第79話 EP10-5 急襲
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
オレはリード。十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
「ジラルド団長! 帝国兵です! 数は百前後、全員が武装してます!」
軽装の金板鎧を着た男が大慌てで息を切らせて、教会に駆け込んできた。二十代前半ほどで、腰には小剣を帯剣していた。
僻地の小砦の自警団にしては、武器も防具も整っている。正規軍の兵士並みの装備である。
「落ち着け! 患者と民間人を裏から避難させろ! 帝国兵は、自分が応対する!」
ジラルドが、鋭い口調で指示を発した。教会の神父ではなく、まさしく騎士団を率いる騎士の威厳だった。
オレは、何が何やら分からず、狼狽える。こんなときこそ行動指針をくれるはずの師匠は、なぜか楽しげに微笑している。こんなときに限って当てにならない師匠である。
「動くな! 反乱分子ども! 抵抗は無駄だぞ!」
壊れかけの両開きの扉の外から、偉ぶった中年男の怒鳴り声が聞こえた。外の光から薄暗い室内へと、黒鋼の金属鎧を纏う帝国騎士が踏み込んできた。背が低くて、額が禿げあがって、出っ歯で、威厳を感じさせない四十歳くらいの太った男だった。
続いて、黒鋼の軽金属鎧の帝国兵十人ほどが入ってくる。手には、短めの槍を握る。外に、もっとたくさんいるのが見える。
「これはこれは、帝国軍の皆様。そのように大勢で、このような貧乏教会に、どのような御用件でしょうか?」
ジラルドが、ニコやかな笑顔で、丁寧に穏やかな口調で、深々と頭をさげる。
いつの間にか、こっち側はジラルドとオレとエレノアしかいない。簡易ベッドに寝ていた人たちも、治療していた人たちも、手伝っていた人たちも、ハルシアも、いなくなっている。
たぶん、オレたち二人だけが逃げ遅れた。たぶん、エレノアさんが動かなかったせいだ。たぶん、エレノアさんが避難しようとしなかったから、オレまで避難し損ねた。
「今さら、しらばっくれても無駄だ! お前らが王国軍の生き残りだと、密告があった! 露呈しないとでも思ったか、愚かな反逆者どもめ!」
帝国騎士が、ジラルドを恫喝した。
王国が帝国に敗れてから、まだ数年だ。かつては王国の騎士兵士だった民間人なんて、珍しくもない。
魔物が溢れたせいで、人間対人間の戦争は曖昧な決着だったとも聞く。王国軍人は戦いの場に立つこともなく大勢生き残り、王族も命を落とした人数の方が少なかったらしい。あくまで、噂である。
要するに、この帝国騎士のは、ただの言い掛かりだ。ジラルドが反乱分子かどうかは置いておいて、王国軍の生き残りだとか、元王国騎士だとか、よしんば王族の生き残りだったとしても、反逆者である根拠にはならないのだ。
戦いを捨てて農民になった王国騎士もいると思う。新しい人生を求めて教師になる王族だっているかも知れない。かつての身分とか、今の身分とか、ほとんど意味を成さないほどに、この帝国は終わっている。
だからつまり、この帝国騎士相手に、話し合いは成立しない。初めっから、コイツに釈明を聞く気はない。コイツは、この教会の人たちを、反乱分子と称して排除しに来た。
「そっちは、森の魔物ハンター親子だな?! 怪しいとは思っておったが、やはり、お前らも反乱分子の一味だったか!」
帝国騎士が、オレたちを指さして怒鳴った。
「姉よ」
「師匠な」
エレノアの渾身のボケに、素早く正確なツッコミを入れた。
ジラルドが、申し訳ないと顔に出す。
「巻き込んでしまって済まない。こんなつもりではなかったのだ。ただ、自分の留守の間、ハルシア様を頼みたかった」
「謝らなくていいわよ。こっちは、レジスタンスの手を借りたくて探してたから。手間が省けて助かるわ」
エレノアがハスキーボイスで、意味深にククッと笑った。完全に、良からぬことを企てているときの顔だった。
◇
エレノアさんは、怖い。戦いにおいて、一切の容赦のない戦闘狂だ。
「語るに落ちたな、女! 帝国に逆らう愚か者め! この手で成敗してくれる!」
帝国騎士が、腰の鞘から長剣を抜く。黒鋼の鎧に黒鋼の長剣も、本人が不格好ゆえに不格好にしか見えない。
「おお、なんと、ズユギではないか! 久しいな、見違えたわ!」
エレノアが、大仰な身振り手振りで、帝国騎士に声をかけた。思いがけず知人に再会した、知人が出世して立派になっていた、みたいな明るい表情だ。
「何だ、女? ……えっ、ええっ?! エっ、エレノア将軍っ?!」
ズユギが驚いた。傍目に、ショックで心臓が止まるのでは、くらいのリアクションだった。
【エレノア将軍って、まさか、あの『冷血のエレノア』か?】
【そんな、『帝国の鬼女』は死んだって聞いたぞ?】
エレノア将軍の名に、帝国兵たちもザワつく。心なしか、蒼褪めて見える。
ジラルドも驚いている。オレも、エレノアさんの自称は本当だったのか、とビックリする。
エレノアの顔には、微笑だけがある。帝国兵百人なんぞ眼中にない、みたいな余裕さえ感じられる。
「ねぇ、ジラルド神父様。今戦える戦力は、どのくらい?」
「こうなっては、剣を交える他あるまい。十分な練兵と装備の仲間は、三十人ほどだ」
ジラルドが、教会の裏手に視線を流した。外に仲間が控えているようだ。
「たったったったっ、たたった三十人で、何ができる?!」
ズユギの声が裏返る。同情するほど動揺している。
「こっ、ここっちはっ、ひゃひゃっ、百人だぞ!」
「真面目に訓練は続けてる? 最後に実戦形式の模擬戦をしたのは? 私が指揮する三十人に、たった百人で勝つ自信があるの?」
エレノアが、微笑のまま聞いた。切れ長の目も、端の吊りあがる唇も、冷たい。対峙すれば、並の騎士では心が凍てつき、恐怖に足が竦むだろう。
『ヴギィィィィィ!!!』
教会の外に、高く鈍く耳障りな吠え声が響いた。
「大変だ! 町に魔物が侵入したぞ! 急いで逃げろ!」
怯え惑う悲鳴が複数、遠くに聞こえた。
「ばっ、馬鹿めっ! このズユギ様に、何の策もないと思ったか?! さあ、どうした、民間人を魔物から守らなくていいのか?!」
「まさか、小砦の中に、魔物を引き入れたのか!? 何たる非道を! 早く討伐せねば、大きな被害が出るぞ!」
今度は、ジラルドが動揺した。
ズユギは、立場が逆転したとばかりに上機嫌で、ガハハと大口を開けて笑う。
「どうせ、税金も満足に払えん壁近くの貧乏人どもだ! いくら死のうが、知ったことか! ついでにゴミ掃除ができて、一石二鳥だろう?!」
「このっ! 騎士の風上にも置けぬ卑怯者め!」
先にジラルドが憤ったから、オレはタイミングを逸した。まあ、いいけど。オレにはオレにできることがあるのだ。
「吠え声は、哭猿だと思う。黒雲みたいなゴワゴワ毛むくじゃらの大猿で、矢が効きにくい魔物。ここらのザコよりは大きくて強いけど、たぶん、オレ一人で倒せるぜ」
魔物が相手であれば、オレの方が強い。オレの方が知識も多い。
「リード、自警団を十人同行させなさい。武器は長槍。実戦経験を積ませるには、ちょうどいいでしょ」
「エレノアさんの方は、二十人で大丈夫? 戦力差五倍は、マズくない?」
「わざわざ敵地に乗り込んで、のこのこと狭地に踏み込む間抜けに、私が負けるとでも?」
でも、人間が相手であれば、エレノアさんの方が強い。奇しくも、敵が客観的な証拠をくれた。
エレノアが微笑する。顔は笑っているのに、目は冷たく獲物を見つめる。
エレノアさんは、怖い。戦いにおいて、一切の容赦のない戦闘狂だ。冷酷さにおいて並ぶもののいない、味方さえも震えあがる、かつては帝国の将軍だった人だ。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第79話 EP10-5 急襲/END
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