第72話 EP9-16 天剣
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
アタシはユウカ。まだ十六歳の可憐な少女で、ピンク色の長髪で、女にしては背が高く筋肉質で胸がなく、『ピンクハリケーン』の二つ名で呼ばれるランクSSの魔物ハンターだ。
西の大砦に攻めてきた魔物どものボスが、ついに姿を現した。戦場からは離れた荒野に、ポツンと佇んでいた。
人間サイズでありながら、海の底から海上に現れる巨大な海神、見た目は無数の触手の集合体、って感じのヤツだ。帝都周辺レベルの、凶悪な未知の魔物だ。
「グルルルル」
ワータイガー最上級が、魔物のボスの方を睨んで唸る。不満げな声にも聞こえる。黒い模様の入った黄色い毛皮の腕から、なぜか血を流す。
アタシは、状況を理解できず、ワータイガーを見つめる。
「ガウッ!」
急に、アタシの方を向く。高速で踏み込み、右手の肉球でアタシの肩を押す。スピードとパワーに、アタシの華奢な体が飛ぶ。
これは避けられない。目で追うのがやっとの高速に、攻撃の予備動作が皆無で、軌道の予測と対応ができない。
勢いよく荒れ地を跳ねる。空中で、全身の捻りと手足の振りで、体勢を立て直す。膝を曲げて衝撃を和らげつつ、華麗に着地する。
二度も三度も後れを取るほど、落ちぶれちゃいない。
ワータイガーの太い右腕から、血が流れた。長く美しい黄色の毛が、砂埃の煙る風に散っていた。
アタシには、やっぱり、状況が、何が起きたのかすら、理解できなかった。
◇
「能力は、空間跳躍でござる。二度も見せていただければ、間違わぬ」
大砦の高い壁の上で、男が、掠れた低音で断言した。魔物のデータ分析を専門とする魔物ハンター、『識ル者』だ。
ローブのような日除けのような大きな麻布を頭から被り、中肉中背である。痩せて、疎らに髭が伸び、ヒビ割れた唇は『へ』の字に曲がる。生気のない顔に、ギョロリとした目だけが爛々と光る。
「あの帝都周辺レベル、厄介な相手ぞ。跳躍可能な質量は小さいと見る。が、空間を越えるゆえ、あらゆる遮りは無意味と心得よ」
「大丈夫だろ? 我は最強の魔物ハンター『ヘブンズソード』なり、だぜ?」
麻布の男のすぐ横に立つ青年が、軽い口調で答えた。
短い金髪を逆立てた、長身の細マッチョだ。金色の羽根を縫い合わせた金色の翼みたいな派手な、袖のないロングコートを翻した。
「我が天剣に斬れぬものなし」
傲慢に、笑む。見くだすように、遠くの魔物を見おろす。
短い金髪が、強風に揺れる。金色の羽根のコートが、羽ばたくようにはためく。
遠く荒野に佇む、無数の触手の集合体が、見あげる。高い壁の上に立つ二人を認識したと、動きで示す。
「ぬぬ、あ奴、こちらを見ておるな。某としては、今は退き、作戦を練り、準備万端で挑むことをお勧めいたす」
識ル者の提案に、ヘブンズソードが鼻で笑う。嘲笑うように、遠くの触手の集合体に向けて、笑みを浮かべる。
「今、やっちゃえばいいっしょ。せっかく、昔の仲間と、キュートな新人最強見習いちゃんがお膳立てしてくれたんだから。このチャンスを逃したら、最強の名折れっしょ」
口調は、軽い。腰には、緋色の金属の、長剣の鞘をさげる。長剣の、古樹の柄を握る。
「共にランクSS、飛竜を屠りし『天を貫く矢』と、ワータイガー最上級を抑えし『ピンクハリケーン』であったか。功労者の御二人には、最大限の感謝をせねばなるまいな」
識ル者が、掠れた低音で同意した。
「そうっしょそうっしょ。スピニース君は昔も強かったけど、さらに強くなってるんだよ、これが。ソロになっても、ストイックなとこは変わらないねえ」
ヘブンズソードが緩んだ笑みで、自分が褒められたみたいに照れた。
緩んだ笑みは、すぐに引き締める。真顔に、見くだす笑みを浮かべる。
「我は、最強の魔物ハンター、『ヘブンズソード』なり!」
剣を抜き、高く掲げる。両刃のロングソードの、緋色の刀身の、鏡面のごとき輝きが、周囲を緋色に色づける。握る右手を、漲らせる。
触手の集合体が、動く。遠く、触手を動かしているようだと、辛うじてわかる。
「空間を跳躍してまいるぞ。回避されよ。あらゆる遮りは、突き抜けられよう」
「大丈夫大丈夫。天剣は、空間すらも斬り裂く! 我が天剣に斬れぬものなし!」
頭上に掲げた剣先を、足元まで一直線に振りおろす。無造作に、僅かの乱れもなく、完璧な直線の、緋色の軌跡を描く。
何も起きなかった。いや、だが、あっちもこっちもこれだけ離れて、近接武器を振って、どうにかなると考える方がおかしい。何かが起きる方がおかしい。
識ル者が、ギョロリとした目を爛々と光らせ、遠く荒野に蠢く触手の集合体を窺う。被る麻布を前へと引き、強い日差しを遮る。
無数の触手の集合体が、縦に両断されている。ちょうど頭頂から、ド真ん中で分かれている。
「お見事! 一刀両断でござる!」
掠れた低音で感嘆した。
「ぬぬ、何たる、否や否や!? これは面妖な。平然と動いておるな」
ド真ん中で二つに分かれているのに、動いている。左右に分かれた塊が、両方向に傾いて、無数の触手が蠢く。相変わらず、こちらを見あげて、手で指すように、こちらに触手を向ける。
「空間跳躍を防御にも使っておるのか? 複数能力持ちか? 帝都周辺レベルとしても、上位の魔物と用心されよ」
「大丈夫大丈夫。我は最強の魔物ハンター『ヘブンズソード』なり、だぜ。識ル者殿は、危ないからさがっててくれ」
ヘブンズソードが、大砦を囲む壁の下り階段の踊り場へと、識ル者を突き飛ばす。自らは、天剣を振りながら横へと跳ぶ。
バチンッ、と金属の弾ける音がした。ロングコートの金色の羽根が数枚、千切れて散った。
後方へと跳びながら、天剣を袈裟懸けに斬りおろす。バチンッ、と胸元の金色の羽根が散る。
壁の落下防止柵に、背中が当たる。
「我は最強!」
高らかに雄叫ぶ。言動の軽さをかなぐり捨て、鋭く前へと踏み込み、天剣を斬りあげる。
コートの背中で、バチンッ、と金色の羽根が散る。天剣の斬りあげから、真横へと横薙ぐ。
「ヘブンズソードなり!」
超高速の二振りは、短く一つだけの風切り音で鳴った。
遠くにある触手の集合体が、斜めに両断され、さらに首の高さで真横に両断された。
◇
無数の触手の集合体が、蠢く。六つに切り分けられたのに、意に介さないように、ウネウネしている。
「我が天剣に斬れぬものなし!」
ヘブンズソードが、高らかに天剣を掲げた。緋色の刀身の、鏡面のごとき輝きが、周囲を緋色に色づけた。
触手の集合体が、後退る。徐々に色が消える。透けるように薄くなって、完全に消えてしまう。
荒野に荒れ狂う風に、姿も存在も、掻き消すように消えてしまった。そこには最初から何もなかったように、何もなくなってしまった。
「ふぅむ、やれやれ。討伐には失敗したと見る。されど、初見の帝都周辺レベル上位を追い払えたのならば、上々の戦果でござろう」
識ル者が、掠れた低音で結論した。
「あっちゃー。スピニース君に、何て謝ろうか? 最強の名が泣くぜ、とか呆れられちゃうかなあ」
ヘブンズソードが軽い口調で、ふざけるように笑った。
壁の下方の戦場は、ゴウゴウと風の音だけが荒れていた。もう誰も、戦っていなかった。勝敗が決したと、人も魔物も、皆が肌で感じていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第72話 EP9-16 天剣/END
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