情を変えるエレノアは、初めて見たかも知れない。
オレが物珍しげにエレノアの横顔を見ていると、唐突にこちらに振り向く。
「コンキッタ殿は、貴族の御令嬢ながら親衛隊随一の怪力を誇る筋肉女で、コング令嬢と呼ばれていた。ラーズモーレ殿は逆に、代々帝国に仕える由緒正しい士族騎士の御息女なのに、大切に育てられすぎてナイフすらまともに扱えないのだ」
「あ、うん。そうなんだ」
そんな情報を急に振られても反応に困る。それが知りたくて見ていたわけではない。
「二人とも人当たりが良くて、不仲な相手勢力とも上手く付き合っていた。任務の際には、互いの架け橋となってもらってもいた。あの二人以上の適任者はいないだろう」
エレノアが、我ながら納得とばかりに幾度も頷く。一頻り頷くと、満足顔で歩き出す。
「さぁ、行こう。ジュディス殿、案内を頼む」
「はい。間もなく着きます。林の音の聞こえる、静かで落ち着ける場所です」
涼やかな微笑で、ジュディスも歩き出す。オレは、歓談を続ける二人の後に付いていく。
しばらく歩いて、暗い林の中に、建物の窓の明かりが見えてきた。オレは、フゥと安堵の息をはいた。
ここは大砦の壁の内側で、外側と違って魔物が出る危険地帯ではない。それでも、寝泊まりできる家が見えて、やっと今日一日の緊張感から解放された。やっと、本当に安心できていた。
◇
暗い林の足元を、窓明かりが煌々と照らす。木造の小規模な宿屋みたいな、白くオシャレな外観の建物である。
正面玄関の両開きの扉は大きく開かれ、玄関ホールの光を背中に受けて佇む、誰かのシルエットが三人を迎えた。
「お帰りなさいませ、ジュディス御嬢様。御夕食の用意が整ってございます」
メイド服を着た、ヨボヨボでシワシワの老婆だった。小柄で、丸っこい体型で、背中が曲がっていた。
「ありがとう、婆や。こちらの御二人は、私の客人だ」
ジュディスに涼やかに紹介されて、オレは老婆メイドに頭をさげる。
「あ、えっと、魔物ハンターのリードだ」
「おっ、お前はぁっ! ヌーベルグ家の不良娘ぇっ!」
老婆メイドが、シワシワの顔を真っ赤にして怒って、卒倒しそうに興奮して、エレノアに金切り声をあげた。
「なんと! まだ生きていたか、婆や! 相変わらずヨボヨボでシワシワだな!」
エレノアが、心底嬉しそうなハスキーボイスで、老婆メイドの両肩に手を置いた。
老婆メイドは、歴戦の戦士もかくや、の高速でエレノアの手を払い除ける。睨みつけ、怒りに荒ぶる。
「お前なんぞの婆やになった覚えはないわぁっ! 悪運の強いお前が死んだとは思っとらんかったが、……否!否!否!、ジュディス御嬢様に近づくなと、何度言えば分かるかぁ! 御嬢様に不良を伝染したら、ただでは済まさんぞぉ!」
凄い。今にも包丁片手に襲いかかりそうな雰囲気だ。
「まぁまぁ、婆や、今日は勘弁してあげてくれ。遠路はるばる訪ねてきてくださったのだから、心より持て成さねば家名に泥を塗ることにもなろう」
ジュディスが、涼やかな微笑で仲裁に入った。手慣れていた。
「ぐぎぎぎ……。御嬢様がそうおっしゃいますならば、今回は我慢いたしましょう。先に、御部屋に御案内いたします」
老婆メイドが、怒りを抑える歯噛みを鳴らしながら、会釈する。ヨボヨボのシワシワながら、上品で丁寧で上流階級に仕えるメイド然としている。
「あ、よ、よろしく」
オレだけ緊張して、恐縮しながら頭をさげた。
「ハハハ。あまり血圧をあげると、老朽化した血管がプチッといってしまうぞ」
「エレノア将軍と婆やは、昔からずっと犬猿の仲ですね」
エレノアとジュディスが、談笑する。気を許せる友との再会を喜び合う。
この場にはきっと、エレノアの懐かしい思い出がある。過去の、大切な時間がある。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第86話 EP10-12 懐かしい場所/END
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