第75話 EP10-1 古い祠
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
世に魔物が溢れる前の時代。この国が、まだ王国だった頃の物語。
北部の小さな村の近くに、魔物が出る森があった。森には、忘れ去られた小さく古い祠があった。祠には、満月の夜に光る、という噂があった。
村に暮らす幼馴染みの男の子と女の子が、噂を確かめに、夜の森に立ち入ろうとしていた。
◇
「ほら、リード。早くしないと、大人に見つかっちゃうよ。怒られちゃうよ」
女の子が、男の子の手を握って、引く。薄暗がりに、楽しげに笑む。
「待ってよ、プリシア。月明かりで、暗いよ。走ったら、転んじゃうよ」
男の子は、女の子に手を引かれるまま、足元を気にして走る。
リードもプリシアも、ごく普通の小さな村に暮らす子供だ。家が隣同士の、仲の良い幼馴染みだ。
「リードは、剣士を目指してるんでしょ? このくらいで怖がってちゃ、ダメね」
プリシアが、年上顔で得意がった。
赤茶色の長い髪の、活発な女の子だ。まだ子供なのに魔法が使える、将来有望な魔法使い見習いだ。
「やっぱり、夜の森に入るなんて、危ないよ。魔物に出くわしちゃったら、どうするの?」
リードが、不安げな顔で聞いた。
茶色の短い髪の、物静かな男の子だ。村の大人に剣の扱いを教わる、少し気の弱い、普通の子供だ。
「魔物なんて、滅多に出ないわよ。もし出ても、わたしが魔法で退治してあげるわ。そうすれば、村の皆も安心して森に入れるでしょ」
「そ、そうだね」
「そのときは、リードは、わたしを剣で守ってね」
プリシアが、はにかむように微笑む。
「う、うん」
リードも、なんだか安心して、微笑み返す。
リードとプリシアは、仲の良い幼馴染みだ。ありふれた小さな村で、ずっと一緒に過ごしてきた。
月明かりの薄暗い、踏み固められた土の道を、二人が手を繋いで走る。麻布の薄茶色の服が、夜にボンヤリと浮かぶ。道端の草むらに、虫が高く鳴く。
道の先には、暗い夜の森が、闇の色で広がっていた。
◇
暗い森の中に、枝葉の隙間から月明かりが差す。
プリシアが、リードの手を引いて前を行く。リードは手を引かれ、プリシアに続く。
木陰に点々と差す月明かりを頼りに、暗い木々の隙間を縫う。茂みを迂回し、下草を踏ふとガサガサと音がたつ。緊張と、不安と怖さで、胸の奥がバクバクと速く鳴る。
プリシアも、不安がないわけではないのだろう。強がっているのだろう。握る手が微かに震えていた。
「ほら、リード。洞穴の入り口から、光が漏れてるよ」
月明かりの差す森の小道を通って、祠のある洞穴の近くまで辿り着いた。
ここまで、魔物にも獣にも遭遇せずに済んだ。もともと、魔物なんて滅多に出ないものだ。
森の中央に、人工的に岩を積みあげたような岩崖がある。低い崖で、大人一人が通れるくらいの穴が一箇所だけ開く。中は家一軒ほどの広さの洞穴になっていて、そこに由来すら不詳の古い祠がある。
「穴の前に、何かいるみたいだけど」
リードは、不安げに声を潜めた。茂みの陰に滑り込むプリシアの、背後に隠れた。
月明かりの広場に、子供ほどの背丈の何かがいる。人間っぽくはあるが、腕脚が短く歪な体形をしている。
木の葉の腰巻きしか着ていない。肌は腫れ物みたいなブツブツがいっぱいで、頭は髪がなく突起があって、醜悪だ。本能的に嫌悪せずにはいられない醜悪さだ。
「魔物、ゴブリンよ。一匹しかいないし、弱いやつだから、わたしたちで退治できると思う」
プリシアが、首にさげたペンダントをギュッと握る。大事な御守りだと、リードにいつも自慢する。半分に割れた不思議な模様のコイン、みたいな綺麗な金属板である。
プリシアは一つ息をはき、ペンダントを放して、腰の巾着袋から小さな赤い宝石を摘まみだした。魔法に使う触媒だ。魔物を倒すと宝石になって、その宝石を消費して魔法が使える、という謎の法則で魔法は存在するのだ。
「うん。分かった」
リードは、腰の鞘から小剣を抜く。
プリシアが魔法で攻撃するなら、リードは小剣でプリシアを守る。魔法を使うには触媒と呪文詠唱が必要だから、詠唱中のプリシアを魔物から守る必要がある。魔法は、子供が使える中ではとても強い力だけれど、相応に制約も大きい。
ゴブリンの手には、ギラリと光る短剣が握られる。歯並びの悪い口を半開き、涎を垂らし、濁った目でキョロキョロと周囲を見まわす。
怖い。夜の森で魔物に遭遇して、小さな村に暮らす子供が怖くないわけがない。
「揺らめく赤、舞う灰色、染まる黒」
プリシアの高く澄んだ声で、呪文詠唱が始まった。
ゴブリンが気付いた。空腹に食い物を見つけた醜悪な笑みを浮かべた。余裕の歩みで、こちらに足を向けた。
リードは、一歩を踏み出した。プリシアを守って、プリシアとゴブリンの間に立った。小剣を両手で握って、腰の高さに構えた。
◇
魔物が怖い。怖い、怖い。怖い怖い怖い。
でも、プリシアと一緒なら、恐怖に負けない。プリシアを守るためなら、戦える。プリシアが後ろにいるから、勝てると信じられる。
「こっ、来い! ゴブリン!」
勇気を振り絞った。迫るゴブリンに、真っ正面から挑んだ。
小剣を振りあげ、踏み込み、振りおろす。ゴブリンは醜悪な笑みのまま、短い脚で一歩さがって避ける。小剣が空を切り、足元がふらつく。
ゴブリンが、刃の欠けた短剣を横振りした。麻布の上着の肩の辺りが裂かれた。
ゴブリンの表情も動きも、余裕綽々である。ひ弱なザコが相手と、いたぶって楽しむつもりらしい。
「やぁっ!」
突き出された短剣を、小剣で払った。足が竦んで、反撃はできなかった。
顔に向けて振りおろされた刃は、小剣を翳して受ける。村の自警団で習っているから、剣の基本的な扱いはできる。
腕力負けして、よろける。尻餅をつきそうになる。
必死に踏ん張って、ダメだ、尻餅をついた。ゴブリンが、笑いながら、短剣を振りあげた。リードが剣を握る手は地面について、受けも避けも間に合わない。
「灯れ、燃えよ、赤き火よ!」
プリシアが、高く唱えた。呪文詠唱が完成した。ゴブリンの頭に火が燃えあがって、炎に包まれた。
面食らったゴブリンが、頭の火を消そうと慌てふためく。短剣を投げ出し、両手で顔の火を払う。人間の子供二人なんて、相手をするどころじゃない。
「うあぁっ!」
リードは勢い任せに立ちあがり、小剣を両手で握って、ゴブリンに突撃した。全力で突き立てた。
ゴブリンは、分からない言葉を叫んで、消えた。濁った緑色の小さな宝石が、月明かりの小道に落ちた。
怖かったけれど、もうダメかと思ったけれど、どうにか勝てたのだ。いや、プリシアと一緒なら勝てると、リードは信じていた。
「やったね、リード! 他にはいないみたいだし、早く洞穴に入ろ。あの明かり、きっと祠が光ってるのよ」
プリシアが微笑んで、リードの手を引く。リードの手は、まだ恐怖と緊張の震えが残る。プリシアの手にも震えが残って、強がっていると分かる。
「うん。行こう」
人工的に岩を積みあげたような岩崖に、大人一人が通れるくらいの穴が開く。中は家一軒ほどの広さの洞穴になっていて、そこに由来すら不詳の古い祠がある。
その祠には、満月の夜に光る、という噂があった。洞穴の入り口から漏れる光が、本当だと示していた。あの中には素晴らしい光景があるに決まっていると、リードもプリシアも、足取りが羽根のように軽やかだった。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第75話 EP10-1 古い祠/END
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