第76話 EP10-2 少年→青年
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
世に魔物が溢れる前の時代。この国が、まだ王国だった頃の物語。
北部の小さな村の近くに、魔物が出る森があった。森には、忘れ去られた小さく古い祠があった。祠には、満月の夜に光る、という噂があった。
村に暮らす幼馴染みの男の子と女の子が、噂を確かめに、夜の森に立ち入った。
◇
洞穴の中は、仄かに明るかった。不思議で神秘的な光景だった。
本来は、昼間でも暗い場所だ。入り口だけが日の光で明るい、が精々だ。
「うわぁっ! ほらっ! 本当に、祠が光ってるよ!」
プリシアが、はしゃぐ。頬を紅潮させ、瞳をキラキラと輝かせる。
家一軒ほどの広さの洞穴である。奥の岩壁の側に、土の地面から突き出た岩を、木の箱で囲っただけの、簡素な造りの祠がある。手入れするものもなく、ボロボロで、お供えも、蝋燭の一本もありはしない。
本来の意味は、忘れ去られて久しい。それが信仰の対象だったのか、禁忌の類だったのかすら、村に知るものはいない。ただ、祠があると、満月の夜に光ると、不思議スポットとしてだけ語られる。
「本当だ! 光ってる!」
リードは、ビックリした。困難を乗り越え宝物を見つけたような、興奮があった。
祠ではなく、祠の中の岩が光っている。岩には縦の亀裂が走っていて、そこから光が漏れる。確信はなく、そんな気がする。
他には、祠の近く、地面に穴が開いている。子供なら通れる、大人は大きくない女の人なら通れそうな、狭い穴である。穴の奥は、暗くて見えない。
音が聞こえる。夜の森の音ではなくて、激しい水音に聞こえる。
興味を惹かれて、近づいた。リードは、この洞穴をほとんど知らなかった。
「その穴は、地下水脈に繋がってるんだって。魔法の先生が言ってたわ」
プリシアが、リードの横から覗き込む。
やっぱり、水音だ。暗闇から聞こえる水音は、なんだか怖い。
「それより、祠よ。どうして光ってるのか、調べてみよ」
プリシアが、はしゃぐ声でリードの手を引いた。
「うん。そうだね」
リードも楽しくて、声が弾んだ。
洞穴の入り口から、小石を踏む音がした。
この先は、なぜか視界がぼやける。赤い色に覆われて、思い出せない。
◇
リードは目を覚ました。
板塀に鎧戸のある、リードの家よりは小綺麗な部屋だ。柔らかい布団の、小綺麗な木のベッドの上だ。
ベッドがもう一つと、木の小さなテーブルが一つある。村に一軒だけある宿屋に似ていて、あれをもっと小綺麗にした感じである。
キィと軋んで、木の扉が開いた。
「良かった、目を覚ましたか、少年。傷は痛まないか? 自分の名前を言えるか?」
大人の女の人が入ってきた。ハスキーな声をしていた。見覚えのないような、ほんの短い時間だけ見たことのあるような人だ。
なぜか、視界が安定しない。目の焦点が合わない。世界がふわふわと揺れる。
「あ、あの。プリシアは。……えっと、その、一緒にいた女の子は」
部屋を見まわす。プリシアはいない。リードと女の人だけがいる。
自分を確かめる。胸に包帯が巻かれる。服が、自分のとは違う。
女の人が、悲痛な面持ちで俯く。悔しげに唇を噛む。
「シュッツを止められず、済まなかった。いいや、違うな。帝国の暴挙に、断固として反対する気概も影響力もない将軍で、本当に済まなかった」
その謝罪は、リードには意味不明だった。それよりも、プリシアを捜して、部屋を見まわした。
「あ、あの、プリシアを。……えっと、その、一緒にいた女の子を見なかった? どこにいるか、知らない?」
リードの虚ろな質問に、女の人が、いよいよ悔しげに唇を噛む。
「あの洞穴は、証拠隠滅のためだろう、崩されていた。掘り探してはみたが、見つけられたのは、これだけだ。確か、その女の子が首にさげていただろ?」
女の人の手が、リードの前に差し出された。掌に、半分に割れた不思議な模様のコイン、みたいな綺麗な金属板があった。プリシアが大事にしていたペンダントだった。
リードは、ペンダントを凝視する。震える両手をそっと伸ばす。掌にあるペンダントを、簡単に崩れてしまう珠花を手に取るみたいに優しく包む。
「……う、うっ、うっ、うわぁぁぁっっっ!」
泣く。ペンダントを両手でギュッと握って、泣く。視界が涙にぼやけて、でも、揺れるのをやめる。
「済まない、少年。本当に、済まない」
女の人も、泣いていた。リードを優しく抱きしめて、共に肩を震わせていた。
そして、リードは、仲良しの幼馴染みも、故郷の村も、平穏な暮らしも、失ったと知った。大事なもの全て、このときに失ったのだった。
◇
王国が帝国に征服された世界。世に魔物が溢れる時代。リードの名の少年は、精悍な青年となっていた。
「参ったな。森の奥まで来たのに、鳥の一羽もいやしないぜ。手ぶらで帰ったら、エレノアさんに怒られるよなあ」
リードは、伸びた茶色の前髪を掻きあげながらボヤいた。
故郷を失ったリードは、エレノアと暮らしていた。帝国となった王国の北部の北の端で、魔物ハンターとなった。
長剣の扱いは、エレノアに教わった。二人の拠点、というか木の小屋みたいな簡素な家のある森で、魔物を狩りまくった。魔境と呼ばれる帝都からは遠く、弱い魔物しか出ないけれど、相応の実力は身についたはずだ。
今では、魔物の溢れるこんな時代でも、この森にはほとんど魔物が出ない。近くの小砦の人たちも、比較的安心して森に入れると、感謝してくれる。
正直なところ、帝国への復讐なんて大それたことは、どうでも良くなっている。このまま魔物ハンターとして生きるのも悪くない、と思う。プリシアの存在も、年月の経過で思い出に変わりつつある。
「くっ……」
首にさげたペンダントを、ギュッと握る。プリシアのペンダントが、リードに思い出させる。プリシアと共に過ごした日々が、優しい微笑みが、リードを守ろうとした背中が、鮮明に思い浮かぶ。
「それでも、シュッツの野郎だけは」
リードは、怒り混じりに呟いた。プリシアの仇、シュッツだけは、自らの手で討たなければ気が済まなかった。強さを求める原動力に、生きる意味の全てになっていた。
「きゃーっ!」
森の中で、少女の悲鳴が聞こえた。近い。
「近くの小砦のヤツか? まさか、護衛もなしに森に入ったんじゃないだろうな」
リードは、腰の鞘から長剣の鯉口を切り、赤いマントを翻して駆け出した。悲鳴の方向は、木々の向こうでも、歩き慣れた森だから迷わない。
「グワゥッ」
木々の隙間から、魔物の吠え声が聞こえる。姿が垣間見える。汚れた黒灰色の毛の、狼っぽいヤツだと思う。
リードは落ち葉を踏み駆ける。素早く幹の合間を縫う。長剣を抜きつつ、振りあげで、通りすぎざまに魔物を斬る。
魔物が消えて、宝石が落ちた。よくいるザコだ。退治は容易い。
「おい、アンタ。無事か? 怪我はないか?」
腰を抜かして座り込む少女に、声をかける。リードと同じ十六歳くらいの少女が、一人だけである。比較的安全な森だからと、護衛もつけずに入ったのなら不用心が過ぎる。
「魔物は滅多に出ないが、出るときは出るんだぜ。次からは、ちゃんと自警団に護衛を頼めよ」
善意で忠告した。数年を口の悪いエレノアに育てられたから、優しい言葉は知らない。怖い目に遭ったばかりの少女には、きつい物言いかも知れない。
まあ、口の悪いエレノアに育てられたから、仕方ない。
「あ、あのっ、かっ、感謝いたします。おかげで、助かりましたわ」
少女が、リードを見あげて、感謝した。育ちの良さそうな、お淑やかで気品のある言葉遣いだった。見た目も、儚げに華奢で、教会の黒いシスター服で、薄緑色の長い髪だ。
いや、いや、そんなことより、リードは驚いた。そんなはずがない、あり得ないと分かっていても、プリシアが成長したらこんなだったろうなと、プリシアの面影を感じさせる顔をしていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第76話 EP10-2 少年→青年/END
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