第71話 EP9-15 千載一遇
自分が読みたい物語を、趣味で書いてます。
オリジナル小説のみです。
この国は数年前まで、王国の統治下で安寧と平和を享受していた。
帝国軍の侵攻で、それは脆くも崩れ去った。
帝国は魔王を復活させ、魔王配下の魔物の力を借り、圧倒的な強さで王国を征服した。国には魔物が溢れ、秩序は失われてしまった。
魔物が見境なく人間を襲い、人間は砦みたいな町を造って身を守る、無法の世界がここにはある。
◇
上空に、今まさに、飛竜が炎を吹こうとしている。
帝国の騎士兵士たちの耐火マントは灰になって、もう残っていない。あの炎が降り注げば、人も魔物も関係なく、全てを焼き尽くす。
いつの間にか、荒れ地に吹き荒れていた風もない。戦場に、今さら戦うものもいない。風がやんで、風音がなくて、戦うものがいなくて、戦いの音もない。
音もなく、間もなく訪れるだろう死を目の前に、皆が揃って、ただ空を見あげる。
「……うぁっ?! っと!」
ただ一人だけ、ピンクハリケーンだけが音を鳴らした。状況を理解して、地面に突き立つ凄いベタベタする大斧へと走った。
ワータイガー最上級に背を向けるが、問題ない。ワータイガーだろうと、飛竜の炎を無視はできない。アタシの背中を殴るくらいなら、炎から身を守る。
凄くベタベタする大斧に手を伸ばす。凄くベタベタするから躊躇う。
そして、飛竜が火を吹いた。空が炎に覆われた。
◇
ゴゥッッッ!!!
重々しい風の轟音が、頭上に爆ぜた。突然に吹き荒れた暴風に、炎が霧散した。
人も魔物も全員が、空を見あげる。飛ばされそうな暴風に荒れ地を踏みしめ、それでも、揃って、ただ空を見あげる。
不思議な光景だった。幻想的ですらあった。
乾燥した晴れ空に、一つの宝石だけがある。強い陽光をキラキラと反射しながら、空を落ちる。
天災のごとき無慈悲さで全ての命を奪わんとした炎が、散って消えた。圧倒的な強者として大空を舞っていた飛竜が、神話に語られる邪神のごとき暴威が、忽然と消えた。
乾燥した晴れ空には、一つの宝石だけがある。強い陽光をキラキラと反射しながら、空を落ちる。
不思議な光景だった。幻想的ですらあった。
人も魔物も全員が、揃って、ただ空を見あげた。何が起きたのか分からないまま、呆然としていた。
その中で、アタシと、あと一人だけが、動いた。
「わぁっ」
思わずカワイイ歓喜を呟いた。炎が散ったその瞬間、大斧へと走るフリをやめた。革のブーツで急ブレーキをかけて、踵を返した。
今こそ、知っていたものと知らなかったもので、大きな差が生まれる。
知らなかった魔物どもは、当然、何が起きたか理解できずに、呆然とする。飛竜が討たれるなんて、絶対にあり得ない非常事態である。
帝国軍側は、飛竜を討つ別動隊がいる、と知っている。でも、ほとんどが信じられない顔で空を見あげ、呆然とする。別動隊だろうと何だろうと、飛竜を討てるとは思えなかったからである。
スピニースさぁんを知るフォートレスでさえ、空を見あげる。信じていなかったというより、経験の豊富さゆえに慎重で、仲間の失敗も想定して動く寛容の塊みたいなヤツだから仕方ない。
アタシは、スピニースさぁんを信じていたに決まっている。こうなると分かっていたと断言する。好みのタイプに、守ってやる、と告げられて、信じないバカはいない。
「よしっ」
勝利を確信する。知らなかったワータイガーも、もちろん、アタシに無防備な背中を向けて、呆然と空を見あげる。
スピニースさぁんを信じていたアタシだけが、この最高のチャンスを、最大限に活かせるのだ。
「とぁっ!」
アタシは、高く跳躍した。武器なしの両手を、高く頭上に掲げて、虚空を握った。
凄くベタベタする大斧では、間に合わない。遠い、重い、ベタベタするで、振りおろす前にワータイガーに気付かれて、対応される。
素手は、速いだけだ。隙を突いても、ダメージにならない。
虚空だったはずの頭上に、そこにある長剣の柄を握る。長剣の鋭い斬撃を、最速でワータイガーに叩きつける。
まさにジャストのタイミングで長剣を投げて寄越したのは、口の悪いノルトリア大佐とかいう帝国の女騎士だった。黒鋼のプレートメイルに黒鋼のハーフヘルム、赤い短髪の、左翼長槍部隊指揮官だ。
この戦場で動けているのは、アタシとノルトリアだけだ。魔物退治に不慣れな軍人ながら感心感心、あの女もスピニースさぁんを信じて、いや、あれ?、まさかアタシと同じくイケメンエルフを狙ってる? あ、ないない、面識がないか。
たまにいる。戦いに勝つことしか考えないタイプに違いない。常に勝つ道筋を考え、もしも道筋が乱れれば命を落とすと知っていても、躊躇なくその道筋を実行する。
つまり、選択肢が、ベストの場合の行動しかないのだ。スピニースさぁんが飛竜の炎を防いだらアタシがワータイガーを討つから加勢する、だけなのだ。焼け死ぬなら運がなかったと達観し、炎を防げなかったら防御しようみたいな迷いを排して、自分がどうなろうとお構いなしに、決定的な状況に最高のタイミングで長剣を投げて寄越すことだけが存在意義の全て、みたいなクレイジーな戦闘狂だ。
「ありがと!」
荒れ狂う風に、高らかに感謝を叫んだ。
ワータイガーが振り向いた。長剣を防ごうと、太い両腕を顔の前に交差した。長剣は、すでに両腕の先、毛皮の首筋に届いていた。
ネコ目を瞠っていた。動揺や恐怖は見えなかった。好奇心に満ちたネコみたいに、キラキラと輝いていた。
「りゃああっ!」
ここで決めなきゃぁ、女が廃る。ピンクハリケーンの二つ名が泣く。約束を果たしてくれたスピニースさぁんに、合わせる顔がない。
長剣を握る手に、渾身の力を込めた。死を拒まんとする黄色い毛皮に、刃を押し込んだ。
キィィィンッッッ!と高く鳴って、折れた刀身が空に舞った。
◇
「剣! 折れた! ナマクラ!」
アタシは、ノルトリアにクレームを叫んだ。
「佐官に支給される魔力付与武器よ! 腕が悪いんじゃないの!? 怪力トロール女!」
ハスキーボイスのクレームが返ってきた。最後のは、ただの悪口だ。
折れた剣を手放し、後方へと跳んだ。ワータイガーから距離を取りたかった。すぐに反撃がくるはずだ。
同時に前へとステップを踏んだワータイガーの、右手の肉球が肩を押す。スピードとパワーに、マッチョ野郎どもと比べると華奢な体が加速する。
荒れ地に背中から着地する。強い衝撃に呻き、跳ねる。再びの落下に身体を丸め、地面との衝突を緩和する。
「ぐあっ!」
呻き声と気合いの声が混じった。丸まったまま地面を転がって、勢い任せに立ちあがった。急ブレーキの革のブーツで荒れ地を削りながら、体勢を立て直した。
ワータイガーは、アタシを見ていなかった。魔物の集団が押し寄せた荒野の方を、睨みつけていた。
何が起きたか、分からない。
鋭いネコ目の視線の先、戦場からは離れた荒野にポツンと、人間と変わらないサイズの魔物がいた。海の底から海上に現れる巨大な海神、見た目は無数の触手の集合体、って感じのヤツだ。
「グルルルル」
不満を漏らすように、ワータイガーが唸った。千切れた黄色い毛が、砂埃の風に舞った。毛の黄色に、血の赤が交じっていた。
帝国に征服されて魔物が蔓延る国で女だてらに魔物ハンターやってます
第71話 EP9-15 千載一遇/END
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