第78話 EP10-4 古ぼけた教会
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
暗い森の中に、木の小屋みたいな簡素な家がある。夜には、板の隙間から明かりが漏れる。簡素な木のテーブルと、イスが二脚と、ベッド兼用の収納箱が二台くらいしかない、殺風景な拠点である。
「なるほど。それが、手ぶらで帰った言い訳で、いいのね?」
イスに座りテーブルに片肘をつくエレノアが、ハスキーボイスで、意味深な微笑を浮かべた。
オレはリード。十六歳の男で、茶色の髪の魔物ハンターだ。武器は長剣、鉄板で補強した灰色の革鎧を装備し、赤いマントを纏う。
「人助けだったんだから、いいだろ?」
オレは向かいのイスに座って、条件反射的に気後れしながら釈明した。
エレノアは、三十歳手前の女で、命の恩人であり、育ての親であり、剣の師匠でもある。赤い短髪で、ハスキーボイスで、灰色のコートを着て、魔物ハンターを生業とする。
かつては帝国の将軍だった、と自称してもいる。身の上も聞いて、ある程度は知っている。ただし、若くして将軍となった天才軍師で一騎当千で絶世の美女が主人公の昔話である。
完全に自称の情報しかないので、真実である保証はない。皆無だ。
「リード情報にしては、上出来だ。亡国の騎士が『様』づけで呼ぶ少女、か。律儀な姉としては、不肖の弟と共に、御挨拶に出向かせてもらわねばな」
エレノアが、意味深にククッと笑った。良からぬことを企てているときの顔だった。
「姉を名乗れるほど歳は近くないぜ?」
オレは不可解と、一番の疑問を口に出した。
「母というほど離れてもいないが?」
エレノアが、額に青筋を浮かべて、オレを睨んだ。
オレは、沈黙を選んだ。エレノアさんは、怖い。戦いにおいて、一切の容赦のない戦闘狂だ。
◇
日が真上に昇るよりも前に、オレはエレノアと二人で、古ぼけた教会を訪ねた。
「お二人とも、よく来てくれた。日頃の感謝を込めて、昼食に招待しよう」
ジラルドが、礼儀正しく会釈した。眼光鋭く体格もいい、二十代半ばくらいの男だ。今日は神父の黒ローブを纏っているが、戦士の神父コスプレにしか見えず、似合わない。
「リードの姉のエレノアよ」
「師匠な」
エレノアの渾身のボケに、素早く正確なツッコミを入れた。
「森で獲った鳥よ。教会の教えに反してなければ、食べて」
エレノアが、握った布袋を無造作に差し出す。オレのツッコミは無視である。
「ありがたく、いただこう。これで、質素な昼食に一品増やせる」
ジラルドが、嫌味のない笑顔で受け取った。
小さな村にあるような、小さな教会だ。放棄されたボロボロの建物を、不格好に補修して使っている感じだ。
「どうぞ。こちらへ」
ジラルドの案内で、両開きの壊れかけの扉から教会に入る。
中も、ボロボロである。板床があちこち崩れて、板切れで穴を塞いである。
高くもない天井からは、室内を区分けするように薄茶色の布が垂れる。それぞれ、背凭れの外れた長イスをベッドにして、人が寝る。区分けの一つにハルシアがいて、ベッドに横になる老婆に両手を翳す。
「癒しの神よ。慈愛の瞳よ。安らぎの園へと」
唱えるハルシアの、両手が白く仄かに光る。光が老婆の腕を照らす。腕にある新しい傷が、ゆっくりと塞がっていく。
「ふぅっ。これで、傷は塞がりましたわ。包帯を巻いて、数日は安静にしてくださいね」
ハルシアが、一息ついて、微笑んだ。
「シスター様。ありがとうごぜぇます。ありがとうごぜぇます」
ベッドに横になった老婆が、ハルシアを拝んで、何度も何度も感謝した。
「こんなボロ教会にヒーラー? 驚くわ。宝の持ち腐れどころか、ドブ川に宝石を捨てるようなものよ」
エレノアが率直に驚く。
病院の真似ごとって、こういうことか。いや、それよりも、エレノアさんの口の悪さにオレも驚く。この恩人は、初対面の遠慮すらないのか。
◇
「まぁ! リードさん! 来てくださったのですね!」
一段落して気づいたハルシアが、声をかけてきた。少女らしい可憐な高音で、気品のある言葉遣いだ。
ハルシアは、育ちの良さそうな、十六歳くらいの少女である。お淑やかで、儚げに華奢で、教会の黒いシスター服で、薄緑色の長い髪をしている。
「先日は、ありがとうございました。リードさんのお陰で、患者さんも快方に向かっていますわ」
「お、おう。そりゃあ、良かったぜ」
細く白い指で手を握られて、オレは思わず赤面した。迫る顔には、別人だと理解していても、プリシアの面影があった。
察した笑みのエレノアが、下世話にニヤつく。
エレノアの口の悪さすらスルーしたジラルドさえも、微笑ましげに目を細める。
「改めまして、感謝いたします」
ハルシアが、両手でオレの手を包み、握る。キラキラと輝く瞳で、オレを見あげる。顔が近い。
「リードさんのように頼もしい方が、教会に一緒に住んでくださればと、ジラルドと話し合いましたの。お礼と申しあげるには差し出がましいのですが、わたくしたちと共に、もちろん御母様も、教会で暮らしていただけませんでしょうか?」
「姉よ」
「師匠な」
エレノアの渾身のボケに、素早く正確なツッコミを入れた。突然の申し出にビックリする段階は、上書きされて消えた。
「私たちは低ランクの魔物ハンター、小砦に入るにも検問を受ける無法者よ。頭の悪い役人どもが小砦の中に住む許可なんて出すわけないから、森に住んでるのよ」
エレノアさんは、まともなことも言える人だ。
ジラルドが、横から言葉を補う。
「自分からも頼む。許可は、自分が帝国の役人に掛け合わせてもらう。自警団への所属を条件とすれば、無下にはできまい」
ジラルドの厳格な表情を見れば、嘘偽りはないと分かる。
国に魔物が溢れる今の時代に、魔物と戦える強い人間の貴重さも知っている。一緒にいるだけで心強いとする心情も理解できる。魔物を持て余し帝国軍さえ混乱する、無法に近い現状を鑑みれば、なおさらである。
「どうする? エレノアさん」
オレは、親代わりの師匠に決断を委ねた。正直、森で何年も暮らす今さら、町で暮らす願望も理由もない。自身には決める判断基準がない。
「願ってもない提案じゃない? お言葉に甘えさせてもらうわ」
エレノアが、悪巧みを隠す爽やかな作り笑顔で、答えた。慎重で計算高い日頃とは打って変わって、即決だ。
「え? エレノアさん、何か悪いこと考えて」
「きゃーっ?!」
教会の外から、悲鳴が聞こえた。地響きと、たくさんの人の足音もあった。不測の事態に、不穏な師匠への牽制は有耶無耶にせざるを得なかった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第78話 EP10-4 古ぼけた教会/END
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