第80話 EP10-6 師匠と弟子
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
「この御二人は、その道の専門家だ。指揮に従ってくれ!」
ジラルドが、古ぼけた教会の裏手へと声をかけた。
「心得た! 団長の判断を信じよう!」
ジラルドよりは年上の、気難しそうな男の返答があった。ジラルドの人望と実力を推し量るには、十分だ。
リードが無言で頷き、裏口の外れかけの木の扉から外に出た。数名の足音を伴い、離れていくのが聞こえた。
残ったエレノアは、帝国騎士ズユギと、ズユギ率いる帝国兵と対峙する。
エレノアは、三十歳手前の女だ。赤い短髪で、ハスキーボイスで、灰色のコートを着た魔物ハンターだ。かつては帝国の将軍だった戦闘狂だ。
ズユギは、黒鋼の金属鎧を纏う帝国騎士だ。背が低くて、額が禿げあがって、出っ歯で、威厳を感じさせない四十歳くらいの太った男だ。
「エっ、エレノア将軍の指揮といえども、たった二十人の部隊だ! 百人で押し切ってくれる!」
ズユギが、自身を鼓舞するように、恐怖を振り払うように、狭い教会に怒鳴った。
「この狭さなら、槍と盾を装備した十人で、足止めと時間稼ぎができるわ」
エレノアは、講義でもする口調で、楽しげなハスキーボイスで、久々の集団戦に心躍るような微笑で説明した。
ズユギと帝国兵たちが、狭い室内を見まわす。言わんとすることを察して、エレノアに怯えた視線を集める。
この建物内では、横に回り込むこともできない。お互いに、せいぜい十人同士が横に並んで、正面からぶつかるしかない。入り口はさらに狭い扉で、負傷兵の後退も、外からの補充追加もままならない。
「残りの十人は、弓装備で帝国軍の背面に包囲攻撃ね」
「ふ、ふんっ! そんなもの、外に待機してる兵で、殲滅してやる! ついでに、教会の裏手にも兵を回して、挟み撃ちだ!」
ズユギが、勝ち誇った。恐怖に追い詰められた窮鼠の、必死の抵抗だった。
対して、エレノアはククッとハスキーボイスで笑う。獲物を見つめる冷たい目で、冷えた剣の鞘擦れみたいな口調で告げる。
「そちらが陣形を変える瞬間に、指揮官の首を狙い落とすわ」
場の気温がさがったように感じた。全員が、エレノアの剣でズユギの首が落ちるところを想像できた。必然的に視線の集まるズユギの顔は、蒼白だった。
「即座に指揮を引き継げる部下は、いる? 混乱して敗走したら、この人数でも半数は仕留めるわよ?」
エレノアは、楽しげに微笑した。正真正銘、集団戦が嬉しいのだ。長いブランクを経て返り咲いた、血で血を洗う戦場が楽しみなのだ。
同行する帝国兵が、ズユギに進言する。
「ズユギ隊長。やりましょう。隊長は、我々がお守りします」
しかし、ズユギは怯え切って、首を横に振る。
「お前らなんぞに、『将狩り蜘蛛』を止められるわけ無ぇだろうが。俺は、小砦の領主になって、これからなんだよぉ。まだ、死にたく無ぇよぉ」
崩れるように両膝をついた。涙声で蹲った。
エレノアの口から、落胆の溜め息が漏れた。戦わずして、エレノアの完勝だ。
「まぁ、抵抗しなければ、無事に帰してあげるわ。辺境に左遷された役立たずを減らしても、敵の得にしかならないし」
ジラルドも帝国兵も、蒼褪めてエレノアに注目する。敵だ味方だに関係なく、畏怖する。
「ところで、私の二つ名は、そんなのしかないの?」
エレノアは、不満げに、微笑の口元を引き攣らせた。
◇
オレはリード。十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
「きゃぁーっ?!」
女の子の悲鳴が響いた。
黒雲みたいなゴワゴワ毛むくじゃらの大猿が、土の道に倒れた女の子に襲いかかる。哭猿と呼ばれる、大人の二倍くらいある凶暴な魔物である。女の子は、裾のところどころ破れた麻布の服を着て、髪も肌も汚れて、貧しい家庭の多い壁近くではよくいる容姿である。
「伏せてろ!」
オレは、腰の長剣を抜いて、哭猿に斬りかかった。
「ギィッ」
哭猿が、短く吠えて、後方へと跳んだ。
長剣は避けられて、空を切った。
「誰か、その子を避難させてくれ。残りは、オレと一緒に、この大猿を退治するぜ」
長剣を両手で握り、顔の高さに構える。大通り一本ほどの距離で、哭猿と睨み合う。
哭猿が、黒いゴワゴワの毛に覆われた背中を見せて、駆け出した。向かう先は、粗末な木板の家がゴチャゴチャと建ち並ぶ区画だ。
魔物は人を恐れない。だが、哭猿は悪知恵が働く。武装した人間十人よりも楽に狩れる獲物を探す気だろう。
「急いで追うぜ。真っ直ぐの追い駆けっこじゃあ追いつけないから、地形で追い込みたい。できれば袋小路がいいんだけど、心当たりはあるかい?」
走り出しながら、同行する自警団員に意見を求める。長槍と軽装の金板鎧で武装した男女である。
「小砦建設時の物見櫓があります。あの辺りは、防衛線として使われていた石垣が半壊して、袋小路が多い。今は放棄地だから民家もない」
鎧をガチャガチャと鳴らしながら並走して、ジラルドよりは若い、しっかり者で気の強そうな女が答えた。自警団の副団長といった感じだ。
「そこなら、オレも見たことあるな。よし、追い込みはアンタに任せる。あの大猿は、人間相手と同じ感覚でいい魔物だから」
「了解しました。デック、ミカリ、ジュンゴ、三人で右から先回りして。無理はしないでね」
女の指示に、三人が道を右の分岐へと別れる。
「残りは、魔物を道なりに追う。この辺りは道が狭く入り組んでるから、追いつくのは難しくない。ただし、不測の事態は常に想定して動け」
『了解!』
追従する自警団員が、声を合わせて答えた。辺境の小さな小砦の自警団員にしては練度が高すぎると、田舎者の魔物ハンターのオレでも一目瞭然だった。
◇
哭猿を、石垣に囲まれた袋小路に追い詰めた。足元は、湿った土に草が生える草地だ。
石垣の高さは、大人十人分ほどある。崩れて低い箇所も、六人分はある。
哭猿が石垣を背にして、長槍の先端を向ける自警団九人に吠える。
「ヴギィィィ!」
高く鈍く耳障りな威嚇だった。小心者では、背を向けて一目散に逃げ出すだろう。
「等間隔を保って鶴翼! 足並みを揃えて距離を詰める! 突出しないように気をつけて!」
だが、自警団員は勇敢である。副団長の指揮で、長槍を構えた九人が哭猿に迫る。あと数歩も進めば、穂先が届く。
「ギィッ!」
哭猿が、急に自警団員に飛びかかった。黒い毛むくじゃらの長い腕を伸ばし、大きな手の尖った爪で、団員の一人を引っ掻いた。
「うわっ?!」
引っ掻かれた青年が、動揺の悲鳴をあげた。爪は肩の板金に当たって、背中から地面に倒れた。
「負傷者をカバー! 冷静に対処して! 一斉攻撃!」
倒れた青年以外の全員が、哭猿に向けて長槍を突き出す。
哭猿は、即座に後方へと跳び退く。長槍は空を突き、何本かは柄を打ち合って、カカンッと乾いた音を鳴らす。
「急いで体勢を立て直して! 武器を構えて! 次に備えて!」
副団長が、焦って指示を飛ばした。この強さの魔物には不慣れだと、顔色に出ていた。
しかし、哭猿は追撃も強行突破もしなかった。袋小路へと跳び退いてから、腕と比べて短い脚で屈んで、力を溜めた。
「ヴギギッ!」
上へと跳びあがって、崩れかけの石垣に飛び乗った。両手を頭上に叩き合わせて、嘲笑った。この程度は簡単に登れると、追い詰められたフリで揶揄っていただけだと、凶暴な猿顔が嘲笑っていた。
副団長が、呆気に取られて哭猿を見あげる。
隠れていたリードが、高い石垣の上に現れる。長剣を両手で逆手に握り、頭上に振りあげ、哭猿の背中へと跳び込む。
全く気付かれることなく、黒い毛むくじゃらの胸を、背中から長剣が貫く。哭猿が消えて、艶のない黒い宝石が落ちる。
哭猿を一撃で仕留めたリードは、石垣に着地した。
「よし! 一番楽な勝ち方ができたぜ。アンタらのお陰だ」
長剣を腰の鞘に納め、カチンと柄を鳴らす。追い込み、追い詰め、逃げ道を用意し、逃げきったと油断したところを不意討つ、理想的な勝ち筋である。
「すっ、素晴らしい勝利です! お見事でした、リード殿!」
副団長が頬を紅潮させて、リードを称えた。自警団員の尊敬の眼差しが、リードには照れくさくも心地好かった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第80話 EP10-6 師匠と弟子/END
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